狂わされ続けた男の死
「ふわぁ……」
俺こと黒薙白亜は小さな欠伸をしながら電車を待つ。
家に持って帰った営業の仕事を終わらせてデータを会社のパソコンに送った後前々からやっている趣味の園芸の準備もしていたら睡眠不足だよ……。
俺が働いている会社は所謂ブラック企業で、俺や俺の部下もかなり疲弊している。また、社長は手駒を使うのが上手く人事部を使っね自分たち以外の部の監視させる事で辞職や退職を出来ない空気にさせているのだ。
(……そりゃあ当然か。ブラック企業だからな)
だから俺はその一番手として抜ける。既に部下には伝えてある。そしたら部下も俺に着いていくと言い、秘密裏に営業課の全員が退職する手立てを立てている。
一つの課の一斉退職。そんなのが世間に知られればあの会社も潰れる。
元々そこそこのキャリアも積んで二十代で課長に就任したのは良いが、あの経営状況の悪辣さには眼も余る。それなら潰れてしまった方がマシだ。
(まあ、俺のような人間を雇ってくれたのは恩と言えば恩か)
俺は髪の毛は少し弄りながら考えてしまう。
俺は生まれつき色素が薄く、髪が白く目が赤い。所謂『アルビノ』と呼ばれる体質であり、異常な人生を送っている。
小学校低学年の時に両親が離婚して父親と一緒に生活していった。父親は日々仕事の疲れによって磨耗していき、俺を虐待していった。そして小学校高学年の頃、過労で死んでしまった。
その後伯父の家に住むことになったが、伯父やその妻、その子供とは向こうが見た目で毛嫌いしていたため仲が悪くて腫れ物のような扱いをされていた。
だが、中学に入ってすぐ、自転車で本屋に行っていた俺を車がはねて脚と腕に全治一ヶ月の怪我を負った。飲酒運転だったらしく、俺をはねた運転手は逮捕された。
そして病院に迎えにきた伯父一家の車に乗って帰っていたら逆走してきた車と伯父の車が正面衝突して前に座っていた伯父一家は死亡し俺も脚、腕、肋骨、腰骨に全治五ヶ月の怪我を負った。この事故で身元の引き受けをする人がいなくなった俺を児童養護施設に入れられる事になった。
学校生活も酷いものだった。見た目が周りから浮いて小中高と凄惨ないじめを受けた。殴られることや机への落書きは当たり前、アルコールランプによる火傷や階段や屋上から突き落とされた時に大きな怪我をおった。今でも服の下にはその時の傷が残っている。
助けを求めた事もあったが、先生たちは何一つ対応しなかった。何せ、俺一人にヘイトを向けさせておけば取りまとめるのが楽だからな。
そんな他者に狂わされた人生を送っていた俺を拾ってくれた社長には入った時にはそれなりの恩義があった。だが、その恩義は既に枯れてしまったがな。
「お、きたな」
待っていた電車に乗り込み運良く座席に座る。
退職はさっさと済ませる、これに限るからな。
「ふぅ……終わった終わった」
退職届を出して今日の仕事を終えて会社から出る。
俺が退職届を出した時に部長は大慌てで俺を止めに入ったけど……まあ、仕事を押し付けまくる部長の言葉には耳も貸さなくて正解だったな。あんなのに俺の意志が崩される訳がない。
「あ、課長。お疲れ様です」
「おう、お疲れ」
帰りの電車で揺られていると隣の席に若い女性社員が座ってきた。
こいつは愛野蓮華。俺の部下でかなりの実績を上げている成長株だ。性格も良く素直で実直のため、その若さと実力を相まって営業課のマスコットみたいな立ち位置になっている。
もう少し学歴があれば上の役職に就くことは容易かった程だが……まあ、家の事情とかがあるのだろう、そう言うことは聞かないでいる。
「課長が退職すると言うことは周りにも伝わっていて、これに乗じて経理部や総務部等々から退職しようとする動きが出ています」
「相変わらずの情報収集能力だな」
「課長のためなら何でもしますよ。それが例え夜の運動でも」
「いや、しないからな」
頬を赤く染めて笑顔で話しかけてくる蓮華の頭に軽くチョップしながら僅かに笑顔が溢れる。
