第8話 兄に諌められる
ちょっとしたきっかけから今の私として生まれる前の自分を思い出した私は、自分の兄が前の私が愛読していた漫画の主人公だったことに気づいた。
そしてその漫画がバッドエンドの酷い結末を迎えること、それ以前に自分が十歳で死んでしまうことを思い出してしまって、なんとか運命を変えようと悪あがきをした。
その結果、主人公であるはずの兄は私を庇って死んでしまい、なぜかオオカミの仔として蘇ることになってしまう。
もはやこの先どうなるのか全くわからない。
私の現状を簡単に言ってしまえばそういう感じだ。
兄が死んでオオカミになってから早くも三年の月日が流れた。
兄、アッシュは今や立派なオオカミだ。
というか、普通のオオカミよりデカイ。
灰青色の毛並みは野生のオオカミではあまり見ないもので、さすが主人公の生まれ変わりといった風格がある。
村のみんなに尻尾を振っている姿は大きな犬にしか見えないけどね。
旅人とか行商の人には必ず怖がられるし驚かれるんで、その度に兄はヘコんでいる。
そりゃあ仕方ないよ、あにさま。
私は三年前から父について猟師としての訓練を開始した。
両親は反対だったけど、自分のせいで兄を一度は死なせてしまった私の気持ちを汲んで、最後には折れてくれた。
本当に両親にはいろいろ申し訳ない気持ちで一杯だ。
猟師には罠や追跡術、気配の隠し方など役に立つ技能が多いけれど、なかでも私の性に合ったのが火筒だった。
これは前の私が生きていた世界の銃に外見は似ているものだけど、仕組みは全く違う。
魔物が死んだときに残す血石という石のような物質を核にして、魔力の塊を生成して撃ち込むものだ。
金属の塊の弾を撃ち込む銃と違って、魔力の塊は必要に応じて形や威力を変えることが出来る。
一見便利そうなんだけど、一回撃つのに時間がかかる上に狙いをつけるのに意識を集中する必要があるので、基本的には隠れて狙い撃つための武器なんだよね。
ただ、それだと少し厳しいので、私は父に内緒で、近接戦闘になんとか使えないか試行錯誤を繰り返ししている。
さて、本来魔物の群れに全滅させられるはずだった村の現状だけど、あの、底なし沼近くで兄が魔物に殺されたという衝撃の事件以来、ときどき村の人が底なし沼周辺の見回りを行っていた。
まぁ私も五歳の子どもでしかなかったから、その証言については村の人たちも半信半疑だったんだろう。
しかし兄が死んだ数日後、兄が倒したものとは別の「水虎」が発見された。
恐れ慄いた村の人たちは領主さまに討伐願いを出し、その一年後、無事に領主さまの軍隊によって魔物の巣となっていた底なし沼全体で魔物の討伐が行われた。
と言うことで、魔物についてはまず安心していい状態となっている。
この件についてだけは私の行いは役に立ったと言えるだろう。
「クーン(お前のおかげで村が救われたんだからもっと誇っていいと思うぞ。少なくとも俺はお前を誇りに思う)」
「私のせいで死んじゃったアッシュが言ったら嫌味に聞こえるよ。ううん、嫌味じゃないってわかってるけど、そんな風に割り切れないよ」
オオカミになった兄、アッシュは、なぜか私とだけ会話が可能だ。
両親も兄の友達もオオカミの声にしか聞こえないらしい。
なんだろうなぁ。
私の天性の才能がきっとそっち方面なんだろうとは思うんだけど、別にほかの動物の言葉がわかったりはしないんだよね。
「アッシュ、やっぱりそろそろ出発したほうがいいと思うんだ」
私は兄には全てを話し、この世界が前の私の知っている物語と同じ世界らしいことを説明した。
兄は私の言葉を笑い飛ばすことはなく、真剣に話を聞いてくれて、いろいろ助言もしてくれる。
しかし現在、兄と私の意見は対立していた。
「ワン!(早すぎる!)」
「でも本来の物語の開始時期は私が十歳のときなんだよ。そこからスタートだと悲劇にしかならないのはわかってるんだから、もっと早く動き出さなきゃ間に合わないよ」
「ウゥゥ……(メイリアはまだ八歳じゃないか。一人旅とか無理だ)」
「出来る出来ないの問題じゃないの、やらなきゃ駄目なんだから!」
「ガウガゥ(言いたくはなかったが、前はその勇み足で失敗してるだろ?)」
「あ……」
そうだ、私の失敗の犠牲となったのは兄だ。
その兄からそう言われてしまうと、さすがに堪える。
冷静に考えてみる。
今の私に出来ることってなんだろう。
火筒が扱えるようになったけど、まだ使いこなしてはいない。
山歩きは得意だし、道具なしでも二日ぐらいは山で生活することも出来る。
兄と一緒なら狩りも出来る。
というか狩りに関しては大部分兄頼りだ。
あー、認めたくないけど、野営も、兄の毛皮に埋もれるように寝ているから兄に頼り切っているな、私。
「ううーっ……ごめんなさいアッシュ」
兄がオオカミになってからはあにさまと呼ぶと周囲が心配するので、アッシュと呼ぶようにしている。
大好きな兄を亡くした妹がオオカミに兄の名をつけるのはそのオオカミを兄と呼ぶよりは周囲の人にとって受け入れやすいことだからだ。
うちの両親にはアッシュが兄の生まれ変わりだと打ち明けたけど、完全に信じている訳じゃないみたい。
ただ、そうであってくれればいいと思っている感じはする。
「グルルル……(具体的に考えよう。何について急ぐ必要があるんだ?)」
「まずは聖女さまだね。とても素敵な人なの。それなのに無実の罪で殺されちゃうんだよ」
「クゥ(聖女さま、ね。そう言われても知らない人だしな)」
「そんな、アッシュの命の恩人なんだから!」
「クウーン(そう言われても、な。メイリアはそのなんだっけ、マンガ? とかいう物語を鵜呑みにしすぎじゃないか?)」
「だって、だって!」
まさか当の本人に自分は灰白(カップリング)推しだから聖女さまを助けたいんだとか言う訳にはいかないし。
私も前の私が読んだ漫画を通じて知っているだけで、本物の聖女さまを知っている訳じゃないからなぁ。
「ワフン(じゃあ、折衷案だ。今度の秋祭りにみんなで街に行こう。お前の話だとその聖女さまとやらに俺が出会うのは隣街でなんだろ?)」
「みんなでって、とうさまとかあさまも?」
「(当然だろ。子どもだけで村を出してくれるはずないじゃないか。現実を見ろよ。メイリアは夢見すぎなんだよ)」尻尾フリフリ。
「わかった。とうさまとかあさまに言ってみる」
私が納得してうなずくと、兄はベロンと私のほっぺたを舐めた。
最初は驚いたが、どうも兄にとってはこれがナデナデの感覚らしい。
すっかりオオカミだね、あにさま。




