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紅葉の季節に貴方を偲ぶということ

作者: 天ノ宮流星

隣に住んでいたリリさんが死んだ。

今日は黒い服の人達が隣の家を出入りしていた。

今時珍しい自宅での葬式だ。彼女の家族があまり大ごとにしたくなかったのだと思う。

それに田舎だから葬儀場も近くにはないというのも理由の一つだろう。

甘い線香の匂いがツンと鼻をついた。

多くの参列者が暗い顔を浮かべながらお悔みの言葉を述べている。

視線の低い僕には彼らがどんな顔でお辞儀をしているのかが見える。

その表情から彼女がどれだけ愛されていたかを察することができた。


彼女は僕より3歳年上のお姉さんで、かれこれ十年程の家族ぐるみでの付き合いだった。

出会ったときから体が弱く、外で元気にしているところは見たことがなかった。

僕は時々回覧板を届けに彼女の家を訪ねていて、そのたびに彼女と顔を合わせていた。

靴箱の上に変な絵が飾ってある玄関を抜け、廊下を進んだ先の部屋で彼女はいつも寝ていた。

部屋に入るとベッドの上で本を読んでいる彼女が目に入る。

白い髪に華奢な体つき、穏やかな目元と細い指は儚さを感じさせ、彼女はまさに深窓の令嬢といった風だった。

僕が来ると彼女は本を閉じて優しい微笑を浮かべる。

その顔を見るたびに僕の胸はキュウと音を立て、懐かしさや切なさのようなもの感じた。

「また来てくれたんだね。ありがとう」

彼女はいつもそう言った。諭すような優しい声だった。

「別に。回覧板届けに来ただけだよ。……元気そう?」

照れ隠しにぶっきらぼうに答えてしまう。たった3歳の差なのに年上ぶられるのが気に入らなかったからかもしれない。

彼女の部屋は大きなテーブル付きベッドが一つと小さな窓が一つあるだけの殺風景な部屋で、なんだか病室みたいだなといつも思っていた。

しいて言えばクローゼットらしき扉もあるのだが、中に何が入っているのかは聞いたことがない。

窓から降り注ぐ陽光がいつもまぶしかった。

「うん、元気だよ。心配してくれてありがとう」

そう言ったあと、彼女は透き通るような声で話し出した。

彼女はいつも彼女が見た映画や読んだ本の話をしてくれた。どこが面白くてどんな俳優がかっこよくて、と僕の知らない話をたくさん聞かせてくれた。

僕はそれにうんうんと頷いて聞くふりをしながら彼女の綺麗な顔を見つめていた。

僕はこの時間がすごく好きだった。


あるとき彼女はこう言った。

「ねえ、今日は結構元気だからお散歩しません?私、行きたいところがあるの」

それは10月の終わりごろだったと思う。寒くなってきてコートがそろそろ必要になるくらいの季節だったはずだ。

「……いいけど、大丈夫か?」

そう提案されるのは初めてで驚いてしまう。

外に出ているところはともかく彼女が歩いているところすら見たことがなかったからだ。

そう思っていたのが顔に出てしまっていたのだろう。彼女は不機嫌そうな表情を浮かべ僕に抗議する。

「大丈夫ですよ。それにあなたは知らないかもしれないけど私だって一人で外に出たりするんです。図書館とか」

そんな風に感情を出されるのは初めてで彼女の新しい一面を見れたと嬉しくなる。

そうこうしているうちに、彼女はいつものベッドから腰を重そうに動かして降りる。

いつも花柄のパジャマを着ているなと思っていたが、ズボンまで同じ柄だとは思わなかった。上下セットのものなのだろう。

それは彼女のサイズにぴったりとはまっていて、華奢な体のラインが見えるようだった。

それ見て僕は恥ずかしいような気持ちになる。だが彼女のほうがもっと恥ずかしかったようで

「あの、着替えるので外で待ってていただいていいですか?」

と言ってクローゼットの方へ歩いた。

「あぁ、ごめん。気が利かなくて……」

しどろもどろになりながらもそう答えて部屋を出ていく。やっぱりなんだか恥ずかしかった。

だから僕は、あの扉の中には普通に洋服が入っているのか……、なんて他のことを考えながら彼女を待った。


「綺麗だね……」

ベージュ色のカーディガンを来た彼女はこう呟いた。

彼女に連れられてきたのは川沿いの並木道で、そこは色の変わった葉で埋め尽くされていた。

赤や黄色、橙の絨毯が一面に広がっている。色づいた葉がその手を目いっぱい大きくして世界を塗りつぶそうとしている。

笛を吹くような小鳥の声と風に揺られる葉の音がその風景に彩りを足していた。

その並木道を川にかかった橋の上から眺めていた。

「うん……綺麗だ」

彼女の言葉に僕は頷いて返答する。

近所にこんなに紅葉が綺麗に見える場所があるとは知らなかったから、感動でそれしか言えなかった。

「この時期になるとね、いつもお散歩してここに来るの。それくらいお気に入りの場所なんです」

