学
伊助の心配は、杞憂に終わった。
小屋を飛び出してより、ほどなく。夜叉丸たちは、笹包みの山を手にして、戻ってきた。
「渡し場で荷を運んでた牛が、年を取ったから潰しちまったって。それで、その肉を買い込んできたんですが」
「見せてみろ」
笹包みを開くと、まだ血の滴る赤身があらわになる。
「潰したのは、今朝か?」
「へえ。つい今しがただって、川向うの連中が」
それなら問題なかろう。
肉を焼こうとしたが、小屋の中には穴の開いた鍋や、錆びた鍬くらいしかない。仕方ないので、初は夜叉丸に竹串を買いに走らせた。
包丁もなかったので、護身用に持っていた脇差で、肉を切り分ける。それを竹串に差しながら、初が塩を求めると、夜叉丸は再びつむじ風のように飛び出していく。
小屋の外で焚火をおこし、竹串に差した肉を焙っていく。
「こら、生のまま食おうとするな! ちゃんと火が通るのを待て!」
待ちきれない様子の幼子たちを相手しつつ、肉にじっくりと熱を通していく。
塩を振り、最低限の味付けをしたところで、初はパンと両手を叩いた。
「さ、できたぞ。ゆっくり味わって……」
「肉だぁーっ!?」
「おい、そいつは俺んだぞ!? 横取りするな!」
「先に目ぇ付けてたのは、俺だ! てめぇこそ、独り占めしようとすんじゃねぇよ!」
ダンッ!──初は橋脚を殴りつけた。肉の奪い合いを始めた子供たちは、初の視線に硬直する。
「……ちゃんと、肉に手を合わせてから食え」
視線を交わし合った子供たちは、各々、手のひらを合わせる。ナンマンダブ、ナンマンダブと唱えるのは、さすが本願寺のお膝元か。
「ほれ、お前らも。こうやって、両の手のひらを合わせて、いただきますだ」
初が手本を示すと、幼子たちは揃って首を傾げた。
「いただきます?」
「いいから、黙ってやっとけ。海生寺衆の作法だ」
夜叉丸の指摘に、初は片眉を上げた。
(いただきますって、一般的な作法じゃないのか?)
安宅荘では、みんなやっていたので、この時代でも普通だと思っていた。しかし、子供たちの反応を見る限り、どうも違うらしい。
また喧嘩にならぬよう、初は子供たちを順番に並ばせた。小さい子から順に、焼けた肉を手渡していく。
肉が行き渡ったところで、子供たちは初の顔色をうかがう。
今にも涎を垂らしそうな面々を見渡し、初はうなずいた。途端、子供たちの歓声が上がる。
「うめぇ!? 牛の肉って、こんなにうまかったのか」
「おい、そんな一気に食うな。次なんてねぇんだから、もっと味わって食べろ」
「なあ、これ地面に埋めといたら、あとでまた食べられるかな?」
串肉にかぶりつき、唸る。味付けは塩だけだが、それでも、子供たちには生まれて初めて食べるごちそうだ。皆、目の色を変えて、がっついている。
肉の調理を伊助に任せ、初は子供たちの間を巡った。
「どうだ、美味いか?」
「うん、うまい!」
「こんなうまいもの、初めて食べたよ!」
「ねえ、肉が残ったらちょうだい。あとで埋めとくから」
とりあえず、埋めるのはやめさせる。初は、次の串を配りながら「それで」と、年長組に目を向けた。
「お前ら、これからどうするつもりだ?」
名残惜しそうに串をねぶっていた子供たちは、きょとんと顔を見合わせる。
「どうするって」
「とりあえず、残った肉を干物にして」
「そうじゃなくて。お前ら、これからどうやって生きてくつもりだ?」
まさか一生盗みをやるなんて言わないだろうな、と初は凄む。
なぜか頬を赤くした子供たちに代わり、夜叉丸がぬっと顔を突き出した。
「そりゃあ、決まってまさぁね。いつか、でっかい手柄を立てて成り上がる……」
「そういう夢物語じゃなくて、もっと現実的な話をしてんだよ、俺は」
「いやいや、夢物語だなんて、とんでもない! 今の世の中、力のある奴が上に行けるんだ。俺たちだって、今はこんな暮らしをしてますがね。そのうち一旗あげて、蔵の一つや二つ構えられるくらいに」
やたらと自信満々な夜叉丸に、初は嘆息した。
「……それで、具体的にはどうするだ?」
「戦で手柄を立てて」
「童だけで戦に出るのか? 手柄を立てるとなれば、相手は武士だぞ。馬はおろか、武具や鎧兜さえないお前らが、どうやって戦うって言うんだ?」
「そりゃあ、いろいろ知恵を使ってですね」
「どんなだ?」
「え?」
「だから、どういう知恵を使うんだ? 戦場では、大勢の人間が殺し合いをしてるんだ。そんな中へ、童だけでどうやって割って入る? 具体的な策は? 手柄を立てたとしても、凡下のお前たちじゃ、せいぜい小者か中間(どちらも武家の下級奉公人)に取り立てられるのが精一杯だぞ? 蔵を建てるなんて、夢のまた夢。そんな調子で、お前はどうやって郎党たちを食わせていくつもりだ? まさか、お前ひとりだけ良い目を見ようなんて、思ってないだろうな?」
夜叉丸は、目を白黒させる。初の追及を見て、他の子供たちも同調した。
「そうだそうだ! その姫様の言う通りだぞ!」
「俺たちは、お前が、堺で一旗あげようって言うから、ついてきたんだぞ。なのにやってることは、昔と変わらねぇじゃねえか」
「楽に飯が食えるようになると思ってたのに、なんの伝手も術策もなく、俺たちをそそのかしやがって!」
「き、貴様らっ! 棟梁に向かってなんじゃ、その口の利き方は!?」
次々と不満の声を上げる郎党たちに、夜叉丸は歯を剥き出しにする。互いを罵り合う子供たちの姿に、初は嘆息した。
(こいつら、トップだけじゃなくて、下もダメなのか……)
甘い見通しに、他者への依存。てっきり、棟梁の夜叉丸が問題なのだと思っていたが、それだけではないらしい。
とはいえ、それも仕方のない話ではある。
ここにいる者たちは、誰一人として、まともな教育を受けたことがない。現代の日本なら、小学生でも読めるような字さえわからないのだから、賃金の安い仕事しかできない。あるいは、そんな職にさえ就けず、こうして盗みを働いて、その日暮らしの生活に甘んじるしかないのだ。
「これでも、マシになったんですよ」と、肉を配り終えた伊助が口を開いた。
「ここいらのガキどもは、昔はもっと酷い暮らしをしてたんです。酒代のために親に売られたり、客を取らされたり。牢人(浪人のこと。この時代は、この字を当てた)どもがやってきて、手当たり次第に切り殺すなんてのは、しょっちゅうで。
でも、夜叉丸がガキどもを、まとめるようになってからは変わったんです。人買いに売られそうな奴がいると、無理やり引き取ってきたり、銭を払わずに逃げる客はぶちのめしたり。牢人どもだって、徒党を組めば怖くねぇ。毎日、印地の稽古をやって、たいていの奴は追っ払えるようになった。
あいつ馬鹿だけど、棟梁としてはそれなりに頼りになるっていうか……」
初の視線に気付いて、伊助はバツの悪そうな顔をした。明後日の方向を見ながら黙り込む姿など、実に可愛らしい。
思わず、にやついていた初は、
「おい、貴様ら!」
いきなり聞こえた罵声に、顔を向けた。
次回の更新は、7月13日です。
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