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「水浦のスタメンは、4番・天谷瞬が185㎝。6番・和泉佐助が183cm。8番・エリタキディアバが204cm。14番・高橋守が190㎝。21番・桐生幽玄が188㎝」
「お前何で水浦のスタメン全員の名前も身長も知ってんだよ」
「昨日の夜ホームページを偵察してきた。ほら、水浦ってバスケ部だけのホームページあるだろ?そこで顔や名前、背番号や身長まで丸わかりさ」
「文明の利器怖っ。将来ネットストーカーになったりするなよ?」
「うちのスタメンは、4番・直久さんが168㎝。5番・秀英さんが175㎝。10番・青影が170㎝。11番・鳴神が191㎝。12番・悠木が206㎝」
「無視かよ」
「全体的なサイズでは向こうに圧倒的なアドバンテージがあるね。その差をどう埋めていくかが、この試合の鍵になりそうだ」
「また無視かよ…まあ言ってることは正しいけど」
春陽ベンチで微妙にズレた会話を繰り広げているのは、二年生の森拓馬と海野貴大だ。
一年生トリオが入学してくるまで、彼らはスタメンとして試合に出場していた。しかし現実は非情なものだ。突然春陽のレベルとはかけ離れた新入生が三人も現れた。わずか一週間の練習で、ルーキーたちはその実力とポテンシャルを証明した。そしてあれよあれよと言う間に、彼ら二人のスタメンの座は奪われてしまった。
しかしそんな状況でも決して腐らないのが彼らのいいところだ。目の前の現実から目を背けることなくそれを受け入れ、少しでも出場機会を得るために地道な努力を重ねている。
試合から心を離さず、常に前のめりに。チャンスの最前列でじっと彼らは構えているのだ。
礼を終え選手たちが動き始める。開戦の狼煙、ジャンプボールだ。
「大雅、お前が飛べ」
「分かった」
「…?」
大雅が発する違和感を最初に感じ取ったのは、彼にジャンプボールの声を掛けた龍臣だった。
(こいつ、緊張してんのか?)
そう龍臣は思ったが、どうやらそれとは少し違うようだ。もちろんしていることはしているようだが、いつものように会話もままならないような状態ではない。
大雅から溢れているのは充足感だ。今の大雅には隙が無い。熱すぎず冷めすぎない、程よい意識の覚醒レベル。
(あの留学生がきっかけか?あいつの中で何があったのかは知らねえが)
龍臣の野生に、確かな予感が降りてきた。
(ありがとよ、水浦。今日あいつは一段ステージを登る)
水浦のジャンパーはもちろんエリーだ。2m超えの大男二人が直径3.6mの狭い円の中に押し込められた。
センターサークルからボールが上に投げ上げられ、二人は同時にそれに飛びつく。先にボールに触れたのは───悠木大雅。
「よし!」
大雅が弾いたボールが宿間谷の元へ落ちていく。それを確保しようと手を伸ばした彼の視界が、その端から迫ってきた黒い影に遮られた。春陽のものになるはずだったボールを強奪したのは、水浦のキャプテン・天谷瞬だ。
奪ったそのままの勢いでリングへ向けてロケットスタートを切る天谷。完全にマイボールを確信していた春陽の選手たちは突然の出来事に一瞬硬直し、反応が遅れてしまった。
彼らの脳が脚部に電気信号を伝える頃には時すでに遅し。天谷は悠々とレイアップシュートを決め、先制点をも奪い取ってしまった。
「っしゃオラァ!」
「瞬ちゃんナイス~」
「すまん、見えてなかった」
「ドンマイですよ、直さん」
エンドラインからのリスタート。ボールを握ったのは春陽のオフェンス全権委任大使、ポイントガードの龍臣だ。
ボールをフロントコートに運ぶまでの八秒間で、龍臣は素早くコートの中の状況を整理していく。
マッチアップは龍臣×天谷、宿間谷×和泉、曲戸×桐生、朱雀×高橋、大雅×エリー。このうち、高さで優っているのは朱雀と大雅。それでもわずかに上回っているという程度の差だが、他のマッチアップがどこも10cm以上負けていることを考えれば随分マシだろう。
続いて龍臣は、朱雀のマークにつく高橋の体とフットワークに着目した。筋肉質ではあるが、肩回りの脂肪や顔の丸さなど随所に重量を感じさせる体形。足さばきはお世辞にも軽やかとは言えない。典型的な“重さで押し切るインサイドプレーヤー”だ。
