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プロローグ

 その日まで、私は貧しい暮らしとは言え、それなりに幸せだった。

 両親は優しかったし、五つ上の兄は過保護なぐらい自分にかまってくれた。

 食べるものが少ないからだいたいいつもお腹を空かせていたけど、それは村の全員が同じだったから、そういうものだと思っていた。

 ときどき兄が木の実や獣や鳥の卵などを獲って来て、貧しいながらも小さな贅沢も出来ていた。

 あの瞬間、自分の兄が何者であるのかということに気づくまでは。


 後から考えれば、物心ついた頃から予兆はあったのだ。

 兄の顔を見ていると不思議に胸が高鳴ることがあった。

 

「この子はお兄ちゃん子すぎるねぇ」


 などと母に言われるほどお兄ちゃん子だった。

 年の離れた兄妹なのだから、両親もそういうものなのだと思っていたようだったし、私も自分の兄好きがおかしいとは思わなかった。

 村の子どもたちには「メイリアは兄離れ出来ない赤ちゃん」などとからかわれたりしたが、そうは言われても、私自身自分の気持ちの暴走を止められなかったのだ。

 兄の顔は確かに村のなかでは際立って格好良かった。

 まだ十才なのに、村の適齢期の娘たちにきゃあきゃあ言われるほどだ。

 だけど、それでも兄なのだ。

 なんで妹である私が、兄の顔を見るたびに胸がキュンとして切ないような気持ちになるのか不思議だった。

 幼い頃は何がなんだかわからずに兄の顔を見て泣きじゃくって困らせたこともある。

 だけど、それもこれも、全ての理由が、今このとき、夕日に照らされた兄の横顔を見た瞬間にわかった。

 そう、わかってしまったのだ。


(あ、この顔知ってる! 連載五周年記念のA3ポスターのやつだ!)


 頭のなかで、自分でありながら自分ではない誰かの声が響き渡った。

 ううん、誰かじゃない。私だ。

 これは、私……。


「メイリア! どうした!」


 大好きなお兄ちゃんが私を心配している。

 大好きなアッシュの生声! 想像した通り!

 なにこれ、気持ち悪い、気持ち悪いよう……。

 私はそのまま気を失った。


 パチパチと炭の爆ぜる音。

 親子四人が生活するには狭い一間の部屋には真ん中に囲炉裏がある。

 昔の日本の家のような、それでいてどこか洋風の、あの漫画の世界。

 ハッと気づいて、ガバリと起き上がる。

 

「メイリア、気づいたか? びっくりしたんだぞ。突然倒れるから。何か変なものを口にしたのか? 兄ちゃんに教えてくれ」

「あにさま」


 そう、今眼の前にいるのは私の兄のアッシュだ。

 そして、夕日のなかで思い出した『前の』記憶にある漫画の主人公でもある。


「どうして……」


 私は泣きじゃくった。

 兄がオロオロしているけれど、かまわない。

 ううん、かまっているほど心にゆとりがない。

 だって、だって、この世界、目の前にいる兄は、私が大好きだった漫画の世界であり、その主人公だ。

 タイトルは『灰壊の空』。

 全く救いのないバッドエンドな漫画である。

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