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第6話 家族

 兄が仔オオカミになってしまったことについては、やはり疑問が大きい。

 もし死んだ者が気持ち一つで別の体で生き返ることが出来るなら、きっと多くの前例があるはずだ。

 人が生き返るということはとても驚くべきことだから、当然多くの人の耳目を集めることになるだろう。

 伝説としていくつも残っていてもおかしくはない。

 それが全くないということは、今回の件が特別なことだと考えることが出来る。


 実のところ、私には少し心当たりがあった。

 それは、兄の能力である。

 この世界の人間には天性の才能と呼ばれる能力がある。

 才能は表に出るまではっきりとしないが、才能が芽吹いている状態なら占術師などが視ることである程度知ることが出来た。

 漫画の設定がそのまま現実に活きているとすれば、兄の才能は「適応進化」。

 この才能は普通なら仕事に適応した能力が伸びやすいというだけのものでしかない。

 もちろん他人よりも仕事に適応しやすいのだから重宝されるけれど、それだけだ。

 だけど、漫画のなかでアッシュは、聖女を喪った後、この才能を使って自分を進化させ、まるで魔物のような能力を手に入れていった。

 そこには神さまの関与もあったけど、アッシュに才能が無ければきっと無理だったはずだ。


 だから、もしかすると、オオカミの仔に宿れたのも、この才能のおかげではないかと思うのだ。

 さすが主人公といったところかな。


 そう言えば、漫画の登場人物の才能はだいたい判明しているけど、私の才能ってなんだろう?

 漫画では十歳で死んじゃってるからわかんないんだよね。

 いい才能だといいんだけど。

 まぁ才能に頼りすぎるとろくなことにならないっていつもとうさまが言ってるし、本来の人間の才能って協力してこそ役に立つってものだからあんまり期待しないでおこう。

 聖女さまみたいな才能は辛そうだしなぁ。


 悲運の聖女さまを思い浮かべる。

 彼女の才能は「献身」。

 他人の痛みを我が身に引き受け、相手を癒やす力だった。

 そんな大変な思いをして他人を救っていたのに異端とか言われて火炙りとかあり得なくない?

 アッシュじゃなくても怒るよ。

 実際アッシュは聖女さま関係者と何度か共闘することもあったんだよね。

 目指すものが違いすぎて仲間にはならなかったけど。

 

 実は前の私はアッシュと聖女さま推しだったのだ。

 アッシュ聖女のカップリングはファンの間では灰白と呼ばれていた。

 あと、魔王の娘とのカップリング派は灰黒とかあったな。

 なぜか男同士のカップリングもあったみたいだけど、この漫画の男キャラとアッシュの絡みは少ないからなぁ、そんなに盛り上がってなかった気がする。

 それでも同人誌界隈では男同士のカップリングが主流だから、無理やりカップルにしてた人も多かった。


 あ、思い出した!

 前の私は同人誌とかいう漫画を自分で描いていたっぽい。

 その内容は、聖女さまが処刑されなくてアッシュと結ばれて、幸せになった二人の間に女の子が生まれて、その子にアッシュの死んだ妹の名前「メイリア」をつけるの……。


「どうした? メイリア」

「……なんでもない」


 変なの、急に涙が出て来ちゃった。

 前の私は本当に二人が大好きだったんだ。

 それなのに、もし今回聖女さまをお救い出来たとしても、兄がオオカミじゃあ、一緒になれないよ。

 兄が復活してちょっと浮上していた気持ちがしぼんじゃった。

 あ、家が見えて来た。

 ええっと、どう説明したらいいかな? 本人に任せたほうがいいよね。


「ただいま」

「あら? 早かったわね」


 母はどうやら裏のほうで晩ごはんの準備をしているみたいだ。


「あにさま、かあさまに説明してくれる?」

「おう、まかせておけ!」


 兄は元気よく、裏へと走って行った。


「かあさん、俺だよ! ただいま!」

「きゃあ! なに、この犬、え? オオカミ?」


 ん? 様子がおかしい。

 母はどうも兄の言葉を理解してないみたい。

 もしかして兄の言葉が聞こえてない?

 兄の言葉が届いてなければ、そこには「ワンワン」と吠える仔オオカミがいるだけだ。


「かあさま、あのね」

「メイリア、あなたこの仔を拾って来たの?」

「違うの、これはあにさまなの」


 私の主張に母は困ったように眉をひそめた。


「メイリア、そういう冗談はだめよ」

「違うの、嘘じゃないの、これはあにさまなの!」


 私の言葉を証明しようとしているのか、兄は行儀よく母の正面におすわりをしている。

 う、すごくかわいい。

 ふわっふわの毛玉みたいだなぁ。


「……たしかに野生のオオカミの仔にしては人に慣れているけど。そんなはずないでしょう。きっとどこかの猟師(マタギ)の家から逃げ出して迷い込んで来た飼いオオカミの仔じゃないかしら」

「違うの、あにさまなの、私にはあにさまの声が聞こえるの」


 あ、ダメだ、あの母の顔、可哀想な娘をどう納得させようかと困っている顔だ。

 と、兄は一声「待ってろ!」と、言うと、家のなかに飛び込む。

 何をするのかと思えば、祭壇に置かれていた兄の形見のナイフをくわえて母の元に駆け戻った。


「ダメッ! それは大事なものなの、それで遊んではダメよ!」


 険しい顔で叱りつける母の前にナイフを置いて、兄はじっと母の顔を見つめる。


「バウッ(かあさん、俺だよ)」


 母は戸惑ったように兄とナイフを見て、そして私のほうを見た。

 私は全力でうなずいてみせる。


「本当に? でも、そんなこと……」


 母はひざまずいて兄をそっと撫でた。


「キューン(ただいま、かあさん)」


 兄の尻尾がブンブン振られている。

 母は戸惑ったようであり、同時に、何かを強く求めているような目で兄を、灰色のオオカミの仔をじっと見つめ続けたのだった。


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