↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海賊の姫 ──熊野海賊興亡記──  作者: うつみ いっ筆
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/119

桶狭間

短め。

 桶狭間の戦い──


 歴史には詳しくない初でも、名前くらいは知っている。後に天下人になる信長が、最初に打ち立てた偉業だ。


「たしか少数の信長勢が、今川の大軍に奇襲をかけて、総大将の義元を討ち取ったんですよね!?」

「いえ、違いまする」


 あれ?


 ぽかんとする初に、宗陽は首を振った。


「治部大輔《よしもと》殿が討ち取られたのは確かですが、やったのは上総介《のぶなが》殿ではなく、弟御の弾正忠《だんじょうのちゆう》信行《のぶゆき》殿でございます。しかも弾正忠殿は、この戦を境に、兄の上総介殿に反旗を翻し、岡崎の松平殿と結んで、戦を続けておりましてな。以来、東海道筋の動静が定まりませぬ」


 尾張は、東国と西国を繋ぐ重要な国だ。そんな場所が動揺すれば、影響は様々な土地に及ぶ。


 銅の鉱山は関東に集中しており、鉱石を運ぶ舟が尾張の湊に近づけず、足止めを食らっているらしかった。


「ほう、それは良い話を聞いた。さっそく、我が家の船を出すとしようぞ」


 光定が嬉し過ぎて、舌なめずりしそうな顔になっている。


 安宅家では、明の船乗りから航海術を会得している。他の舟が遭難を恐れて陸伝いに進むのに対し、安宅家は星を頼りにした天測航法ができるので、沖乗りが可能だ。


 数日間、湊に入らなくても走り続けられるため、危険な湊を避けて航海できるのが、安宅家の強みだ。おかげで安宅荘の産物を欲する土地では、安宅家の舟に停泊してもらうため、津料(入港税)を安くしたり、免除してくれるところもある。


 宗陽によれば、関東や東北の産物が入らなくなり、いずれも値上がり傾向にある。今なら、物を右から左に動かすだけで、かなりの収益が見込めると、光定は気持ち悪い顔で笑った。


「安宅家の舟には、いつも助けられてばかりでございますなぁ。何とお礼を申せばよいやら」

「なに、わしらも紅屋との取引では、儲けさせてもらっている。商いとは、持ちつ持たれつよ」


 悪い顔で微笑み合う光定と宗陽を他所に、初は疑問符を浮かべていた。


(あれ? 信長って、この戦いで名をあげたんじゃなかったっけ?)


 しかも、弟と対立したなんて、そんな話あっただろうか?


 現代では、歴史にさほど興味がなかったので、初の知識も曖昧である。もしかすると、この争いを乗り越えて、信長は勢力を拡大したのかもしれない。


 帰ったら、青涯に聞いてみよう──初は、頭の隅で誓った。

      







 とりあえず今回の取引では、代金の半分を銅銭で。残りの半分は、米や陶磁器などの現物で受け取ると決まった。


「話し込んでいるうちに、すっかり遅くなってしまいましたな。民部大輔《みつさだ》様も初姫様も、今宵の宴には参加なされるのでしょう?」

「おう。ここへ来る目的の半分は、それだからの」


 楽しげに笑い合う宗陽と光定を見て、初は頬を引き攣らせた。


 そういえば、宴会があるんだった。


 商売がうまく行ったのだから、宴席を設けるのは、ある意味当然だ。現代に比べて、飲みニケーションも活発な時代である。


(でも、面倒なんだよなぁ……宴会って)


 初の憂鬱は、これで終わらなかった。


 なんとか宴会を欠席できないかと知恵を巡らせる初のもとに、厄介な人物が訪ねてきた。


「これはこれは、民部大輔《みつさだ》殿に初姫様。お久しゅうございまする」


 屋敷の使用人に案内され、茶室に現れた青海は、朗らかに笑った。


 禿頭を光らせる青海に、初の頬は痙攣する。


「せ、青海さん……なぜ、ここに?」

「わたくしが、お呼びいたしました」


 宗陽が、福々しい顔で告げる。


「青海殿は、海生寺の隆盛に尽力され、一代で紀州屋を興された大立者。安宅家の方はもとより、わたくしにとっても大切なお得意様ですからな」


 余計なことを、と初は胸中で悪態をついた。


(ていうか、九州に行ってるんじゃなかったのかよ!?)


 堺行きが決まったとき、初は青海のスケジュールを密かに調べていた。


 この時期は、明から来る交易船を迎えるため、九州へ出かけているはず。今ならば、青海と顔を合わせることなく、事を成し遂げられると思っていたのに──


 臍《ほぞ》を噛む初に、青海は人の好さげな笑みを浮かべた。


「水臭いですぞ、初姫様。堺へ来られるなら、一言申してくれれば良いものを」

「い、いえ。青海殿は、九州に出掛けていると聞いていたもので……」

「その前に、土佐へ立ち寄っておりましてな。そこへ店の者から、姫様が堺へお越しになられると文が届き、急いで駆け付けた次第でして」


 またもや余計なことを。


 険のこもった初の視線に気付かず、宗陽はふくよかな頬を震わせて、笑っている。


 宴会だけでも憂鬱だというのに、さらに憂鬱の種が増えるなんて──


 肩を落とした初は、心の底からため息を吐いた。

だんだんと歴史に齟齬が……

 

次回の更新は、6月4日です。


面白い! 続きが読みたい! と思ったら、ブックマークとポイント評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。