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第7話 継承

「まさかそんなことが、……とうてい信じられん」


 猟から帰って来た父が母から事情を聞いて開口一番言ったのがこの言葉だった。

 それはそうよね。

 むしろいきなり信じたら父の頭を疑うべき事案だろう。


「私も、信じられないのだけど、この仔オオカミを見ているとなんだか……」


 兄は持ち出したナイフをちゃんと咥えてまた祭壇に戻した。

 その姿を母はあ然と見送ったものだ。


「あにさまだもん」


 ここは押しの一手だと考えた私はそう主張した。

 父と母は困り顔だ。


「その仔オオカミがアッシュかどうかということはさておき。人に慣れているのは確かなようだ。明日猟師仲間に確認して、ほかの家で飼っているオオカミでなければうちで飼ってもいいだろう」

「ほんと?」

「……あなた」


 私の手放しの歓迎に対して、母の言葉には含みがある。

 言外に食料を心配しているのだ。

 何しろこの村は貧しい。

 父が獲ってきた獲物も自分たちで食べるのではなく、村の食料として分配するか、毛皮などの交易品として備蓄するので、余裕はないのだ。

 私も、子どもながらそういう事情は知っている。


「クフン(メイリア、俺は自分の分は自分で狩ると言ってくれ)」

「え? でもまだ子どもだよ。無理だよ」

「ワン(大丈夫だ。なんとかする)」


 私は兄である仔オオカミをじっと見る。

 牙も爪もまだまだ頼りない、コロコロとした仔オオカミだ。

 どう見ても親に頼って生きる年頃である。

 と、父と母が私と兄をじっと見ていた。


「何か話してたの?」


 私が兄と話せるらしいと理解している母が尋ねた。


「あ、あにさまは自分の食べる分は自分で狩るって」

「……無理だろ」


 父が一言の下に却下する。

 そうですよね。


「ワンワン(出来るかどうか、やらせてみてくれ!)」

「あにさまけっこう頑固だよね」


 私と兄のやりとりを見て、父がひどく困惑した顔をしている。

 あ、あれは私を可哀想な子だと思っている顔だ。

 違うの、ちゃんとお話出来てるんだよ。

 どうやら父も兄の言葉がわからないようだ。

 どういうことかなぁ。

 これはもしかしたら私の才能が関係しているのかもしれない。

 私の才能は「理解」とかなのかな? いや、それにしちゃあ勉強出来てないよね。

 もしかして「言語」? うわぁ、すごく役に立たなさそう。

 というか、兄以外の動物の言葉がわかった試しがないから違うかなぁ。

 あ、父の困惑が更に深くなった。


「あのね。あにさまがまずはやらせてくれって」

「……そんな無理をしなくても仔オオカミぐらい食わせてやれるさ。大きくなったら倍にして帰してくれればいい」


 父が疲れたように言う。

 ん? それって。


「ただし、メイリア、そのオオカミをあにさまと呼ぶのはやめろ。お前がおかしくなったと思われるのは耐えられない」

「あー」


 ああ、そうだよね。

 私以外兄の声が聞こえないなら私がおかしくなったと思われるよね。


「わかった。だったらアッシュと呼んでいい?」


 父と母は同時に顔をしかめた。

 二人にとってアッシュは死んだ兄一人なのだ。

 オオカミにその名をつけるのは抵抗があるのだろう。


「……わかったお前の好きにするといい」


 意外だ。父が認めてくれた。

 もしかしたら父も兄から何かを感じたのかもしれない。

 信じることは出来ないけれど、もしかしたら兄ではないかと思ってしまっているのかも。

 父はとても兄に期待してたから、兄が死んだ直後の憔悴ぶりは酷かったと周囲の人が言っていた。

 兄が死んだ直後は私自身も精神的にきつかったので家族のことに意識が回らなかったけど、そりゃあそうだよね。

 兄は跡継ぎだったんだもの。


「あのね、とうさま」

「……なんだ?」

「私に猟師(マタギ)の仕事を教えて」

「なんだと!」


 父は仔オオカミを私が兄だと主張したときよりも驚いた。


「私、戦える力が欲しい。無力なままじゃいやなの。とうさまいつも言ってたよね。猟師(マタギ)ほど山で生き残る力がある仕事はないって」

「バカ言うな! お前は女だぞ?」

「女の子が猟師(マタギ)になって悪いってことはないよね」


 そうなのだ。

 前の私の世界だと、古い時代のマタギは男の世界だった。

 なんでも山神さまが女が山に入るのを嫌がったとかなんとか。

 うーん、記憶がおぼろげというか、前の私もあんまり詳しく理由は知らなかったみたいだけど。

 私たちの神さま、ええっと、土地神さまは、それぞれ土地ごとに性格も違えば好みも違う。

 女人禁制という神さまはそう多くないんじゃないかな?

 というか、私は聞いたことがない。

 とりあえず我が山の神さまは別に女性が山に入ることを嫌がらなかった。


「それは、悪くはないが……」


 父はちらっと母を見た。

 母はため息をつく。


「メイリア、これは大事なことなのよ。あなたの将来にかかわる話なの。今の気持ちだけで決めたら後悔するわ」

「でもかあさま。今の私は戦えなかったことを後悔しているわ!」


 母がハッと息を飲む。

 父が目を伏せた。


「……メイリア、子どもは戦えないものよ」

「あにさまは戦った。魔物を倒したわ」


 途端に、母の目から涙がこぼれ落ちた。

 私は自分の配慮のなさが嫌になる。

 母は大事な息子を亡くしたばかりだというのに。


「ごめんなさい。かあさま」

「メイリア、そのことはまた明日話そう。お前も、もう泣くな。それより飯にしよう」

「ごめんなさい。……ごめんね、メイリア」

「かあさまが謝る必要はないわ」

「あなたは本当に、子どもとは思えないわね」


 涙を拭ってフフッと笑うと、母は台所へと向かった。

 私もお手伝いのために後に続く。

 なぜか兄も尻尾を振りながらついて来た。


「キューン(ごめんな)」

「なんであに……アッシュが謝るの?」

「クウン(だって俺がうっかり死んじまったからみんなが苦労してるんだろ。俺のせいじゃん)」

「違うよ、私のせい」


 そんな風に言い合う私と兄を父と母は複雑そうな顔で見ていたのだった。


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