この手の選手は、昔から常に周りよりも体格が良かったタイプに多い。スピードがなくても体格で圧倒できた成功体験でここまで来ているからだ。
攻めるべきは、ここだ。
「朱雀!」
四十五度の位置、右ウイングで朱雀はパスを受けた。
同時に、逆側によれと残り3人に指示を出す龍臣。コートの右側に朱雀のための広いスペースが用意された。1on1に強い絶対的エースがチームにいる場合に使われる戦術“アイソレーション”だ。
パスを受けてから間髪入れず、朱雀は稲妻のような一歩目で左側を突破しにかかった。
高橋も足を出し何とかついていこうとはしているのだが、いかんせんそれが遅すぎる。朱雀の一歩目を雷に例えるなら、高橋のそれは曇天に流れる灰色の曇のようだ。
しかし、どうやら水浦もそれは織り込み済みだったらしい。逆サイドに引き付けられていた他のディフェンス四人が一斉に朱雀との距離を詰めてきた。朱雀がドライブで切り込んできたところを、ヘルプディフェンスで一気に距離を詰め囲んで止めるという算段。
「鳴神、ヘルプ行ったぞ!」
「朱雀、よこせッ!」
「鳴神くん!」
パスを求める、朱雀の引力によってフリーになった味方の声。その声は彼には届かなかったのか、彼らのことを少しも見ようとしない。
否、届いていないわけではない。味方を見る余裕がないわけでもない。“パスに逃げる必要がない”、彼にとってはただそれだけのことだった。
稲妻のような勢いを、朱雀はジャンプストップで一気に殺した。そのまま半円辺りで飛び上がると、ヘルプの手が自らの領空を侵犯する前に素早くミドルシュートを放った。ボールに届かなかったディフェンスの手が、彼のシュートを賛美する万歳三唱のごとく虚しく伸びきっている。
シュートが決まり、スコアは2-2。
鳴神朱雀にとっては、水浦の織り込み済みさえ“織り込み済み”だったのだ。
「ヘルプ、読まれとったねえ」
「悪い幽玄、簡単に抜かれすぎたかも」
「気にすんなや、まもちゃん。あれはレベルが違うからしゃあないわ」
ポゼッションは変わり、水浦の攻撃。
水浦が展開する攻撃は、春陽のそれとは全くの対照だ。選手全員がよく動き、一人一人がボールを持っている時間がかなり短い。目まぐるしくボール保持者が変わっていく。
和泉、エリー、幽玄、エリー、和泉、高橋、天谷、和泉…中と外のパス交換。春陽のディフェンスは狭まり、拡がり、動かされ、翻弄される。そして綻びが見えたところで、彼らは獲物を仕留めにかかる。
「おっせえよッ!」
「しまった…!」
ほんの少しだけ天谷に対する龍臣の寄せが遅れたことを皮切りに、水浦のオフェンスがその本性を表した。重心の逆、左側を突いたドリブルで龍臣をかわした天谷が、左ウイングからリングに飛び込んでいく。
「大雅、ヘルプ頼む!」
「オッケー!」
向かってくる天谷を阻止するため、大雅がその進路に立った瞬間だった。
大雅の視界から、天谷の姿がぶれて消えた。
「速っ…!」
大雅が振り返ると、天谷はすでにリングのすぐ近くにいた。今にもレイアップへ行かんと跳躍する天谷を止めるべく、大雅はすぐさま一歩を踏み出した。
が、追いつけない。一歩の歩幅は間違いなく大雅の方が大きいはずなのだが、天谷の異次元の加速がその差を覆してしまっている。
こうなれば、大雅にはもう高さしか残されていない。放たれた瞬間無防備になるボールを叩き落とすため、その長い腕を必死に振り上げる。
「トロいんだよ、どいつもこいつも」
そう吐き捨てた天谷は、まるで背後からのブロックを読んでいたかのように一度ボールを下げると、リングを挟んで逆サイドまで跳んだ。
思わぬ動き空を切る大雅のブロック。強い回転をかけて放たれたボールは、ネットを激しく巻き込みながらリングの中を通過した。
空中でディフェンスをかわす、“ダブルクラッチ”。
(あのヤクザみたいな人、鳴神くんと同じぐらい足が速い!速すぎて、一瞬視界から消えたように見えた)
(あれだ…あの異次元のスピードが、天谷瞬って男の最大の武器)
「このコートにいる誰にも、俺の影さえ踏ませねえ」
颯爽と自陣に戻る天谷の後ろ姿。大雅と龍臣は、それを悔しげな表情で見つめていた。
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