No.41
「ちょっとくらいは落ち着いて話さないか?」
「…………」
「なあ、何でこんな所に住んでるんだ?」
「……教えてやる義理はない」
「まあまあ、人の出会いも一期一会って言うじゃないか」
「そんな物……今さら信じられるか!!」
やたら強引に振り回される短剣を、界人に話しかけながら避け続ける。かれこれ五分近くもこの状況が続いている。
ほとんどの言葉に彼は耳を貸していなかったが、時々返事……ほぼ呟きだったが返してくれたこともあった。
その返事からいくつか分かったこともある。
まず、彼は他人を全く信用していない。
恐らく俺が出ていった後に帝国で何かしらの事が起こったのだろう。そして、その何かしらによって界人は出ていく事を余儀なくされている。
俺は初めは帝国がとんでもない事をするために追い出したのかと思ったが、そうではないらしい。ただ単純に逃げ出してきただけ。
考えてみればユニークスキル〈転移者〉の効果は瞬間移動だ。逃げ出すことはそこまで難しくはないだろう。
次に、彼が帝国を出ていく理由になったのが一緒にいた少女、ヴァイオレットであること。少なくとも原因に近い存在なのは間違いない。
軽く彼女について訪ねたら「ヴァイオレットはもうどんな目にも会わせない、絶対に俺が守る」とこれまでで一番ハッキリと返された。
最後に、コイツらは少なくとも誰かから狙われていること。
まあ、多分これもヴァイオレット関連なのだろう。
何せ界人だけならいくらでもスキルを悪用して神出鬼没に逃げ隠れできるわけだし。
俺としての結論は、とりあえず二人は助ける。
界人は元クラスメートでこのままにするのは耐え難い。それに嫌な予感がする。
ただ勘に頼った曖昧なものではなく、推測も交えた直感。
「一つ聞いていいか?」
「…………」
「お前ら二人はここに来るまでに犯罪に類する何かをしたか?」
界人はあからさまに顔をしかめ、一度俺と距離を離す。
少しの間だとしても全力で武器を扱っていたら当然疲れるわけで。離れた先で額に汗を浮かべ、浅く肩で息をしている。
しかしヴァイオレットにも関係する質問だからか、ただ俺にも聞こえるように一言「ない」とだけ吐き出した。
「なら問題ないか。界人、お前ら俺の家に来るか?」
「……は?」
今までの緊張感はどこへやら。俺の放った言葉が呑み込めないといった反応をしているが、構わずそのまま続ける。
「だって何もしてないんだろ。ならそもそもの依頼の前提が間違ってるしな。流石にお前らをここに留まらせるのは無理だし、これならおかしくはないと思うが」
「そうじゃなくて、なんで俺の名前を知ってる? なんで俺にしか利点のない条件ばかりあげる?」
「え、そりゃあ元クラスメートだし」
「…………は?」
彼はまたしても気の抜けた声を出す、てか毎回呆けてないかコイツ。
ひとまず意識の食い違いが起こっているのは分かった。一体どこだ?
そういえば界人が一向に俺がクラスメートだと気付かないとは思っていたが、俺は一言も名乗っていないから当たり前だ。あと見落としているのは……もしかして〈ステータスウィンドウ〉か?
俺は〈システムウィンドウ〉とスキル化してしまったが、もし〈ステータスウィンドウ〉がデフォルトで使えるもので、相手の名前や能力値を読み取れるとしたら。
さらにその読み取った情報が〈導化師〉の<偽装>によって、普段名乗っている名前と建前のステータスに変更されていたら。
一度、界人にも自己紹介しておくか。
「仁導名霧、改め霧名仁導。まあ、この世界からしたらお前と同じ異世界人だ」
「……マジかよ」
結局、界人が納得して理解するまでまた五分くらいかかった。