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今回から時系列が飛ぶときに分かりやすい印をつけることにしました。また、今までに投稿した話を読みやすく編集しておきます。
時は遡って金曜日。水浦との試合がいよいよ二日後まで迫ってきている中、春陽のルーキーたちは夜遅くまで汗を流していた。
大雅のための外角シュート特化練習が始まって早三日目。その練習計画はとてつもないハードスケジュールだ。午前五時から二時間半ほどシューティングした後、チームの朝練に合流。放課後の全体練習を六時半に終えると、さらにそこから八時まで居残り。昼休みのたった四十五分でさえ昼食もほどほどにして練習に費やしている。一日辺り合計四時間四十五分のハイパースパルタ教育で、大雅にシュートのいろはを無理やり叩き込んでいるのだ。
しかし、それも致し方無いだろう。本来シュートという技術は一朝一夕に完成できるようなものではない。それをたった五日間でマスターしようとしているのだから、それ相応の労力と犠牲が伴うのは必然。これは単細胞なスポーツ根性による理不尽ではなく、最も効率的かつ効果的な道を模索した上での苦しみなのだ。
大雅がシュートを放ち、龍臣と朱雀がリバウンドを拾って投げ返す。十本決めるごとに彼ら二人が改善点を指摘し、そしてまた十本。コートを両サイドのコーナー、両サイドのウイング、トップに五分割し、ミドルシュートとスリーポイントそれぞれ二十本ずつの計二百本がノルマ。
それを朝と練習後、そして昼はノルマを半分にして行う。つまり、五百本を毎日。そのペースを試合当日の朝まで続ければ、実に二千二百もの数のシュートを沈めることとなる。
「う、腕がパンパンで上がらない…」
「これで五連続外し…オラどうした大雅ァ!ラスト十本目ぐらい一発で決めろッ!」
「うううう、ぬんっ!」
「シュートが届かなくなってきたからって遮二無二力んでんじゃねえぞボケェ!」
「ふう、ふっ!」
「大雅、疲れてきた時こそ身体全体の連動を意識して」
「連動、連動、ふっ!」
ボールがリングの中でガタガタと暴れながら下へ落ちた。同時に大雅の巨体も膝から崩れ落ちていく。彼の身体にはかなりの疲労が蓄積されているようで、全身の筋肉がプルプルと小刻みな微細動を起こしてしまっている。
「ゼー…ゼー…」
「相当キテんな。今日はこの辺でやめとくか?」
「いや…大丈夫…ゼー…まだ…ゼー…」
「肩で息してんじゃん。疲れでフォームもどんどん崩れてるし、今のまま続けても練習にならないよ」
「ゼー…大丈夫だよ鳴神くん」
「一旦休んで仕切り直しだ」
流石に無理を強いすぎたか。大雅は一週間前までバスケットボールにも触れたことがなかった男だ。たった五日間でスリーまで打てるようになれというのは、あまりに目標設定が高すぎたかもしれない。
僅かな自責の念に駆られその場を離れようとした龍臣。
と、その時。過ぎ行こうとする彼の肩を大きな手のひらが引き戻した。
「続ける」
振り返った龍臣は、その先にあった大雅の瞳に戦慄した。
大雅は臆病な男だ。常に周りの視線を気にしている。自分の主張を心の奥にしまい込み、二の次にしてしまう。その顔にはいつも不安が浮かんでいる。
そんな普段の姿からは想像もできないような何かを、龍臣は大雅の瞳の奥に見た。本人にその気がなくとも、それを見たものを威圧したじろがせるような、強く固い意志の炎。
(クソビビりのくせに。良い眼、持ってんじゃねえか)
どこまでも自己中心的で押しつけがましい諦めを抱いていた自分を、龍臣は心底嫌悪した。
(何やってんだ、俺は。こいつが諦めてねえんなら、信じてやんのが漢だろうが!)
