第5話 ボクとカノジョの日常生活 後編
チュンチュン……
……ガタガタ……
スズメの優しい鳴き声が朝を知らせてくれる。僕がもう一度夢の世界に戻ろうとすると、ウチのマンションの傍らを通る慶急電鉄の騒音が、無理やり起こしてくれる。
「ふああ~~、もう朝か。 結局昨日は一度じゃ満足できなくて、三回も……」
またごみ箱に増えたティッシュの山を見て、地球資源の行く末を憂慮する。(男子高校生たるもの、朝は賢者モードなのです)
部屋のドアを開けると、母さんの字で「頑張って!」と書かれたメッセージカードとともに、新しいティッシュペーパーが置かれていた。(しかも耳セレブだ)
はぁ、思春期の息子にこういう気配りはどうかと思うなあ……
ちょっとカピカピしてるシーツをベッドから外し、洗濯機に放り込むと、スイッチを入れる。臭いオタクは嫌われるので、シャワーを浴びた後、シリアルと牛乳で朝ごはん。両親は昨日から出張なので、この家には現在僕一人。 エロゲを大音量でやり放題だぜ! ……本当なら女の子を連れ込めるのに、そういう発想になるのが悲しい。
戸締りをして、学校にむかう。とはいっても近所なので、電車通学は必要ない。東京の満員電車に乗らなくていいのは、とても助かる。はあ、今日も男臭い学校か。少し気分が沈むなあ。
「おっはよ~優斗、今日も憂鬱な顔してんじゃん! そんなんじゃ運が逃げるぜ?」
がばっ
「おい、久、いきなり抱きついてくんなよ」
学校に行く道すがら、後ろから抱きついてきたのは、僕と同い年の友人、青葉 久。堀の深い顔、僕よりかなり背が高く、少し茶色な髪を、ツーブロックアップにしている。少し浅黒い、日サロで焼いた肌は、筋肉質だ。ラフに制服を着崩しており、典型的な、イケメン陽キャって奴だ。むしろ高校生に見えない。
僕も優しそうな顔の造形と、癒しオーラにはそこそこ自信があるんだけど、コイツと並ぶと、圧倒的イケメンオーラにかき消されてしまう。ずるい。
彼は日本人とイタリア人のハーフ。彼の父親が、彼の母親であるイタリア美人女性にねっとりじっくりとチャオチャオ (はい、別の意味です)されたのが馴れ初めらしい。
なにそれうらやましすぎる。
ということでそっち方面では彼に全く敵わない僕ですが! ほぼ男子校であるウチでは、彼のイケメンさを活用する場面は、ほとんど来ないのでした。まる。
……なわけはなく、学外の女子を食いまくり、さらに読者モデルで稼いだ金で風俗通いと、この年にしてエロ魔人である。
そんな僕とは正反対の男だが、なぜか昔から馬が合い、親友という奴をやっている。
「優斗~? 昨日コイただろ? しかも三回……いやー、えっちな友人をもって、俺、幸せだわ」
「あああぁぁ! そういうことを言うんじゃない!」
そうなんだ。彼はエロ魔人。念入りに体を洗っても、すぐにバレてしまう。
「昨日のオカズは何よ~? やっぱりファルちゃん? いやー、妬けるねー♪」
そう、コイツは俺がファルと付き合ってることを知っている。なんやかんや、色々アドバイスをくれる、良い奴だ。
「あはは、すまんすまん。 優斗は一途な奴だよなー。 でもそのカノジョさん、なかなかこっちには来れないんだろ? やっぱサミシイよなー」
久はそういうと、僕の頭をポンポンと叩く。くそ、さりげないイケメンオーラがむかつく。
「……あ、そうだ、そんなサミシイ友人に、俺がとっておきのプレゼントをしてやろう。蒲田のギャラクシー・ヘブン。知ってるよな?」
「そこのナンバーワンの子と、この間仲良くなったんだけど、こっそり特別割引券をくれたんだよね。ほら、お前にやるよ。 ファルちゃんと初めてスルとき、上手く行かないと恥ずかしいだろ? ここで練習しとけ」
ギャラクシー・ヘブン。かわいい子が多く、明瞭会計の風俗店。交渉によっては、ホンバンできるという噂も……
「いやちょっとまってよ、僕ら高校生だろ、怒られるぞ」
久の提案に、思わずひるむ僕。それに、ファルとは、初めて同士がいい……
「おいおい、初めて同士で、なんて童貞の妄想だぜ? こういうのは、男がリードするんだよ。ファルちゃんの初めてを、痛いだけの思い出にしちゃ、かわいそうだろ?」
むむ、確かにコイツの言うことは正しい。ちょっとは興味のあった僕は、久から割引チケットを受け取るのだった。
