要求2
「まず申し上げておきまする。此度の一件は、すべて我らが義憤に駆られての行い。決して邪な想いからではないことを、ここに宣言させていただく」
青峰の声が、静まり返った大広間にこだました。
夏だというのに、外の気温は涼しいを通り越して寒い。
コンクリートもアスファルトもなく、二酸化炭素の排出量も現代とは大きく違うこの時代。陽が沈んだだけで、気温は大きく下がる。
昼間にかいた汗が冷え、背筋に寒気が這い上ってくる感触に、初は身震いした。
「海生寺と安宅家は、これまで互いに手を取り合い進んでまいりました。海生寺が、これほどの名声を得られたのは、我らが尊師の功徳のみにあらず。
安宅家の助力なくして、今の海生寺は成り立たぬ。そのことは我ら一同、重々承知しておりまする。
なれど、近頃の安宅家の方々の振る舞いは、あまりにも目に余る」
青峰は、ぐるりと大広間を見回す。男たちの殺気だった視線を浴びても、その顔は毛筋ほどにも乱れない。
「皆さま、随分と立派な甲冑を身に着けておられるご様子。その具足一揃い、刀槍一本を手に入れるのに、いかほどの財を費やされたのか。その財は、いったいどこから手に入れられたのか?」
この時代の武士は、総じて派手好きだ。
大勢の人間がぶつかり合う戦場では、自身の存在を誇示するために、目立つ格好をせねばならない。地味な姿では、せっかく手柄を立てても、周囲から忘れられ、褒美に与れない可能性があるからだ。
そんな武士の中でも、安宅家の家臣たちは、特に派手な集団として知られていた。
黒や赤の木綿糸で縅した甲冑に、鹿や熊の毛皮を張り付けたり、兜に立派な立物をいただいているのは可愛いほう。中には鯨の骨で作った籠手や、胴の真ん中に金の箔押し。巨大な数珠を掛けたり、鳥の羽を全身に差したりと、実にバリエーションに富んでいる。
他にも、刀の鞘や鍔などの拵えに工夫を凝らしたり、槍の穂先をやたらに大きくしたり。
そんな安宅家の家臣たちが歩く様は、ちょっとした仮装行列として評判だった。
「奥方や姫様方の装束とて、贅を尽くしたものばかり。初姫様など、毎日のように違う着物を来て、方々を出歩く始末。しかも、そんな着物を駄目にしてしまうことも、度々だと言うではありませぬか」
青峰の指摘に、初はぎくりとした。
まあ、確かに一着か二着。いや、四着か六着は、破いたり海水に浸けたりして、ダメにした覚えが……でも、あれはこう、緊急事態だったり不測の事態だったりと決してわざとやったわけでは……
懊悩する初の横で、小夜はにこにこと青峰を見つめている。
先ほどから同じ表情を浮かべたまま、まったく口元が動いていない。
直定が、びくびくとこめかみを震わせる前で、青峰は続けた。
「他にも、繰り返し行われる領内の城や館の改築。安宅家には、分不相応な数の軍船を揃え、周辺の豪族や商人たちには日々、付け届けをしている。そのように野放図な奢侈を、いったい誰から取り上げた財でなされているのか。某には、甚だ疑問でございまする」
ゆるゆると首を振った青峰の瞳が、ひたりと初を見据えた。
領内の娘たちが、揃って頬を赤らめる涼し気な眼差し。
しかし、その視線に捕らわれた初は、うなじにぞわっと鳥肌が立つのを感じた。
「安宅家は、寺や領民の財物を掠め取り、奢侈に耽ってまいりました。それだけでも、御仏の怒りを買うには、十分な罪。あの世で地獄に落とされようとも、文句の言えぬ所業でございます。しかし、初姫様のなされたことは、それに輪をかけて惨い」
青峰の視線は、初から離れない。
手のひらに、じっとりと湧き出した汗を、初は自分の膝に擦り付けた。
「姫様が作られた風車は、隣り合う村同士の対立を招き、戦を呼び寄せた。木地師たちに与えた“せんばん”なる轆轤によって、大勢の者たちを路頭に迷わせた。火を使わず灯りを点す仕掛け。煙を吐きながら動く臼と杵。水中で使う風車は、船乗りたちを危うく彼岸へと流すところであった。
これほど恐ろしげなものを、次々と生み出される初姫様は、もはや只人にあらず! まさに天魔の所業と呼ぶにふさわしい」
初は臍を噛んだ。
またなのか? また自分の行いが原因なのか?
広間は静寂に満たされている。それが自分の過ちを糾弾されているようで、初は顔を伏せた。
「私はただ、皆のためを思って……!」
「その考えようが間違いなのです。皆のためと言いながら、その実、姫様の行いは己が功名のため。虚栄心を満たすために民を踏みにじる初姫様を、このまま野放しにはしておけませぬ。これ以上、無辜の民を傷つけぬため、その身を海生寺にて預かる必要があると、某は申し上げまする」
初の反駁を遮り、青峰は強い調子で訴えた。
奢侈を繰り返す安宅家には今後、何事も海生寺に相談することを誓う起請文を出すこと。初を海生寺に差し出し、俗世には関わらせぬようにすること。
それが自分たちの要求だと、青峰は直定に告げた。
「黙って聞いておれば、坊主風情がぬけぬけと! 我らに指図しようとは、貴様いったい何様のつもりじゃ!?」
最前から、いらいらと膝を揺すっていた信俊が、ついに顔を真っ赤にして立ち上がる。
人を食ったような態度を崩さぬ青峰を、敵意のこもった眼差しで睨みつけた。
「青涯めが、この安宅の地に寺を拓けたのは、阿波守様のご厚情あってのこと! 海生寺の創建に際しては、少なからぬ金石を与え、人足まで貸し出したのだぞ!?
その恩を忘れるばかりか、我らを犬猫のように扱い、我が家の姫を差し出せとは、どういう了見か!」
激怒する信俊に、初は意外な思いを感じた。
初と信俊の間柄は、決して良好とは言えない。青峰の申し出をこれ幸いに、初を人質として差し出すのではないか。
そのように考えていた初は、今にも青峰に斬りかかりそうな信俊を見上げて驚いた。
「もうよい! 話し合いなど無駄じゃ。この上は、わしが貴様の首を落とし、外の馬鹿者どもを突き殺してくれる!」
信俊が腰の刀を抜き放つ。
ぬらりとした白刃の輝きを目にしても、青峰は余裕だった。
「よいのですかな、そのような真似をして?」
「今更、命乞いなどっ」
「某を斬れば、海生寺の衆人五百人。打ち揃って、この館を襲いまするぞ」
信俊の足が止まる。
歯噛みする信俊を一瞥し、青峰は直定に視線を戻した。
「此度の畠山家の戦には、安宅家御家中の方々が揃って参陣なさっておられるはず。今ここで安宅館が落とされたとなれば、お味方は軍勢内での立場を失う。そればかりか、糧道を断たれて進退窮まるということも」
直定は表情を変えなかった。だが、そのこぶしは固く握りしめられている。
手の中の扇子は、今にもへし折られそうなほど、小刻みに震えていた。
「何も某は、欲得から申しておるのではありませぬ。これは安宅家のため、初姫様のためを思ってのこと。民草を惑わす初姫様の才も、我が尊師のもとで修業なされば、必ずや御仏の導きが──」
その時だった。
館の外から響いた喚声に、初はびくりと背を反らせた。
次回の更新は、10月13日です。
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