女神と転生
「う……」
目が覚めると、俺は知らない天井を見上げていた。
何だ……ここは。まるでギリシャの神殿みたいな場所だ。けど、そのくせ最新のゲーム機やポテチのような庶民的な物が床に散乱している。壮大な神殿の中がこんな状態だと威厳よりもだらしなさが表だって出ているよ。
「あら、起きたのね」
鈴のような可愛らしい声が聞こえた方向を向くと、体を一枚の薄布で巻いた女性がゲームをしていた。
身体の肉付きは完全な黄金比で見るだけで男を興奮させるような美しさを持ち、その顔立ちも銀髪と相まって神秘的な美貌となっており、まるで絵画から抜け出たような美しさを持っている。
それなのにやってるのはテレビゲームをしながらポテチを食べ、たまにコーラをボトルでらっぱ飲み……残念と言うかズボラと言うか……。
「よし、クリア!」
ゲームが一区切りついたところで女性は立ち上がり奥にあった台座に座る。
美しい人なんだけど……何と言うか、感覚的に気持ち悪く見える。なにが理由だろうか。
「来なさい」
「……ああ」
ベットから立ち上がると台座の前まで歩いて座る。
威厳を感じる声音だったが……第一印象があれだとズボラな本性の方が目につくんだよな。
「あんたの名前は?」
「私の名前はマリア。女神よ」
女神……ねぇ。確かに見た目だけなら女神に見えなくもないが……。
「……え?女神様?」
「ええ、そうよ」
……マジかよ。神様って、本当にいたんだ……。
「あまり驚いていないわね」
「驚いてるけどさ……」
「はぁ……まあ、人間は神を察知することができないからね」
見た目驚かない俺を女神は呆れながら指を弾くと神殿の中の光が消えて空中に画面が現れる。
何だ……この映像は。電車の事故の映像……なのか?こいつの力があれば世界中のあらゆる場所の状況が把握できる、と言うことか?
「2020年。君は電車の事故に巻き込まれ死亡した。これは明確な事実よ」
「ああ」
俺は蓮花を庇って死んだ。それ自体は問題のない事だ。第一俺は何度もそう言った事に巻き込まれているから何時でも死ねる覚悟をしていたからな。
「でもね、これはとてつもないイレギュラーなのよ」
「……イレギュラー?」
「そう。本当は事故何て起こる筈がなかった。運命を総括する私だから言えるのだけどね」
再び女神が指を弾くと映像が変わる。
これは……宇宙か?そして宇宙を取り囲んでいるのはオールトの雲なのか?そして更にオールトの雲を取り囲んでいるのは……何だ?
「この世界を囲っているもの、これが『運命』よ。ありとあらゆる物がこの運命の内側で起きる刹那の時間なの。そして、あの事故は起きない、そういう運命になっていたの」
難しいことは分からないが……運命を小説、事故をアニメと考えれば良いのかな?
本来書かれた小説で完成した世界がアニメのオリジナルで小説の設定も内容を変わってしまうようなものか。
「でも、起きた。それはどういうことだ?」
「それはね……貴方なの」
「……俺が?」
人差し指で俺を指差しながらもう片方の指を弾き映像を変える。
今度の映像は……俺が巻き込まれた事故の映像だ。これに何の意味があるんだ?
「単刀直入に言うわ。貴方は、運命の外にいるの」
「運命の外?それの何が問題なんだ?」
「運命の中にいると言うことは、運命に守られてるの。それぞれの幸運と不運が予定調和で引き起こされるの。けど、運命の外にいるとその予定調和から抜け落ちる。……人としての幸福を享受できないの」
貴方たち風に言うのならゲームのバグね、と女神は付け加える。
確かに、本来のプログラムからあり得ない事が引き起こされる、と言う点は確かにそう言える。
「このままだと、貴方から起きたバグが別の人の運命にバグを与えてしまうの」
「それは……少し困る」
最後に見た蓮華の笑顔が脳裏を過る。
俺に恋してくれたあいつが幸せにならない未来なんて、報われなさ過ぎる。それは何があっても回避しないといけない。
「だから、この世界から別の世界に転生させる」
「……転生?」
転生って本当にあったんだ……。いや、女神がいるんだ、転生もあっても可笑しくないな。
「そう。これはそれの了承のために貴方の意識を戻したの」
転生か……。新たな世界で新しい人生を送る、何とも魅力的な話だ。俺は普通の人生を送れなかった。何度も周りから狂わされた。何度も人の死を見続けた。被害者であり傍観者だったそんな人生をもう二度と過ごすこと何て耐えれない。
だから、俺は転生をして普通の人生を、人として当たり前の幸せを手に入れる。
「良いだろう。だが、条件がある」
「何かしら」
「蓮華の幸福を約束しろ」
だが、転生するのなら俺は黒薙白亜としてのけじめをつけなければならない。
あいつには俺の分まで幸せになって貰いたい。
それが、黒薙白亜として最初で最後の我が儘だ。
「良いわ。それじゃあ、ベッドに眠ってね」
「……ああ」
女神が快く了承するのを見て口元に笑みを溢すと俺はベッドに戻って眼を閉じる。
黒薙白亜としての人生のけじめをつけれた。それなら、俺は今度こそ普通の幸せを――――
「……行ったわね」
青年が光の粒子となって消えていったのを見届けると私は指を弾き光を戻す。
運命の女神である私には運命を見定める事は勿論、それをねじ曲げる事もできる。
だからこそ、彼は異質だった。
彼の運命は何もない。ずっと暗闇に放り込まれたような宛のない旅をし続けたようなものだ。そんなのを人が耐えれる筈がなかった。
「彼は……既に壊れてる」
彼の精神はどうしようもない程壊れている。もし、何かの拍子で彼が人の道から外れる事があれば彼は人としての尊厳を欠落させてしまうだろう。
けど、それはないと思う。
彼は運命に縛られない。それは世界で唯一運命を打ち砕く事ができると言う事ができる。それがある限り、彼は堕ちることはない。
「君に幸ありますように」
私は瞳を閉じ手を合わせて祈る。
どうか君に、幸せな人生がありますように。