第2話 おかゆと決意
最悪……。
占術師のばあちゃんのところに連れて行かれて、目ん玉えぐられるかってぐらい見開かされて、「悪い虫でも入ったのかもしれないねぇ」とか言われた挙げ句にむちゃくちゃ苦いお薬を飲まされてしまった。
うう、お水飲んだのにまだ苦い。
悪い虫って前の私のこと? 失礼しちゃうわ。
そのまま寝かしつけられたんだけど、まだ眠くないし、晩ごはんもまだだよね。
「今日はメイリアの好きなおかゆを作ってあげるね」
「え? ほんとう?」
はっ、うっかり喜んでしまった。
バカ! 食べ物に弱い私のバカ!
おかゆって言ってもお米じゃないんだなこれが。
日本の少年漫画の世界だからか、この世界にはちゃんとお米はある。
だけど、うちの村では水事情が悪くってお米は作れないので、主食はお芋か雑穀なんだよね。
雑穀と言っても、二十一世紀日本で好んで食べられていたような美味しい雑穀とかじゃなくって、スカッスカで虫とかついてるやつね。
脱穀がいまいちきっちり出来てないから殻とか入ってるしそういうのが浮いて来るのを匙でどかしながら食べるの。
おかゆは穀物を使わずにお芋だけで作る料理で、とろっとしていてちょっと甘味があるの。
お祝いのときに作る料理なんだよ。
あと、家族が体を壊したときに食べやすくて栄養があるからって作ることもある。
そんな特別な料理をちょっと様子がおかしかった私のために作ってくれるなんて感激だよね。
……まぁ魔物対策は明日でもいいか。
「やった! おかゆだ!」
私を心配そうに見ていた兄も、おかゆと聞いて喜んでいる。
そりゃあまだ十歳の子どもだから当然だよね。
「うれしいね、あにさま」
「おう。だからメイリアもちゃんと食べて体を治すんだぞ」
「……うん」
心配かけてごめんなさい。
やっぱり私、家族が大好き。
前の私の家族がどんなだったのか実はよく覚えていない。
大好きな漫画のことをはっきりと思い出したのはきっと兄であるアッシュが傍にいるせいでずっと刺激を受けていたからだと思うんだよね。
今のおかゆのこともそうだけど、おかゆのことを思い浮かべると、前の私の知っているおかゆのことが頭にぱっと浮かんで、それに関することを芋づる式に思い出すみたいな感じ。
今の家族と前の家族に関連性がないのか、父親と言えば今の父だし、母親と言えば今の母。
それ以外考えられない。
もしかすると私が今の家族を好きすぎるから、前の家族をあえて思い出さないように精神的な何かがあるのかもしれないけど、そういうことは推測でしかないしね。
前の人生はもう終わっているんだし、大事なのは今。
今の人生を幸せに生きたいと思う。
ああ、前の私の思い出が全部私のただの妄想だったらいいのに。
だっておかしいよね。
漫画そのままの世界なんて。
でも、妄想で片付けてしまって、そのときが来て後悔するよりは、とにかく悲劇が起きないように行動したほうがいい。
前の私も「私がアッシュを幸せにするんだ!」って心のなかで叫んでるしね。うざいけど。
「うまうま、メイリアのおかげでごちそうだ!」
「こらアッシュ! 妹の具合が悪いことを喜ぶようなことを言うんじゃないぞ」
「あーうん。ごめんな、メイリア」
「ううん。私もおかゆ好きだからうれしい!」
「えへへ」
父に怒られてしょんぼりしながら謝る兄に思いっきりはしゃいで見せる。
照れ笑いする兄。
この幸せをずっと続かせよう! 私は強く決意した。
夜、お布団代わりに上にかけた冬用の外套に身を包み、つらつらと考える。
漫画の冒頭、村を襲った魔物はどこからやって来たんだろう。
アッシュはその日水瓶の水が足りなくなって、追加で水くみに行っていた。
戻って来たら村に魔物がたくさんいて、村人が殺されていた。
水桶を投げ捨てて、アッシュが自宅に戻ると……。
「う……」
私は押し寄せて来た吐き気を必死で我慢する。
昔の私にとって、それは架空の物語だった。
だから悲しい出来事だとは思いはしても、人の死をそれほど重く受け止めることはなかった。
でも、今の私にとってそれは私たち家族の話だ。
そのシーンを思い浮かべるだけで脂汗が浮かび、吐き気がこみ上げる。
「と、ともかく、あにさまは水汲み場から戻る途中に魔物に遭わなかったんだから、その逆側から来たと考えるのが順当だよね」
そう言えば、魔物には水かきがあった気がする。
確か水虎という名前だったっけ?
そこまで考えて私は違和感を覚えた。
水かきがあって水の名前がついているってことは水の魔物だよね。
この村の水場は一箇所だけで井戸すらない。
片道2km近くを歩いて毎日汲みに行くのだ。
うーん……あ、そう言えば。
水汲み場の反対側をずっと奥に行ったところには底なし沼があって、絶対に近寄るなって言われてたっけ。
底なし沼と言っても水が溜まっている沼じゃなくって、苔むした地面のような場所に足を乗せると、そのままズブズブと沈んでしまって抜け出せなくなる場所だ。
もしかしてそこ?
あそこなら確かに村の人は危ないから近づかないけど……。
仮説を立てた私は、さっそく明日にでも底なし沼に様子を見に行くことにしたのだった。