No.34 師匠・紹介
「そういえば、私たちの師匠を紹介したことあったっけ?」
森で依頼を受け始めてから2週間ほどたった頃、カーミラが俺に尋ねてきた。
依頼のため魔物と戦っている途中だったが、返事をしなければ『何で返さなかったのよ!!』と後でしつこい。
「そもそもお前らに師匠がいること自体が初耳なんだが」
「じゃあ今度会ってもらって良いかしら。あの人、変に過保護で私たちと一緒に居るならそれなりの強さがないといけない、なんて言ってるのよ」
彼女は今までにもそんなことが有ったのか、自然な呆れ顔でため息をつく。
俺は魔物の攻撃をガントレットで弾き、新しく買った木刀を振り抜く。
「別に会っても構わないぞ。さっきの言葉通りなら会って直ぐに戦闘とかありそうだな」
「あー、それはある。むしろその方があり得るかも。アンタの事話した時にウズウズしてたし。まあ、アンタなら師匠が本気になっても死にはしないでしょ」
……カーミラは何でも無いことの様に話してたが、結構大切な情報が入ってたよな。一体どこをどうやったら“死にはしない”に繋がるんだろうか。
彼女が攻撃のため石を振り抜いた後に生まれた隙に、魔物が襲いかかったのでフォローしながら2人に問いかける。
「なあ、参考までに聞いていいか? お前らの話してた師匠ってどのくらいの強さなんだ」
「元Sランクの冒険者ですわ。と言いましても依頼を受けたのはたった3度きりですので、詳しく知ってる方は少ないと思いますわよ」
ユウキが会話に割り込んできてあまりに重大な事実を述べた。
さっきは気軽に約束をしてしまったが、これはやってしまったかも知れない。
しかしこれには続きがあるようで、一呼吸おいて彼女はまた話し始めた。
「確か──2回は敵国の軍勢を全て押し戻す、集団用の依頼をソロで達成。もう1回は龍の討伐依頼を1日で、それも無傷で達成してますわ」
うん、これは十分にヤバい相手だ。いくら俺が強いといってもこれは背負いきれない。今から断りの返事をしないと大変なことになる。
「さっきの会いに行くってヤツ、無しにはできないか?」
「ムリよ。もしアンタが師匠の所に行かなかったら、こっちに乗り込んでくるんじゃない? アノ人せっかちだから、これまで来なかったことが奇跡よ」
「積んでるじゃないか、それ」
「そうとも言うわね」
どっちにしろ会う必要がありそうだな。準備を合わせると明日になりそうだが、流石に今日来るなんて事はなさそうだから大丈夫だろう。
「アンタ、明日行こうとか考えてない? 言っとくけど手土産とかは持っていかない方がいいわよ。『用件があるんなら、そんな物を用意する前に早く話しに来たらどうなんだよ?』って事になるのは目に見えてるから」
「それは初対面だと絶対に怒られるヤツだろ」
「大体の人は帰ってたわ」
他にも師匠について聞いていく。
彼女らが言うには始めは意見を聞くがせっかちで効率重視、最後には力で強引に丸め込むような性格。一度認められたら取っつきやすいお人好し。
実力については申し分なく、剣を両手で扱うらしい。
何より気分屋で、機嫌が悪かったら弟子の彼女らでも手に負えないようだ。
「何ならこのまま師匠の家に寄っていかない? 町の外のあるから丁度良いじゃない」
「今受けてる依頼を達成して、あとは報告するだけになったらな」
「は~い」
とは言っても彼女らは優秀だ。しかもマップを見ると、今日は標的が近くにいる。いつもより早く依頼を達成してしまうだろう。
俺は既にその師匠の事で思いを馳せているのだった。
「師匠ー、いますかー」
カーミラが扉を強気にノックしながら訪ねる。
家の印象は一言で言うならば“木造建築の別邸”だろう。間違ってもおんぼろ小屋ではない。
……師匠キャラはおんぼろ小屋だと相場が決まっていると思ったんだ。
二度、三度とノックするも誰も出てこない。マップで確認してみるも、この辺りには俺たち3人以外は誰もいないようだ。
ここはもう一度出直した方が良いかもしれない。
「もしかしたら留守かもしれないな。今日はもう帰って明日に──」
背筋がゾクッと震えた。
直感に従って木刀に手をかけて後ろに向き直る。
そこには、さっきまではある筈もない剣の刃が横凪ぎに振るわれていた。
木刀を下から叩きつけ、軌道がずれた剣の唾を上に強打する。
軽くよろめいた人影を木刀で薙ごうとすると回避された。
「テメェ、なかなかやるじゃねぇか!!」
後ろに下がり俺に腰に吊るしてあったもう一本の剣を向けながら彼女は軽快に笑っていた。
後ろにいた2人は揃って呆れ顔をしている。そして、カーミラが思わずといった様子で呟く。
「何してるのよ、師匠……」
うん、予想できた。