彼女の白い髪が太陽の光に反射する。そのせいで余計に儚げに見える。

「紅葉が好きなのか?」

ふと疑問に思って彼女に訊ねる。この光景が綺麗だからというだけで、連れてきてくれたわけではないなと思ったからだ。

彼女の表情が固まる。僕らの間を赤い葉が一枚ひらひらと舞い降りていった。

彼女はその葉を捕まえて言った。

「よく連れてきてもらってたんです。それで来たかったんですよ」

懐かしそうに遠くを見る彼女の表情から合点がいった。

昔のあのころに見た光景なら確かに記憶に残るだろうなと思った。

「そっか……僕も気に入ったよ。また来年も来れるなら来よう」

そう言うと彼女はさみしそうに笑って、小さく首を縦に振った。

ちょうど去年くらいの話だったと思う。思えばこの時から彼女は死期を悟っていたのかもしれない。

それでも僕はその彼女のさみしそうな笑みの意味を考えないようにして彼女と接していた。

ただ以前よりも彼女とは話す時間が増えたと思う。


記帳を終えて祭壇の前に立つ。中央には大きな顔写真が置いてあり、彼女は元気そうに笑っていた。

その笑顔が彼女の本当の笑顔とはすこし違うような気がして騙されたような気分になる。もっと静かに笑う人だったと思う。それこそあの時みたいに。

前の人にならって焼香をする。この行為にどれだけ意味があるのかわからない。自分の所作が正しいのかも怪しいところだ。

きっと気持ちが重要なのだろう。冥福の意を込めて香を炊いた。

ふと煙の匂いをかいでいると彼女との思い出の一つが想起された。


その日、彼女はあの病室みたいな部屋にはおらず、庭の縁側に座っていた。

彼女が外をぼうっと見つめているから、猫でもいるのかなと思って近づくと、彼女の手に持っているものに驚かされた。

彼女は吸いかけのタバコを持っていて、それを時折口に運んでいた。

彼女の家に誰もいないのをいいことに堂々と吸っていたのだった。

僕がそれに気づいて止めようとすると彼女はいたずらっぽく笑って言った。

「たまにはいいでしょ、こういうのも。でも先生とかには内緒にしてね」

そう言って煙を吸い込むと、ゴホッゴホッとせき込む。

慣れてないならやめればいいのに。そう言っても彼女は聞き入れず、ツンとした顔でタバコを吸っていた。

僕があきらめて隣に座ると彼女の期限はあからさまに良くなった。

はあー、とため息をつく。まあ彼女の気持ちもわからなくはないしな。

結局、彼女はタバコの出てくる映画とか漫画とかの話をしながらも、時々せき込んでいた。

その上、見つかると困るからとか言って僕にタバコの箱ごと押し付けて部屋に戻ってしまったのだった。

お転婆とでもいうのだろうか?その言葉に面白さを感じて笑いそうになるも、グッと堪えた。


葬式は最後の過程を迎えていた。

参列者の焼香が終わり、火葬場へ向かう出棺前に最後に彼女の顔を見ることができる。

もう一度だけ彼女の顔を見て別れを告げよう。そう思って多くの人々に囲まれている彼女の遺体の元へと向かう。

棺の前に立って彼女の(しわ)だらけの顔を見下ろした。

彼女は安らかな顔で眠っていた。

「こんな時代に老衰で逝けるなんていいことだ。僕もすぐにそっちに逝くから待っててね」

彼女は何も答えない。それでも言葉は届いているだろう。

僕もすっかり腰は悪くなってしまったし、リリさんみたいにベッドの上で生活するようになってしまうかもしれない。

それでもあの人みたいに笑顔を絶やさないような老人になりたいものだ。

ポケットからタバコの箱を取り出してこっそりと棺の中に入れる。

あの時彼女から渡されたものだ。

旦那さんが亡くなってからずっと一人で暮らしていた彼女は、たまに旦那さんとの思い出を偲んでいた。

あの紅葉もタバコも大事な思い出だったのだろう。だから僕はタバコのことを彼女を見ていた医者やほかの人には言わなかったのだ。

その思い出とともに出棺できるのであればそれ以上のことはないだろう。そう思ってタバコを忍ばせた。


霊柩車が家の外に着いていた。親族の方々が棺を運び出す。重そうだなと思ったが、死んでいるから軽いのかもしれない。いや、おそらくどっちもだろう。

皆が深々と礼をして車を送り出す。それを見ていると涙が溢れてきた。きっと彼女に返すべきものを返すことができたからだと思う。

きっと彼女は向こうで旦那さんと再会できる。そう思えば悲しさも和らぐ。彼女にとってこれは出立なのだから。

僕は彼女を送り出した車の列が見えなくなるまでそこに立ち尽くしていた。

ふと強い風が吹く。風は木々の間を通り抜けどこか遠くまで過ぎ去っていく。

秋の色に濡れた葉っぱが一枚、僕の前を落ちていった。



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