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第3話 底なし沼へ

 さて、五歳の女の子が一人でふらふら危険地帯にいけるのか?

 実はいける。

 なぜならこの村では基本子どもは放置だからだ。

 貧しい村なので大人は仕事が忙しくて子どもにかまっている暇がない。

 そこで子どもは子どもが面倒みるのが暗黙の了解となっている。

 年長さんが小さい子どもを見るのだ。

 このシステムのなかで五歳というのがどの辺りの立ち位置かと言うと、うるさく年長さんが付きまとわないである程度放っておいてくれ、下の子どもの面倒を見る期待はあまり持たれていないというちょうどいい年齢である。

 ただし、兄を除く。


「水汲み行くか」

「うん」


 水汲みは子どもの仕事だ。

 朝と昼に2km先の水場に行って水を汲み、村共同の貯水槽に水を貯めるのである。

 これはサボることは出来ないので真面目に仕事をする。


「具合はもう大丈夫か?」

「うん」


 昨日の今日なので、兄がむちゃくちゃ構う。

 いや、普段からやたら構う兄だったな。

 そういやアッシュには妹を溺愛しているという設定があったか。

 うん、ちょっと恥ずかしい。


「どうした? 顔が赤いぞ。やっぱりまだ具合悪いんじゃ?」

「大丈夫だよ。行こう」


 水汲み場へと向かう道にはすでに村中の子どもたちが集まっている。

 男の子たちはふざけ合いながら、女の子たちはおしゃべりしながら日課の仕事をいつも通りこなしていた。

 これ、前の私の生きた時代なら虐待とか騒がれそうだな。

 あ、いや、なんかぼんやり思い出したけど、外国には普通にこういう生活していた子どももいたみたいだ。

 私たちが特別ってことはないんだな。安心安心。


「おはよー」

「おはよー、アッシュくん、メイリアちゃん」


 みんな顔見知りなので、親しく挨拶を交わす。

 何人かの女の子が兄を見てきゃあきゃあ騒いでいる。

 人気だなぁ。


「アッシュ! 水場まで競争しねえ?」


 兄の男友達が声をかけて来る。

 毎朝断られているのに懲りないなぁ。


「メイリアが一緒だからだめだ」

「ちぇ、妹離れ出来ない兄貴だな。な、メイリア」

「私もあにさまと一緒がいい」


 ぴとっとくっついて見せる。

 私たちの仲を引き裂こうとはいい覚悟だな。

 噛むぞ。


「あははは、メイリアはブラコンでアッシュはシスコンだ~」

「うるさいな。お前こそメイリアみたいな妹が欲しいとか言ってたく……」

「うわあああ! バラすな!」


 ほんと、男の子ってしょうがないな。

 子ども過ぎる。

 私は男友達とはしゃぎ始めた兄を放置して女の子たちのグループに混ざる。

 

「メイリアちゃんのお兄ちゃんかっこいいよね」

「そうかな~普通だよ」

「またまた~」


 水汲みはだいたい四歳ぐらいから始める。

 みんな自分の頭よりも大きな水桶を担いだり頭に乗せたりして湧き水を溜めている水汲み場で水を汲んで帰るので、帰りはおしゃべりをする余裕がない。こうやってはしゃげるのは行きだけだ。


 水汲みを終えると、子どもたちにはしばらく自由時間がある。

 もう少しすると村長さんのところでおやつをいただきながらの勉強会が始まるので、それまで一旦家に戻る子がいれば、適当に遊びに行く子もいる。

 遠くまで遊びに行くと勉強会に参加出来ない。

 勉強会に参加出来ないとおやつが食べられないので、よほど魅力的な遊び場じゃない限りはほとんどの子どもは時間までに村長さんの家に集まるのだ。

 そう、この勉強会は義務じゃない。


「私、ユイちゃんと約束してるから遅れる」

「兄ちゃんも行こうか?」

「ヤダ!」

「ガーン!」


 トボトボと先に村長宅に行く兄を見送って、私は底なし沼へと向かった。

 ちなみにユイちゃんは村の薬師さんところの娘さんで、勉強会にあまり参加せずに家のお手伝いをしていることが多い。

 ときどき女の子たちを集めて一緒に薬草摘みに行くので言い訳にちょうどいいのだ。

 底なし沼まではけっこう距離がある。

 水汲み場までだいたい2kmというのは前の私の感覚で測った距離だけど、その倍ぐらいあるんじゃないかな?

 途中、藪や鬱蒼とした林があって、道がないので迷いそう。

 あれ? 帰り大丈夫かな?


 私が魔物襲撃の拠点と目している底なし沼に向かっているのは、事件が起こる五年前の今なら、魔物は群れになってなくて、一体か二体程度じゃないかと思うからだ。

 まだ数が少ないうちに発見して村の人に伝えることが出来れば、危険な数に膨れ上がる前に魔物を倒すことが出来る。

 私ってなかなか賢いよね。


「うわわわ、滑る」


 足元が滑る。

 この辺苔が多いなぁ。

 底なし沼が近いんだろうか?

 村からそろそろ二時間は歩いたんじゃないかな? 私の腹時計がそう言っている。

 もうヘトヘトだぁ。

 思わずドスンと腰を下ろす。

 着物のお尻が汚れるけど、まぁいつものことだから気にしない。

 しまったなぁ、水を少し持って来ればよかった。

 でも、水は貴重だから勝手にそんなこと出来ないよね。

 ふうふう言いながら立ち上がろうとしたとき、斜め後ろのほうからガサリと音がした。

 ギクッとして振り返る。


「あ、あにさま……」


 そこには引きつった、怒ったような顔の兄がいた。

 あー、これは怒られるな。

 そう、思った。


「メイリア、動くな!」


 なに? と、思う間もなかった。

 兄は十歳の誕生日に父からプレゼントされたナイフを手に、凄い勢いで走って来る。

 そして私を突き飛ばすと、ドン! と、大きな音を立てて何かにぶつかった。

 真っ赤な色が視界に広がる。


「え?」


 兄の耳と左肩がちぎれた。

 ドクンドクンという音がうるさくて何も聞こえない。

 兄よりもずっと大きな魔物がいる。

 口を大きく開けて吠えているようだ。

 何も聞こえない。

 叫んでいるはずの自分の声さえ聞こえなかった。

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