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水車

 鍜治場の外では、不機嫌そうな顔をした鶴丸が、仁王立ちしていた。


「貴様ら、この俺を待たせるとは、いい度胸だな」

「まあまあ、兄上。細かいことを気にしていると、ハゲますよ?」

「貴様っ!」


 激怒する鶴丸の耳元で、初は囁いた。


「古屋村のりつ、舟頭の娘のおもよ、唐人町の未亡人」


 静かになった鶴丸を置いて、初は河原に向かった。


 早朝の日置川には、すでに多くの人々が集まっていた。


 近隣の百姓や商人、町人。熊野詣に来た参拝者と思しき姿もある。

 川面には、船頭たちが舟を浮かべ、鍜治場から出てきた初たちに注目していた。


「姫様! 今日は、どんな面白いものを見せてくださるのです!?」


 喜多七の声に答えつつ、初は群衆の中に見つけた青涯へ駆け寄った。


「先生、来てくれたんですね!」

「初姫様、いったいこれは何事でございましょうや?」


 周囲の目を気にしてか、かしこまった様子の青涯が、鍜治場から出てきた工人たちを見て、目を丸くする。


「先生の役に立つ物を作ったんです。そしたら青海さんが、ぜひお披露目をすべきだって」


 人々を集めた張本人である青海は、緩く笑みを浮かべながら、会釈した。


「初姫様には、熊野権現のご加護があるとわかりましたのでな。これはぜひ、領民たちにも知らしめるべきだと思いまして」


 青涯の目が、大きく見開かれた。


 初は河原を見回すと、目的の人物に向けて声をかけた。


シュエさん、準備は進んでるか?』


 河原で作業をしていた雪は、笠の下から目線を覗かせた。


 雪の足元、河原にほど近い水流の中には、とある装置が設置されている。初が、鍜治場で工人たちを相手にしている間に、雪と鶴丸で運んでもらったものだ。


『ちゃんと設置できたか?』


 雪は、無言でうなずく。


 自分の目でも細部を確認した初は、問題なしとうなずき、ざわめく群衆を振り返った。


「みんな、今日はこんな刻限から、良く集まってくれた。私は安宅家の姫、初。今日は、皆に見てもらいたい物があって、青海殿にこの場を用意してもらった」


 群衆の視線が、青海へと注がれる。


 青海に会釈を返され、初は一歩、横へと移動した。


「私が作った、新しい水車だ。よく見ていってくれ!」


 河原に設置された装置へと、人々の視線が集まる。


 途端、群衆の間からざわめきが起こった。


「なんじゃ、あの蛇がのたくったような代物は?」

「あんなもんが、水車じゃと?」

「いやいや、あれは水を引き入れるための仕掛けよ。姫様のことじゃ、あれで山の上まで水を引き上げて、そこで水車を動かすんじゃろうて」


 皆、口々に勝手なことを言い始める。


 人々が驚いたのは、初が示したのが普通の水車ではなかったからだ。


 通常、縦型水車は、木製の羽根を円形に取りつける。

 対して、初が作った水車の羽根は、鉄製だった。

 

 ひねりを加えた扇型の鉄板が三枚。それぞれの鉄板は、一つに繋ぎ合わされ、鉄製の軸を取り巻くようにして、螺旋形に取り付けられている。


 螺旋型水車の上流には、河原の石を使って堰が作られていた。

 堰は斜めになるように築かれ、堰に遮られた水は、勢いを増しながら、螺旋型水車へと流れ込んでいる。


『雪さん』


 初が合図を送ると、雪は螺旋型水車の羽根を固定していた、留め具を取り外した。


 がこん、と音を立てて羽根が回転を始める。


 はじめはゆっくりと、やがて勢いを増しながら、螺旋形の羽根は滑らかに回転する。


「おーっ」と、群衆の間から、どよめきが起こった。


「この螺旋型水車の利点は、縦型水車に比べて低水量、低落差でも使えるってところだ。水は、細い小川くらいの量があればいいし、落差は二尺もあれば十分。力だって、普通の水車と変わらないぞ」


 初は、水車の軸に藁縄を巻き付けさせた。縄の先は、亀次郎たちが用意した杵へと繋がっている。

 水車の回転が藁縄を通して滑車に伝わり、それがカムを介して杵を上下させる。


 杵が臼の中にある籾を突くと、群衆は再び歓声を上げた。


「こんなふうに、縄を介していろいろな道具を動かせる。藁打ちから脱穀、籾摺りや小麦を粉に挽くことだってできるぞ。もっと大きな物を作れば、鍜治場でだって使えるはずだ」


 それだけじゃない。この螺旋型水車の最大の利点は、その軽量さだった。


 雪が、水車を固定していた杭を引き抜いていく。


 亀次郎、六郎、雪の三人が手をかけると、螺旋型水車はいとも簡単に、川の中から持ち上げられた。


「この大きさで、だいたい一貫(約37.5キロ)くらいの重さがある。実際の作業に使うなら、この二倍から三倍の大きさが必要になるだろうが、それでも大人が三人もいれば持ち運べるはずだ」


