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記念すべき初作品。スポーツ小説が書きたかった。
春。桜並木の河川敷を駆ける一人の少年は、道行く人々の注目を一身に集めていた。
彼は特別眉目秀麗な顔をしているというわけではない。髪や服装が奇抜というわけでもなければ、大声で歌いながら走っているわけでもない。
人々の視線の理由はその存在感───乗っている自転車を赤ん坊が乗る三輪車のようなサイズ感にしてしまっている彼の異常な巨体にあった。
(すっごい見られてる…)
居心地の悪さを感じた悠木大雅は背中を丸める。
彼らが注目するのも無理はない。日本人男性の平均身長はおよそ170㎝。だが15歳の彼の身長は、それを遥かに上回る206cmなのだ。
小心者の大雅は、自分に対する化け物を見るような視線が苦手だった。しかし、身長という身体的特徴は体重とはわけの違う絶対的なものであり、それを縮めることなどできはしない。
ただ逃げるように、隠れるように。そうやって大雅は今までの人生を過ごしてきていた。
今日は入学式の日。この春から山口県にある公立高校、山口市立春陽高等学校に通う大雅は、山奥の自宅から片道一時間半もの時間をかけて登校してきていたのだ。
好奇の目に耐えながらペダルを漕ぐ。春陽の正門はもうすぐそこに迫っていた。
△▼△▼△▼△
正門前の通りは多くの新入生たちでごった返していた。自転車に乗ったまま進めるようなスペースはどこにも見当たらない。
(この中に自転車で乗り入れるのは迷惑だよね…駐輪場は学校の中だろうし)
大雅は仕方なく近くのコンビニに自転車を停め鍵をかけると、正門に向けて歩き始めた。
にわかに人波がざわつき始めた。その原因が自分だと察し、またしても大雅はうつむく。
視線を少しでもかわそうと人混みに紛れた大雅だったが、彼ほどの巨躯が放つ強い印象は、それくらいで薄れるものではなかった。
大雅は刺すような興味を感じながら、押しのけられるようにして前に進んで行く。
(人が多すぎるよ…)
田舎出身の彼にとっては、人混みに揉まれるという都会の当たり前の光景さえ初体験だった。
(なんか…気持ち悪くなってきた…)
意識が遠のき足元がふらついた大雅は、前を歩く人間の肩に強くぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ…」
「痛ってえなこの野郎ッ!気を付けやがれトーヘンボク…って、うおッ!?」
振り返った少年は、大雅の巨体を見るとギャグマンガの登場人物のような驚き方を見せた。
「でっけえなオイ!お前も新入生だろ?身長は!?」
「へ?」
「身長は何㎝かって聞いてんだよッ!60m超えか?超大型巨人!」
つい十秒前まで喧嘩を吹っかけてきそうな勢いだったにも関わらず、いきなり身長を聞いてくる少年。あまりにも急激な距離感の詰め方に、大雅は面食らってしまった。
「2m6㎝だけど…」
「に、『にめーとる』!?高校一年生の四月で2mだとォ!?漫画の世界か?ここはUSAのハイスクールですかァ~!?」
あまりにもぶっとんだテンションの高さ、語尾のアクセントが強い特徴的な喋り方、そして着崩した制服とゴリゴリの刈り上げツーブロックというワイルドな風貌。
「くっそ羨ましいなァ!おい!俺だって一年生なのにお前より36㎝も低いんだぜ!?」
「えっと、170㎝なの?それ、別に小さくはないと思うけど」
「うっせえ!2mのお前が言うと嫌味にしか聞こえねえよボケナス!」
「そ、そんなんじゃ…」
溢れ出る野生に畏怖し、大雅はこの場から逃げ出したいという本能的衝動に駆られた。
だが、人混みの中には逃走を許すような余地はどこにもない。ただ今はこの少年の質問に耐えるしか、大雅に残された道はなかった。
「で、部活は?」
「部活?」
「運動経験ッ!中学ん時何やってた!バスケか?バレーか?」
「り、陸上だけど…」
「り・く・じょ・う・だァ~!? 2mもあって陸上競技ィ!?バカかてめえ、その才能を三年間ドブに捨てたっつーのかよォ!?」
喧嘩を売られ、質問攻めにされ、今度は説教、理不尽のフルコースだった。凄まじい剣幕に、大雅は必死の弁明を試みた。
「いや、僕の中学校はバスケ部もバレー部もなかったんだよ!全校生徒も18人しかいなくて、陸上部とソフトテニス部しかなくて…」
「どこ中だ」
「平良中学校」
「それ本当に山口県の学校か?聞いたこともねえや。マジのド田舎みてえだな」
「ま、まあね…」
「まあいい、大事なのはこっからの三年間だ」
少年はそう言って一呼吸置くと、大雅の顔をビシッと指差して力強く声を張った。
「いいか!お前、高校からはバスケットボールをやれッ!」
「え?ちょ、ちょっと待ってなんで急に…」
いきなりの突拍子もない命令に、困惑した大雅がその真意を問いただそうとした矢先、人波が大きく動き始めた。入学式開始の時刻が迫り、間に合わないと焦った後方の人間が圧をかけてきているのがその原因のようだ。
いつの間にか二人は正門を抜け、敷地内へ入ってきていた。二人の間には大量の新入生が流れ込み、みるみるうちに距離が遠ざかっていく。少年は大声で大雅に叫ぶ。
「おい超大型巨人!名前はァ!」
「悠木!大雅!です!」
「よし、大雅!入学式やら全部終わったら廊下に出て待ってろ!逃げんじゃねえぞッ!」
「ええ~!ちょっと、まだ、君の…」
大雅がそれを言い終わる前に、ワイルドな少年は彼の視界から消えてしまった。
「名前、聞いてないんだけど…」
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