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未完の巨人  作者: 北雪夜凪
王者VS怪物ルーキーズ 1st Round
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 今回から、セリフや段落ごとの行間を少し広げてみました。読みやすさに配慮してのことです。他に何かあれば是非コメント等で。

 「こらこら、第一声がそれじゃ格好つかんやないか」


 散々温まっていた場の雰囲気をぶち壊すエリーの言葉に、幽玄は肩をすくめて呆れた。


 「しゃあないなホンマ。大雅くん、悪いけどトイレの場所教えてやってくれんか?」

 「ええっ!」


 急転直下の指名を受けた大雅は、おずおずとエリーの顔色を伺った。彼の口は一文字に結ばれており、“なんだか不機嫌そうだ”という印象を大雅に与えた。実際のところエリーは不機嫌なのではなく、ただ襲い来る便意を我慢しているがゆえに固い表情をしているだけなのだが。


 あれほど恐れていた留学生との初隠遁。それが彼にトイレの場所を教えることというのは、何とも奇妙な体験だ。

 このまま黙り込んでいても埒が明かない。そう意を決した大雅は、運命のファーストコンタクトに向けて頭をフル回転させた。


 「えっと…。Go into the door, and turn right, and…」


 拙い発音の中学英単語と必死の身振り手振りで、大雅は何とか説明を試みる。しかし、それを聞いたエリーの反応がどうにも芳しくない。


 (あ、あれ?もしかして僕、意味不明なこと喋っちゃってる?)


 焦りと恥ずかしさで顔が赤く染まっていく大雅。そんな彼の顔を見て、エリーは申し訳なさそう手でバツを作った。


 「Je suis désolé. Je ne comprends pas l’anglais.(ごめん。僕は英語が分からないんだ)」


 芳しくない反応のわけは至極単純なものだった。エリーは英語が話せないのだ。彼はコンゴ民主共和国出身であり、彼の母国語はフランス語だからだ。外国人が皆英語を話すわけではないことは、当たり前だが見落としがちだ。

 その言葉とバツ印で、大雅はエリーが英語とは違う言語を話していることに気が付いた。


 「英語、ダメ?」

 「エイゴ、ノー」

 「日本語、OK?」

 「スコシ」


 自分がまるで聞いたことのない言葉を話している。英語が通じないが、少しだけなら日本語は話せるようだ。しかしその“少し”がどの程度なのかは分からない。


 「ついてきて」


 状況を踏まえた大雅は言葉での説明ではなく行動によるそれを選んだ。エリーに手招きし、扉を指差しながら歩き始める。エリーも意味を理解したようで、大雅の背中を追っていった。


 「やっぱり異文化コミュニケーションで大事なのは伝えようとする気持ちなんやなあ」


 見送る幽玄の顔には、まるで巣から飛び立つひなを見る親鳥のような慈愛が浮かんでいる。その何か遠いものを見るような目には、歳に不相応なはかとない哀愁さえ漂いつつある。


 「気の小ささを治すには、他人とサシで会話することが大事や。ああいうタイプは大人数になるとすぐにその場から一歩引きたがるからな。自分の意思を言語化して伝えること、その積み重ねがビビりを精神的に成長させる。あの丸っこい背筋を伸ばして、ぶっとい一本の大黒柱にするんや。覚えとき、朱雀くん」


 湛えたアルカイックスマイルが朱雀に向く。意図が読めないその表情を、睨みつけるように朱雀は見つめ返した。


 「そんなこと、何で俺に」

 「今後3年間、一番近くであの才能を育てるのは君やから。下手こいてそれを潰さんように、少しだけヒントをあげようかな思うて」

 「…何を企んでんの?大雅の才能が順調に育てば、困るのは他でもないあんたたちなのに」

 「別になんも。俺はただ、“天才”ってやつが好きなだけ。さて世間話もこれくらいにして…そろそろ体育館行こか」


 時計の長針がもう一周もすれば、春陽と水浦の練習試合が始まる。

 幽玄の真意は分からないが、今はそれを考えるべき時ではない。どんな企みがあろうと、俺が水浦をぶちのめすだけだ───朱雀は頭に広がり始めた雑念を振り払い、踵を返して体育館へと向かった。


△▼△▼△▼△


 重苦しい沈黙が、大雅とエリーの間に流れている。

 トイレから体育館に向かう二人。体育館までの距離はほんの少しだけ遠く、無言を貫き続けるにはあまりに不自然だ。


 (何か喋ったほうがいいのかな)


 そう思った大雅が肩越しにエリーを見ると、彼もまた大雅の方を見ていた。偶然にもぶつかってしまった視線に幾分かの気まずさを感じる大雅。

 エリーも大雅と同じことを考えていたのだろう。しばらくバツが悪そうにもごもごと口を動かしていたが、やがて痺れを切らしたように口を開いた。


 「ボク、エリー」


 その言葉を聞いた大雅の身体の血流が、熱く激しく巡り廻る。何とか答えようとして、喉の奥から言霊を絞り出す。


 「エリー。僕、悠木大雅」

 「ユウキ、タイガ」

 「うん」


 それは、席替えで初めて隣になった思春期真っただ中で純粋な、中学生男女の会話のように。ただたどしく、広がりがなく、当たり障りもない会話。


 「タイガ、タカイ」

 「身長のこと?」

 「シンチョウ」

 「2m6cmあるんだ、僕。エリーは?」

 「2m4cm」

 「エリーも高いよ。僕、自分以外で2mある人初めて見たもん」


 誰よりも大きな身体と、誰よりも小さな心を持つ男。若干15歳で故郷を離れ、遠い異国の地で自分の意思を伝えることさえままならない男。

 この会話が、スローな言葉のキャッチボールが、現時点の彼らにとっての精一杯。だが時として人は、言葉以外の何かで相手の心を感じ取ることができるものだ。彼らの自分を伝えようとするその努力が、互いの心に小さく不器用な友情を育み始めている。


 体育館の扉はもう目の前だ。ようやく少し打ち解けたような気がするのに、少し残念だな。もっと早く話しかければよかったかな。大雅はそう思った。この扉を開けてしまえばそこに広がるのは縦28m横15mのラインに縁どられた戦場であり、彼ら二人はその中で殺し合う敵同士だ。


 扉を開けようとする大雅の肩が、トントンと叩かれた。

 何事かと振り返った大雅に、エリーは笑って手を差し出した。


 「Jouons un bon jeu, Taiga.(いい試合をしよう、タイガ)」


 エリーが言ったその言葉の意味は、大雅には分からなかった。だがその代わりに、心でそれを受け取った。

 大雅は笑って、その手を強く握り返した。


△▼△▼△▼△


 四十分のウオーミングアップが終わり、選手の身体とフロアに薄い陽炎が立ち昇る。

 両ベンチから、五人ずつ。あるものは笑い、あるものは深呼吸をし、あるものは自らの手のひらで、シューズの裏についたホコリを払う。

 春陽のリバーシブルの色は、白と緑。水浦は黒と青。それぞれの戦闘服を身にまとった十人の戦士が、コートの中央に集結した。

 試合開始の笛が鳴る。


 「「「「「シャス!」」」」」


 春陽対水浦、この先幾度となく死闘を繰り広げることとなる二校。

その第一ラウンドの火蓋が切って落とされた。


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