蓮華は俺がまだ新人の課長だった頃に教育係として面倒を見た。ミスをすれば叱ったし、成功したら褒めた。何度も酒飲みに付き合わせたし付き合わされた。そのため、俺と蓮華はそれなりに仲が良い。
だが……蓮華は何故か分からないがプライベートの時になると俺に甘えてくる。他者からの好意に鈍い俺には何故六歳も歳上の俺に甘えてくるのか理解できていない。
「その……課長は今度はどこの職場に行くつもりですか?」
「分からないが……同じ様なジャンルの会社に行くつもりだ。お前は?」
他の奴らも大半は今の会社と似たようなジャンルだったし、自分の積み上げてきた技術を使うつもりのようだな。
こっちも積み上げてきた技術を使うのなら広告代理店に勤めるのが効率的なんだよな。まあ、他の会社の営業でも良いけど。
(そう言えば、高校時代にホテルでバイトしてたな)
奨学金を貰って高校に入って一人暮らしをし始めたが、金が足りなかったため近場のホテルの従業員としてバイトしていた。
一時期は正規のホテルの従業員になりたかったし……その夢を追いかけるのも良いな。貯金は十分貯まってるし、専門に通おうかな。
「私は実家のペンションを継ごうかと思っています。ローストビーフが美味しくて仕事も行き届き、源泉垂れ流しの温泉もあって有名なんですよ」
そう言えば蓮華の実家はペンションを経営してたな。最終学歴もそっち系の専門学校だったし。まあ、そこで働くのが妥当かな。
「そうか。それじゃあ、俺も時間が空いたら泊まりに行こうかな」
「そうですね」
そう話していたら最初の駅に止まった。
そう言えば蓮華と俺が乗り降りする駅は同じだったな。
「あの……この事は噂話何ですが」
蓮華は複雑そうな顔をしながら人の出入りを見ていた俺に少し近づいて話しかけてくるを
てか、近い。身体、とくに平均よりも大きめな胸が当たってるよ。
「何だ?それと近づきすぎ。胸が腕にあってるぞ」
「あ……!す、すみません!」
「謝らんで良いよ。俺、そこまで気にしてないから」
指摘して慌てて離れ始める蓮華を見ていると電車が動き出す。
あれ……?この電車、こんなに早く出発したっけ?
「実は……社長が指定暴力団と繋がっていると言う噂を人事部から聞きました」
指定暴力団……ねぇ。社長のバックに暴力団があれば人事の連中も社長には逆らえない、か。……糞だな。
あの会社はかなりヤバい事に足を突っ込んでいたようだな。
「そうか……だが、噂は噂。そんな事はな……!?」
噂を否定する言葉を言おうとした時、反対側の窓を見て眼を見開いてしまう。
あの電車の進行方向の線路が切り替わってない!?あのままだと、この電車と追突してしまう!
「どうかしましたか?」
「危ない!!」
「え―――?」
蓮華の服を掴んで引っ張り抱きしめるようにした瞬間、轟音が響いた。
やっぱり事故ったか……!だが、何故そんな事が……!?これは、何かがおかしい……!
「か、課長……大丈夫ですか、課長!?」
「ああ……そっちは?」
「何とか大丈夫です。でも、課長が!」
何とか見える左目で身体中に怪我をして泣きそうな顔をしている蓮華を見る。
良かった……無事だったのか……。うう、腹や胸、脚が焼けるように痛い。瓦礫に挟まったのか身動きの一つも取れない。
「俺は……多分、生きれない。胸や腹に瓦礫が刺さり、脚は潰れ、右目は潰れているのだろ」
「課長……!」
「既に死に体の俺に構うな、他の人たちの助けに向かえ」
「でも、それだと課長が……!」
「良いから行け!!」
泣きじゃくりながら俺の上にある瓦礫を退かそうとする蓮華に向かえ力を振り絞って命令する。
蓮華が巻き込まれる何て事は……絶対にあってはならない!!
「……課長。私は、課長が……大好きです」
「ああ……」
涙を拭い、満面の笑顔で告白した蓮華は皮膚や爪が剥がれた両手で持っていた瓦礫を離して別の場所に向かっていった。
(そうだ……これで、良かったんだ。これで、蓮華は助かる……。助けれて……良かっ、た……。)
朦朧とする意識の中そう思っていると瓦礫が俺の体に当たり、意識が黒く塗りつぶされた。
――――この日、俺は死を向かえた。