「だったらもうちょっとまともなフォームで撃ちやがれッ!」
「ぎゃっ!痛いから蹴らないでよ青影くん!」
「うっせえ、俺を睨んだ罰だ」
「えええ!ごめん、僕そんなことしてた!?」
「別にいいよ…悪いのは俺だしな」
「え?」
「とにかく!練習再開だッ!」
さあ、気を取り直して。
「やる気は良いけど、さっきみたいなぐちゃぐちゃなフォームじゃダメ。もう一度、俺たちが教えたシュートのキーポイントを復習しよう」
ボールを指先でクルクルと回転させながら、朱雀は大雅に“キーポイント”の復習を促した。
キーポイントとは、良いフォームでシュートを撃てているかを確認するために朱雀たちが設定した十個の留意点のことだ。
「シュート前のキーポイントは?」
「えっと、“足と肩はリングに対して正対する”、“ボールは手のひらから離し、指の腹と指に乗せる”、“ボールは利き目の位置より上にする”、“肘は開かない”、“シュートする手はV字ではなく後ろに傾いたL字”、“ガイドハンドは前でも後ろでもなく、ボールの横に添える”」
「いいね。特に大事なのは肘を開かないこと。力の伝達が難しくなってシュートが飛びにくくなるから」
「じゃあ、シュート後のやつ言ってみろ」
「シュート後は、“足と肩はリングに対して正対したまま”、“脚全体がリングに対して一直線に向き、シュートの終わりはつま先を伸ばす”、“ガイドハンドの親指が後方を向く”。で、最後が…えーと…」
「“手首を真下に曲げてフォロースルー”。これが別の方向向いてんなら、力を伝える方向がおかしいことだからな」
何度もしつこいようだが、あくまでもシュートフォームに正解はない。現に多くのトッププレイヤーのシュートフォームは、上に挙げた留意点を全て抑えているわけではない。これはあくまでも、経験値がゼロの大雅に対して指針を示すための教えだ。
「後はとにかく連動すること。全身の筋肉を連動させて、逆さに落ちる滝のように淀みなく力をボールに伝えるんだよ」
アドバイスを受けて、大雅はもう一度ボールを持った。
肘と膝を曲げ、力を溜めながらタイミングを取り、それを伸ばしながら下半身の力を無駄なく上半身に伝える。流水のように、つっかかることなく。利き手に乗ったボールに、全身の力を集約する。
(あ、いい感じ)
大雅が放ったボールが、きれいな逆回転と理想的な高さの弧を描いた。
「いいじゃねえか」
ボールはキレの良い乾いた音とともに、リングのちょうど真ん中へ吸い込まれていった。
「今、感触良かったでしょ?」
「うん、なんていうか…撃った瞬間に、入ったと思った」
「その感覚が大事。シュートを撃ちこんでいくと、今みたいに“ぴしゃりとハマった”ってのが分かるようになってくる。後はそれをひたすら反復していく作業」
忘れないうちに、もう一度。
沈む。伸びる。撃つ。入る。もう一度。沈む。伸びる。撃つ。入る。
「いいねえ、掴んできてんじゃん」
「よしッ!ラスト五十本スパートかけていくぞッ!」
夜の闇が深くなっていくほどに、体育館の照明がより鮮明に街の中で煌々と照る。
道行く車のクラクションも、フロアに落ちるボールの音も、大雅の耳には入っていない。
あるのは自分。そしてボールとリング。
大雅は夢中でシュートを撃ち続けた。
△▼△▼△▼△
完璧なパスと練習通りの位置は、成功へのグリーンライト。
身体集中、そしてリラックス。ボールの縫い目にしっかりと指をかける。
大雅の長い脚部から生み出されたパワーが、ドミノ倒しのように上半身へ向けて流れていく。ディフェンスが焼け石に水のハンドチェックを試みるが、誰も大雅の目線にさえ届かない。
伸びきった左腕と真下にお辞儀した指先が、低温化における超伝導体のように余すことなく大雅のパワーをボールに伝える。
(あ、ハマった)
確信した大雅の手のひらは、いつの間にかガッツポーズをしていた。
「勝負強いね、一発で決めるなんて」
「ええ、大雅君あんな柔らかいシュート撃てるん?勘弁してや、大誤算やないか」
「何者だ、あのでっけえのはッ!」
「これが俺たちの五日間だぜ!なあ、大雅ァ!」
「…鳴神見たさで春陽と試合を組んだが、今回の収穫はそれだけじゃなさそうじゃな」
悠木大雅の人生初ミドルシュートで、試合は11-6、未だ春陽高校がリード中。
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