 水車を持ったまま、歩いて見せる亀次郎たちに、群衆から拍手が送られる。その中には、ぽかんと口を開ける鶴丸の姿もあった。


 人々から贈られる賛辞に、初は満足げに胸を張る。


 この螺旋型水車、初にとっては馴染み深い代物だった。

 大崎慶一郎が所属していた研究室で、開発に携わっていたからである。


 マイクロ水力発電は、現代において、世界中で研究が行われていた。


 ダムを必要とする水力発電や、大規模な設備を使う火力発電と違い、簡易、簡便に設置できる小型水車は、初期投資が小さくて済む。たとえ数十世帯分の電力しか供給できなくとも、途上国では十分に役に立つ。

 先進国でも、特にヨーロッパにおいては、家庭用や僻地での使用を目的として、盛んに設置が行われていた。


 水車型、タービン型と様々なマイクロ水力発電機が研究される中、慶一郎の所属する研究室で開発されていたのは、螺旋型水車だった。


 比較的低水量、低落差で使える螺旋型水車は、従来は水車を設置できなかったような環境でも使用できる。

 田畑の脇にある農業用水路や、細い小川。なんだったら、今みたいに川の中へ直接設置しても使えるし、舟の舷側に吊って川面に浮かべてもいい。


「必要な時、必要な場所へ運べるから、一台の水車を複数の家で共有して、使いまわすこともできる。今までは水車を持つことができなかったような者でも、水車を使うことができるようになるんだ」

「儂らの村でも、その水車は使えますのか?」

「もちろんだ。矢代村なら、揚水風車と組み合わせて、もっと力のある水車を使うこともできるぞ」


 喜多七が、驚愕の声を上げる。


 螺旋型水車の利点は、これだけじゃない。持ち運びできるということは、災害にも強いということだ。


 今までの水車は、大雨が降れば、水流に流される心配があった。だから、大きな川の側には設置できなかったし、水路へ設置するにしても、流れ込む濁流から水車を守る工夫が必要だった。

 しかし、螺旋型水車なら、そんな心配はいらない。雨が降れば、どこか安全な場所まで移動させてしまえばいいだけだし、必要のないときは小屋の中で保管しておくこともできる。


 これまでは水車を使えなかった土地や人々でも、工夫次第で新たな労力を得ることができる。

 産業革命とまではいかなくても、安宅荘には確実に、動力革命が起きることだろう。


「この水車の羽根は鉄製だが、今、木の端材を使って羽根を作れないか研究中だ。うまくいけば、そうだな、だいたい百姓の一月分か、二月分の稼ぎで買えるくらいの水車ができるはずだ」


 当面の目標は、安宅荘において、一家に一台の水車を持たせること。


 初が宣言すると、群衆の間に熱気がほとばしった。特に、百姓たちの熱意は、すさまじかった。


 畑仕事は重労働である。田畑を耕し、作物を植えれば雑草や虫害と戦い、家に帰ってからも、縄を編んだり、むしろを編んだりと、気の休まる時間がない。そんな生活が延々と、死ぬまで続くのだ。


 それが、ほんの一月か二月ばかりの稼ぎを費やすだけで、労働の苦しみから解放される。上手くすれば、今まで以上の稼ぎを得られるかもしれないのだ。


 螺旋型水車を目掛けて、河原に集まった人々が殺到した。


 本当に一家に一台、水車が持てるようになるのか。この水車は、何年くらい使えるのか。一月分の稼ぎで買えるというのは、真実なのか──


 人々から寄せられる質問に、一つ一つ答えていく初の姿を、鶴丸は信じられない面持ちで見つめた。


「あやつ、いつの間にあんなものを……」

「ここ一月ほどですかなぁ? 姫様の急な思い付きは、いつものことですが、今回は特に熱心な、ご様子でした」


 群衆の間から抜け出してきた亀次郎が、遠い目をする。その隣で、六郎も同じ目をしながら、


「結局、完成しなかったものを含めれば、三十個ほどの仕掛けを作りましたな。姫様の発明好きは、今に始まったことではありませんが、今回は本当に大変で……」

「初は、いつもあんなもの作っているのか?」


 驚く鶴丸に、六郎はうなずいた。


「ええ。つい先日も矢代村に、水を引き上げる水車や、薪を効率よく燃やす竈を作って、大変喜ばれておりましたよ」

「姫様が作った揚水風車のおかげで、矢代村では、三割ほど米の取れ高が増えたとか」


 鶴丸は、目を見張った。

次回の更新は、4月13日です。


追記(すみません。更新、一日遅れます。次回の更新は、4月14日です。

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