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海賊の姫 ──熊野海賊興亡記──  作者: うつみ いっ筆
第二章

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元服

「やっぱり、送り装置が問題ですか」

「はい。どうしても動きに、ムラができてしまって」


 試作品を動かしてみた初は、ハンドルの手応えに唸った。


 動きが、ぎこちない。チャック(旋盤に被切削物を取り付ける装置。万力のようなもの)に固定した木材を削ろうとするが、思ったところに刃先が移動せず、ズレが生じる。それに切削を始めてみると、固定したはずの木材が、微妙に動いている気がした。


「固定も甘いな。刃先も、ぐらぐらしてるし」

「申し訳ありません。すぐに改良を」

「いや、これは設計から見直したほうが良い。また図面を書き直してくるから、作り直すのは待ってくれ」


 申し訳なさそうにする源右衛門を、初は慰めた。

 無論、源右衛門たちの技術不足もある。だが、それ以上に、初が旋盤に対して無知だったことも、大きな原因だった。


 実家の町工場では、毎日のように目にしていた旋盤。だが、その構造となると、初も正確には把握していなかった。

 あまりにも、当たり前にあり過ぎて、逆にその重要性がわかっていなかったのだろう。この時代で、様々な品を再現しようとしたとき、初は旋盤ありがたみを改めて感じていた。


 ちょっとした部品一つ作るにも、この時代では鍛冶師が鍛え、細工師が加工し、さらに部品を組み立てる職人が必要になるなど、多くの手間がかかる。現代のように既製品を買ってきたり、工具を使って加工したりということが、気軽にできない。

 現代の自分は、相当に恵まれた環境にいたのだなと、再確認させられる毎日だった。


(構造も問題だが、やっぱり一番の難関は、ネジだな)


 旋盤の送り装置、刃物の操作、切削物の固定。すべて、ネジを使って行わなれる作業だ。

 一定のピッチを持ち、必要なだけの長さを備えたネジを作るのは、至難の業だ。


 かつての先人たちも──今は、未来の人間になるのか──正確なネジを作るまでには、かなりの紆余曲折を経ていると、本で読んだ覚えがある。そのときは、感心する程度の話だったが、まさか自分がネジを生み出す立場になるとは、夢にも思わなかった。


「もっと、ちゃんと勉強しとくんだったな。たしか、モーズリーが、ネジ切り旋盤を作ってたはずだが……」


 工作機械の父と呼ばれた男だ。記憶の底をひっくり返してみるが、さすがに細部の構造までは、思い出せなかった。


 今のままでも、木工用や簡単な作業になら十分使える。実際、安宅荘周辺の木地師たちが、こぞって旋盤を買いに来ていると聞く。

 だが、この先、蒸気機関や発電機などを作るとなれば、より精確な旋盤は必須だ。現代の技術を再現するためにも、旋盤の完成を急がねばならない。


 源右衛門のもとを後にし、他にも依頼を出していた職人たちを回っていく。

 同じような問題は、他の製品でも起こっていた。


 電池は、部品にかかる経費が高すぎて普及できず、発電機は磁石の調達や、部品の量産で躓いて頓挫している。

 鍜治場で実験を行った際には、天然の磁石を大量に用意して誤魔化したが、やはり本格的な開発に移るとなると、そうもいかない。

 フェライト磁石の量産は難しいし、鉄を電磁石で磁化するには、発電機がいる。そして発電機を作るためには、大量に磁石が必要になってと、堂々巡りの繰り返しだ。

 子墨たちの手前、大見えを切ったが、現実はやはり厳しかった。


(まあ、上手くいっている分野もあるが)


 鍜治場の外に設けられた選鉱場へ、初は足を運んだ。


 電磁石による選鉱は、大型の発電機が作れなかったため、商業向けには断念した。今は、注文打ちなどの高価な刀を制作する際に、細々と使っているくらいだ。


 その代わりに、初は浮遊選鉱を導入した。


 選鉱場の隅には、黒や赤茶が混じった土砂が、うずたかく積み上げられている。

 作業員が、土砂の一部を猫車で運び、金属製の桶に投入していく。桶の中には、水と特殊な油が入っており、土砂と一緒に攪拌して泡立てる。


 土砂は出雲や関東など、様々な場所から集めてきた砂鉄鉱床の土だ。


 一般に岩石や土砂の表面は親水性があり、逆に金属は疎水性である場合が多い。その性質を利用して、岩石などの親水性の粒子と、砂鉄などの金属粒子を分離するのが、浮遊選鉱だ。


 攪拌によって生じた泡を回収し、職人たちが、製鉄に必要な砂鉄だけを取り除くていく。

 浮遊選鉱は、原料砂鉄に混じった鉄以外の金属を取り除くのにも使える。そのため、従来は原料として使えなかった鉱床の砂鉄でも、精錬できるようになる利点があった。


 砂鉄に取りついた油分を、洗浄して取り除く。しばらくすると、選鉱場の底には、真っ黒い砂鉄の層が出来上がった。


 樟脳やらテレピン油やら、様々な油を組み合わせて作った選鉱液は、ちゃんと機能しているようだ。

 子墨たちからも、鉄の質が良くなったと報告を受けている。


 良質な金属を確保することは、工業化の第一歩だ。今後も、さらなる質の向上を目指していきたい。


 鍜治場では、稼働していた十台の水車のうち、一台をクロスフロー水車に置き換えた。

 水を溜めておくためのダムの建設や流路の調整など、困難は多かったが、従来の縦型水車よりも出力が高いと好評だ。

 残りの水車も、水を受けるバケット部分や車軸の改良によって、性能を高める工夫をしている。


 螺旋型水車と揚水用の多翼型風車、渦巻ポンプも、順調に安宅荘へ広まっている。


 他にも、紀伊で盛んな炭の生産を利用して、メタンガスを回収してみたり、和紙の原料生産にアルカリ洗浄を加えたりと、様々な試みを行っている。

 まだ成果の出ていない分野も多いが、こうした努力の積み重ねが、近代化へと繋がっていくのだ。


 多くの問題をはらみつつも、初の胸は、未来への希望に躍っていた。

      







