No.36 帝国・盗賊
「盗賊? なんでまたそんな話題を」
「そんなの決まってるじゃない。ジントさん、あなたに直接依頼を出すためよ」
街の賑わいがピークに達するお昼時。俺たち2人はカフェで歓談をしながら昼食を取っていた。
実は、この国に来てからもジャミレスさんとはたまに会っている。彼女からは何かといい店が聞けたりして、観光できる場所を教えて貰えるからだ。何より会話が楽しく、弾む。
今回も興味深い世間話を聞かせてくれるのかと思いきや、真っ先に出された話題がこれだ。
別に彼女から直接お願いされるのは初めてではない。
カーミラたちの事を伝えてからは良さげな依頼を選んでもらっている。種類はお使いからモンスター討伐まで様々だったが。
ただ、ここまで切羽詰まってお願いされたことはない。
「それで、どんな内容ですか? 場合によっては受けられないかも知れませんよ。最近は仲間と行動してますから」
「あら心外ね。いつも通りあなたたちにならお願いできそうなのを持ってきたわよ。もし行く気がないなら『帝国の勇者のはぐれ物、それが盗賊になった』。あなたにならこう言えば分かるでしょう?」
思わず身体が強ばる──なんてへまはしないが心の奥底で、緊張の糸が張りつめたのが分かった。
ただし勇者のはぐれ物ではなく、帝国の方にだが。
なぜなら、なんらかの思惑があるだろうから。
誰かが逃げ出そうとするのは、それとなく予想はしていた。
なんたってあの腹黒皇女がいるからな。目的さえ達成すればあとは捨ててしまうような人間だ。
どうせ勇者4人組以外はおざなりに扱って、不満を持った数人が逃げ出しでもしたんだろう。
そこで疑問に感じたのが、少なくとも俺がいた頃の警備は厳重だったのだ。それこそ、ちょっとやそっと鍛えただけでは勇者4人組程度しか逃げ出せる者がいないほどに。
つまり、考えられるのは『帝国は意図して逃がした』という事だ。
もちろんただ取り逃がしただけかもしれない。それに現状では理由は分からない。というか知るよしもない。
とりあえず断言できるのは、このままだと確実に被害が出るだろうということだ。俺としてはあっち側の人間が迷惑をかけるのは良く思えない。
「カーミラたちには知らせないで下さい。俺だけで行きます」
「分かったわ、詳しい依頼の内容は彼女らには伏せておきましょう。場所は帝国と王国の国境付近、期限は無期限よ。けど早めに済ませてくれた方が商人としては助かるわ。盗賊をどうにかしてほしいの。報酬は……前にも似たようなことあったけど丁度良いし、B級昇格の試験を受けられるようにしてあげる。今回は免除じゃなくてただの推薦だから、試験は受けてもらわないといけないけど。これで良いかしら?」
ジャミレスさんは依頼内容を、そして報酬をあたかもつい先程思い付いたように並び立てる。
恐らく彼女の事だから、ランクの件はギルドの方に確認済みなのだろう。俺としてもランクが上がるのは嬉しい。
「その依頼、受けます。よろしくお願いします」
「交渉成立ね。じゃあジントさん、頼むわよ。さて、言いたいことは言えたし、この話は終わりにしましょうか」
彼女が─恐らく話を変える時の癖なのか─手をパンッと鳴らしながら言う。
確かに、これ以上いたずらに話続ける必要もない。
「ああ、そうだな。じゃあ今日は品揃えの多い雑貨屋を教えてくれないか? 色々と買い揃えたいものがあったんだ」
「雑貨屋ね。なら南の方にある──」
いつも通りの口調に直しながら、やはり物知りな彼女と語り合う。それだけで時間は刻々と過ぎていった。
結局、帰宅したのは人通りがなくなりがらんと静まり返った街が出来上がった頃だった。
そして数日後、さんさんと太陽が照りつける中で。俺は盗賊を討伐するために国の門をくぐった。
仲間の2人を連れて。
……どうしてこうなった。