*** ***
夕方4時、蒲田某所。僕は銀行から降ろしてきたおこづかいを握りしめ、ギャラクシー・ヘブンの前に立っていた。なるべく大人っぽい服装をチョイスしたから、大丈夫のはず……だ。受付のボーイに声をかけ、ナンバーワンの子を予約していることを伝える。(久が予約してくれたのだ)
高校生とバレないかドキドキしたけど、ナントカ通してもらい、部屋に入る。
……うわあ、初めて見たよ……思ったよりも普通だな……
通されたプレイルームは、4畳半くらいの大きさ。真ん中にベッドが置いてあり、壁にはバスルームへ続くドアがある。ベッドの横にはマットと色々な道具が置いてあり、天井は鏡張りだ。
これは、そういう用途だよね……心臓がうるさいくらいに高鳴っている。
「こんばんは、お兄さん! ご指名ありがと~♪」
「!!」
がちゃ、と入り口のドアが開き、一人のお姉さんが入ってきた。年のころは23~4だろうか、よくわからない。腰まである金色に染めた髪に、愛嬌のある大きな瞳。何より、胸もおしりも、スタイル抜群だ。ああ、いいニオイにくらくらする……
「ん~? お兄さん、慣れていないね。 アタシ、そういうの大好き! 今日は特別に、なんでもしたげるよ~?」
わわ、心の準備ができてないうちに、お姉さんが抱きついてきたぞ。 何でもしていいって、おお、ぜひコスプレオプションを……僕が童貞特盛の妄想を爆発させようとしたとき、ふと、僕に抱きついているお姉さんの横顔が目に入る。
!! なんか、ファルに感じが似ているかも。 一気に頭が冷える。そうだ、僕はファルとの初めてに備えて、ここに来たんだった。
「……あの、お姉さん! 僕は童貞なんですけど、この間かわいい彼女ができたんです! 彼女と初めての時に、彼女をちゃんとリードしたくて、いろいろ女の子の体のこと、教えてください!」
僕は恥も外聞も捨てて、お姉さんに頼んだ。 お姉さんは、最初びっくりした顔をしたけど、にっこりと笑ってくれた。
「ふっふ~、カノジョさんの為なんだー。 そういうの良いじゃなーい。まかせて、まずは最初から……」
おおおおおぅぅ!
僕は時間いっぱい、お姉さんに色々教えてもらったのだった。
*** ***
「ふう……」
僕は充実感を胸に、お店を出た。冷えた夕方の空気が気持ちいい。あ、結局発射してないからね。お姉さんには、女体の大事ポイントを色々教えてもらったのだ。僕の初めての発射は、ファルとって決めてるんだ。
そこ、気持ち悪いとか言わない!
それにしても、オプション頼まなかったから、少しお金が余ったな……このまま川崎のアニメ〇トにでも行こうか……と僕が考えていると、ふと、小さな神社が目に入った。街中にあるにしては、うっそうと木が茂っており、神秘的な雰囲気だ。僕は特に深い意味もなく、鳥居をくぐった。
おお、恋愛にご利益のある神社か、いいね! 僕は財布から100円を取り出すと、ファルとの恋が上手く行くように、絶対会えますようにとお祈りした。これは、願いがかないそうだ。さて、帰るかと思い、ふと本殿の横に目をやると、社務所が見えた。そこでは、1人の巫女さんが、お守りを売っているようだ。
おお、巫女さんだ……なかなかの美人さん。
僕は、吸い込まれそうな黒い瞳、長い髪を持つ巫女さんに導かれるように、社務所の前に立つ。
「ふふ、お兄さん、恋をしてるね。しかもかなり、遠い場所にいる子と。 お互い好きだけど、成就するかどうか、不安になってる」
「!?」
え!? 何この巫女さん、なんで僕のことを?
いきなり、自分の心の中を言い当てられ、びっくりしてしまう。
「そんなキミには、このお守りがおすすめ。お互いが一つずつ持つことで、ふたりの想いを守ってくれるんだよ」
そういって巫女さんが取り出したのは、月のマークが入った、紫色の小さなお守り。見たことのない字体で、「恋愛守護」と書かれている。
……お守りかあ、ファルへのプレゼントに加えるのもいいかも……僕が心惹かれているのに気づいたのか、巫女さんはさらにすすめてくる。
「これはね、ふたりの恋路に大きな障害が起きたときも、きっとキミたちを守ってくれる。どうだい、いまなら7,000円にしとくよ」
ぐっ、意外に高い……でも僕は「恋愛守護」という言葉がとても気になっていた。よし、買おう。
「まいどあり~♪ お兄さんの恋路に幸あれ!」
僕は丁寧に包装されたお守りを持ち、満足した気持ちで家路につくのだった。