 残念ながら、あまりゆっくりもしていられない。

 下りの川舟に乗り込んだ初は、いそいで安宅館に帰還した。


「やばいやばい、稽古に遅れる!」


 習い事をすっぽかしたら、また菊の雷が落ちる。


「おや、姫様。今日も遅刻ですかな?」

「お急ぎなさいませ。菊殿が、館の入口で待ち構えておりますぞ!」


 武家屋敷の家臣たちから、声援だが、揶揄だかわからない声が飛ぶ。


 稽古に遅刻する初の姿は、すでに日常の一部となって久しく、もはや誰も気にしていない。


 家臣たちに笑われながら、通りを駆け抜けた初は、嫌な姿を館の前で見つけた。


「なんじゃ、初。そのおのこのような恰好は?」


 館の門前で目を眇めたのは、一人の若武者だった。


 すらりと伸びた背に、細面。目は神経質に切れ上がり、鼻筋が通って、薄い唇は、いかにもな美少年である。

 これで瞳が澄んでいれば、好青年に見えるのだろうが、この男の目はどこか淀んでいた。


 細身の身体に派手な柄の着物を羽織り、いかにも荒んだ雰囲気を放っているのは、かつての鶴丸だった。


 十六歳となり、元服してからは、安宅勘右衛門信俊あたぎかんえもんのぶとしと名乗っている。


 信俊は、着古した作業着をまとう初の姿を、じろじろと見まわした。


「女の身で、鍛冶の業など習いよって。そんなに好きなら、館になど帰らず、そのまま工人共のもとにおればよいものを」

「私だって、できるものならそうしています」


 冷笑を放つ信俊に、半眼を向ける。


 いつものことながら、どうしてこいつは、いちいち自分に突っ掛かってくるのか。


 一言、言ってやろうとした初は、信俊から漂ってきた臭気に、思わず鼻を覆った。


「……兄上、また朝から飲んでるんですか?」


 強烈な酒臭さに、顔をしかめる。


 この時代の人間は、元服すれば、もう立派な大人の一員だ。現代のように、二十歳未満は飲酒禁止といった法律も存在しない。


 今年の正月に元服してからというもの、信俊は毎日のように、酒を飲み続けていた。


 館から、ふらりといなくなっては、翌日に泥酔して帰ってくる。破落戸ごろつきたちの溜まり場へ入り浸ったり、女遊びが以前にも増して酷くなったりと、あまり良い噂は聞かない。


 現代なら立派な非行少年だが、この時代に飲酒を取り締まる人間はいない。信俊の行動に眉を顰める者も多いが、同時に武士としては豪胆さの表れだとして、好意的に見る向きも少なくなかった。


(これのどこが、豪胆だよ。ただの飲んだくれじゃねぇか)


 にやにやと笑う信俊は、すでにかなりの酒量を口にしているらしい。良く見れば、足元はおぼつかない様子だし、眼球が左右に動いて焦点も定まっていない。


 嫌悪感をあらわにする初を、信俊は忌々しそうに睨んだ。


「……なんだ、その目は。貴様、俺を馬鹿にしているのかっ」

勘右衛門のぶとし様、お手を」


 門柱にもたれ掛かる信俊の背後から、五人の男たちが現れた。

 信俊に付き従う郎党たちだ。いずれも幼い頃より、金魚の糞の如く、信俊の後ろをついて回っていた連中である。


 男たちは、初に掴みかかろうとする信俊を支えた。

 その手を振り払い、信俊は酔眼のまま、初ににじり寄る。


「だいたい貴様は、昔から生意気だったんだ。何かにつけては、この俺に張り合いよって。今日こそ、その曲がった性根を叩き直して……」

「姫様」


 長身の影が立っていた。どこに潜んでいたのか、初でさえ一瞬戸惑うほどの動きで、するりと初の前に現れる。


 信俊が、ぴくりと頬を震わせた。


阿波守やすさだ様が、お呼びです」


 いきなり現れた菊は、静かな声で言い放った。

 信俊と初の間を遮るように、さりげなく身体を割り込ませてくる。


 菊の冷ややかな眼差しに、信俊は舌打ちした。


「……行くぞ。興が醒めた」


 郎党を引き連れ、歩き去っていく信俊の背に、初は舌を出した。


「ったく、何が気に入らないんだか。よくもまあ、あれだけ毎日、飲んだくれられるもんだぜ」


 悪態をつく初に、菊の視線が突き刺さる。


 藪蛇になりそうで、初は慌てて話題を変えた。


「そ、それで! 今日の稽古は、たしか箏で」

「いえ、その前に、阿波守様の下へ」


 信俊を追い払うための嘘ではなかったのか。

 なんだか嫌な予感がして、初は眉間に皺を寄せた。

次回の更新は、4月26日です。


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