第5話 オオカミの子ども
今までのように朝と昼に水を汲みに行く。
間の時間は勉強会。
でもそこに兄はいない。
誰もが私に話しかけない。
その目のなかにはかわいそうな子どもが映っている。
かわいそうなのは私じゃないのに。
でも、話しかけられないのはありがたかった。
私も何を話していいかわからないもの。
なんだか何もかもがどうでもいい。
ときどき、ユイちゃんや仲のよかった女の子たち、兄の友人の男の子たちが、何か言おうすることがある。
でも、私は気づかなかったふりをする。
……私、どうしたらいいのかな?
あにさま、教えて。
そんな日々のなか、ぼんやりと森へと続く我が家の裏の道を眺めていた。
うちは父が猟師なので、ほかの村人よりも森に近い場所に住んでいる。
森に、行ってみようか?
ふとそんな風に思った。
森は祠のある聖域なので、不浄のものは近づかない。
思い出すのも嫌になっていたが、漫画では聖域にある祠には土地神が宿り、各地を転戦する兄に助言を与えることもあった。
もちろん早々にこの土地を離れた兄がここの祠に立ち寄ることはなかったので、ここの神さまがどんな神さまか知らないのだけど。
神さまに、私に出来ることが何かあるか教えてもらうべきなのではないかと思ったのだ。
兄が私のせいで死んでしまった。
このまま腑抜けのように過ごしてしまうのはきっと私の甘えだ。
だって、何もかも私のせいなのだ。
兄が行うはずだったことを私が背負う必要があるだろう。
確かに兄ががんばっても世界は救われなかったけれど。
それでも行く先々で兄は小さな希望を残していた。
バッドエンドだけど、全てが無駄じゃなかったはずだ。
のうのうと生き延びてしまった私にもやるべきことがあるのではないか? そう思った。
そう、考えて、一歩を踏み出す。
兄を亡くした両親は私にさんざん決して無謀なことはするなと教え込んだ。
だから無謀なことはしない。
出来ることをしよう。
「ワン!」
「え?」
森へと足を踏み出した私の目前に木々の間から何かが転がり出て来た。
ふわふわとした毛玉?
もしかして子犬?
そう見て取って、私は緊張した。
もし子犬なら山犬の仔だ。
山犬は危険な獣で群れで襲って来て、人間の子ども程度ならたやすく噛み殺す。
周囲を用心深く眺めるがほかに何も見当たらない。
森の、子犬が出て来たあたりを特に念入りに見たけれど、何もいないようだった。
そうしている間に、子犬は私の足元に来て。
思いっきり尻尾を振りながらおすわりをして見せた。
ずいぶん人懐っこい子犬だな。
もしかして他所の猟師が飼っている猟犬かもしれない。
猟師のなかには山犬やオオカミの仔を飼いならして猟に使う人もいると父から聞いたことがある。
ということは父の猟師仲間だろうか?
「メイリア!」
「へ?」
突然名前を呼ばれて再び周囲を見回す。
誰もいない。
「メイリア! 兄ちゃんだよ!」
「は?」
ぎょっとして後ずさる。
すると子犬がトコトコとついて来た。
「え? え? あにさま?」
まさかと思って子犬を見る。
「そうだ。俺だ。アッシュだ」
子犬の口は動いていない。
この声、どこから聞こえて来るの?
「あにさま、どこ?」
「目の前の仔オオカミだ」
「え? これオオカミの仔だったの?」
焦って周囲に目を走らせた。
オオカミが襲って来たら大変なことになる。
「大丈夫だ。この仔は一度死んでるんだ。器として俺が貰ったけど、親はもう死んだと思っているよ」
「え? なに? 本当にあにさま? どういうこと?」
「身体から出て、お前が泣いてるのを見てどうにかならないかと思っていろいろ試してみたらこの仔に入れたんだ。ちょうど死にたてで入りやすかったらしい」
「え、どうやって話しているの? その仔、クーンとかしか言ってないよね」
「おう。なんか直接なかの俺が話している」
「意味がわかんないよ。あにさま聖域から出て来たよね? 神さまが何か関係している?」
「どうかな、よくわからない。別に誰かの声が聞こえた訳でもないし、俺がなんとかしたいと思ったからだと思うぞ」
そう言えば兄は昔から自信家だった。
「それならあにさまの身体を焼かなければ元に戻れたのかな?」
それなら、身体を張ってでも燃やさせなければよかった。
「いや、あの身体はもうダメだったと思うぞ。弾き出されて何度か戻ろうとしたけど無理だった。受けた傷が大きすぎたんだな」
「そうなんだ……あにさま、オオカミの子どもになっちゃったの?」
「うん。そうらしい」
じわりと涙が出て来た。
「なんでそんなことしたの? オオカミなんて大変じゃない」
「だって、お前がさ、前の自分がどうのとか物語のなかの俺がどうのとか言いながら悲しそうに泣くからさ。やっぱ俺がいなくちゃダメなんだなと思って」
「え? あれ夢じゃなかったの?」
「夢なんじゃないか?」
「もう!」
兄の生まれ変わり? の、仔オオカミはのんきな顔でふりふりと尻尾を振っている。
何もかも信じられない気持ちだ。だけど、本当だったらどうしよう?
この姿の兄と一緒に家に帰っても大丈夫かな?
とうさまとかあさまがびっくりしたらどうしよう。




