No.1 学級・転移
授業が終わった放課後、俺は屋上で軽く風に当たっていた。別にこれにはさして意味はない。
しいて言うなら「意味がないことに意味がある」と言った方が良いだろうか。俺はそこで一応高校生をやっている。最近はこの時間にこの場所で1日の疲れを癒すのがマイブームだ。
おっと、言い忘れていたな。俺は仁導 名霧だ。
キーンコーン カーンコーン
やっと学校の授業が終わったようだ。さて、家に帰って何をしよう。色々やったけど全て遊び尽くしたしな……こんな下らない事を考えている内に教室に着いてしまった。扉越しにも一部のヤツからの悪意を感じる。
俺はクラス中から嫌われている訳ではない。何故なら授業にはほぼ全て出席して成績はそこそこだし、体育の時は全て出席している。それでもたまに授業を抜け出すからか一部の教師と生徒からは嫌われている。運動はそれなりに出来るように見せているから問題は無いだろう。
しかし本気は出していない。本気を出したら世界一は狙えるからな。幸い俺には周りを騙すくらい、と言うかプロの警察官を騙すくらいの演技力があった。
やり過ごせているのに無駄に悩みの種を増やす必要はないだろう。
教室に入った後で帰る準備に取り掛かったときに後ろから気配が近づいてきた。とっさに避けると──
さっきまで俺が居た場所を拳が通り過ぎた。まあ、そこそこ運動は出来る自信はあるので朝飯前だ。
その拳の主に近づき、苦笑いをしながら取り押さえると相手は悔しそうに露骨に顔を歪める。
「くそ~、俺のなけなしのプライド捨ててまで不意討ちまでしたのに何で避けられんだよ。ところで、今から帰んのか。問題児サマ?」
「誰が問題児だ」
「その言葉通りの意味だぞ」
「いや、それには間違いが有る。まず俺はそれなりに成績は良い。問題いない程度には授業に出てるし、体育だけは3年になってから皆勤賞だ」
「いやそこじゃなくてな、何で屋上に行けてんだよ。あそこは立ち入り禁止の筈だろ? それとたまに授業出てないの駄目って分かってるなら直せよ。大口叩く前に体育以外もこれから皆勤賞目指せ」
「……これまでに休んだことあるのにそれは無理だろ」
相変わらずさっきまで悔しそうだったのに切り替えも切り返しも速いヤツだ。
この気安く話し掛けてくるのは新友の月ヶ安 颯だ。決して月が安そうではない。彼はついこの前から親交があり、クラスの中でもかなり中心に近い存在の人物だ。場合によっては彼の言葉で事が決定するほどだ。
ちなみに、俺は好まれているとも嫌われているとも言えない位なので、さしずめ外側に近い中心辺りか。彼は俺が内心を割って話せる数少ない友人の1人だ。
「まあ、他の教科にも体育と同じくらい顔出せよ」
「検討しておく」
「そこは検討じゃなくて決定にしてほしいがな~」
「ハハ……」
そんな彼と別れ、ふと興味を持って周りを見渡すと違和感を覚えた。
ああ、全員登校して教室に集まっているのか。不良グループのリーダーや、ゲームオタの引きこもり、はたまた1日中図書館に引きこもって勉強している優等生などだ。
まあ全員教室に居たって帰るのは決定している。家に帰ってから何をしようと本気で悩み始めたとき、俺の期待は良い意味で裏切られた。
教室の床が不思議な紋様を描きながら回っているのだ。
数人が異変を感じ教室の外に出ようとするがドアも窓もピクリとも動かない。
クラスの担任が生徒を説得しようと試みている。そんな中、俺は柄にもなく高揚しているのを全身で感じていた。
次は何が起こるのだろう、どんな楽しいことが待っているのだろう。次々と素朴な疑問が頭に上っては消えていく。
だって結論は出ることが無いのだから。
いや、今出したらもったいない。
より一層大きな期待を膨らませたとき、俺の意識は不安など一切の欠片もない、希望と期待を含んだ微睡みの中へと溶けて行った。