表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/119

実験

 初は興奮を隠すように、舌で唇を湿した。


 結果は、上々。いや、予想以上と言っていい。


 事前に、亀次郎と六郎を相手に試したときは、ちゃんと驚いてくれた。しかし、明の工人相手には通じない可能性もあったので、少々不安だったのだ。


 竹串を炭化させて作ったフィラメントは、電池からの給電を受けて、鈍く輝きを放っている。


 最初は妖術かと腰を抜かしていた六郎は、箸を使ってフィラメントを掲げ、得意げに周囲へと見せびらかしている。

 その隣では、亀次郎が金の薄板を電極にして、水の電気分解を行っていた。


 ガラス製の細い管が二本。管の真ん中には穴をあけ、ガラスの筒と粘土を使って二本の管を繋ぎ、H型に固定している。


 十分に電気を流し終えたところで、亀次郎はガラス管から電極を引き抜いた。


 電極は木の栓に差し込まれており、蓋を失ったガラス管に火を近づけると、水素が燃焼してポンと音を立てる。


 びくりと身を竦ませた子墨に、初はにまにまと笑みを浮かべた。


『どうだ、面白いだろ?』


 放心したように実験の様子を見つめていた子墨は、目を瞬いた。


 笑みを深める初を目にして、奥歯を噛みしめると、またじっと亀次郎たちの手元を見つめ始めた。


『……なんだ』

『うん?』

『それは何だと訊いている。その、二枚の皿を重ねたものだ』


 子墨が指さしているのは、初が苦心して作り上げた電池だった。


 正確には、ダニエル電池。その名の通り、ダニエルという化学者が生み出した、原始的な電池の一種である。


 プラス側に硫酸銅溶液と銅板を、マイナス側に硫酸亜鉛溶液と亜鉛板を使い、素焼きの皿を隔膜にしている。

 電線は、銅線をより合わせたものに紙を巻き、上から蝋を塗って作った。


 一つでは必要な出力が出ないので、いくつかの電池を直列に繋いで、電圧を確保している。


『電池っていうんだ。簡単に言うと、小さな雷を発生させる仕掛けだよ。で、このこよりの中には、銅線が入ってる』

『雷? 金属の板を水に浸けるだけで、雷が起こるのか?』

『いや、これは硫酸銅と硫酸亜鉛って言ってな。硫酸に、銅と亜鉛を溶かしたもので』

『硫酸なら、わしも見たことがある。それに銅や亜鉛を溶かしたところで、雷が起きたことなどないぞ』

『あー、こう、なんていうか……銅板と硫酸に解けた銅が反応してだな』

『銅と銅が触れ合うと、何か起こるのか? それは、銅銭を重ねても同じか?』


 初は、上空に視線を逸らした。


(……まずい。こいつ思ったより、化学の知識があるぞ)


 良く考えれば、今回の実験に使った材料は、もともと安宅荘に存在していたものばかりだ。


 農学者だけあって、青涯はある程度、化学にも精通していた。肥料や農薬を作るのにも、扱うのにも、必要になるからだ。


 硫酸は、農業においても重要な資材であるため、真っ先に再現されていた。青涯が安宅荘へ来た頃には、もう存在していたらしい。

 明でも、薬の材料として使われているというし、子墨が知っているのは、当然の話だった。


(適当に誤魔化すつもりだったんだけどなぁ……どうしよ?)


 イオン化傾向の違いとか、電子の話をして、わかってもらえるだろうか?


 とりあえず話してみようと、おおよその原理を説明して見せるが、案の定ちんぷんかんぷんな様子だった。


『とりあえず、こういう仕掛けを作れば、雷が起こせるんだ。それで納得しとけ!』

『なら、炭が光るのはなぜだ? 水に雷を通すと、燃えるようになるのは? まさか、水が油に変わるのか?』

『それも、後で全部説明してやるから! ほれ、次行くぞ、次!』


 子墨は、不満そうな顔をしている。だが、仕方ない。正確な原理を教えるには、前提となる知識が多すぎるし、そもそも本題はそっちじゃない。


 重要なのは鍜治場の工人たちに、初の力を認めさせることだ。


「亀次郎、六郎、次の仕掛けだ!」


 ばっ、と初は大仰な手振りで、次の実験を指示して見せる。


 風呂敷を漁る二人は、用意してきた仕掛けを一つ一つ取り出しては、丁寧に地面へと並べていった。


「えーっと、これとこれを組み合わせて」

「違いますよ、亀次郎殿。これは、そっちです」

「ああ、そうか。あれ? この棒って、ここに差すんだっけ?」

「いえ、こっちなのでは?」


 もたもたしている亀次郎と六郎を押しのけ、初はてきぱきと実験の用意を整えていく。


 木製の小箱を手のひらに乗せ、初は叫んだ。


『見よ! これぞ、風を生み出す仕掛け!』


 電極を繋ぐと、鉄心と銅線に磁石を組み合わせただけの、簡単なモーターが回転する。


 モーターの先には、手のひらサイズのプロペラが取り付けられ、そよそよと風を送り出していた。


 どうだ! と、初は周囲の反応をうかがった。


 小さなプロペラから生み出される風は、微々たるものだ。ほぼ鍜治場中の人間が集まっている現状では、最前列にしか風は届かない。

 子墨は、前髪を風にそよがせながら「で?」と、目鼻で問いかけてきた。


『なんだ、それは?』

『雷を動力にして動く仕掛けだ。ほら、この前に付いてる羽根が、動いてるだろ?』


 ほらほら、とプロペラを示す初に、子墨は目を細めながら、


『それは、お前が動かしてるんじゃないのか?』

『違う違う! こうやって手を放しても、ちゃんと動くから』


 手近な木箱の上へ、モーターを設置する。


 初が距離をとっても、プロペラは回転し続けた。それを見た人垣の間に、やっと驚きの声が広がり始める。


「動いてる……動いてるぞ、あの羽根車!」

「何か仕掛けがあるんだろ。中に、バネでも入ってるんじゃないか?」

『さっき組み立てるとき、何か種を仕込んでたか?』

『いや、あの小箱の中には、銅線を巻いた鉄の棒と、磁石しか入ってなかったはずだ』


 そこかしこで議論が交わされる。

 湧き立ち始めた観衆に、初は手応えを感じた。


 思ったより反応が鈍いが、これならイケる!


 このまま次々と実験を披露して、この時代の人間が知らない知識を見せれば、初への認識も変わるはずだ。


『……なあ、安宅家の姫よ』

『何だよ? こっちは今、忙しいんだ』


 早速、次の実験へ移ろうした初に、子墨は胡乱気な眼差しを向けた。


『この仕掛け、何の役に立つんだ?』


 モーターを手に取り、プロペラの風を顔に当てながら、子墨は言った。


『この程度の風なら、団扇や扇子で扇いだほうがましだ。こんなものでは、涼はとれんぞ』

『それは、涼むための道具じゃねぇよ。モーターとか、発動機って呼ばれてる仕掛けでな。水車の代わりになる動力なんだ』

『水車の代わり? こんな小さなものがか?』


『すげえ……』と、見習いらしき工人の少年は、無邪気に喜ぶ。対して子墨は、胡散臭そうな顔をした。


『そいつじゃ、力が足りないよ。もっと大きなものをこさえて、発電機も……雷を生み出す仕掛けも、もっと工夫しないと』

『この電池は、どれくらい雷を生み出せる?』

『だいたい、丸一昼夜ってところだな。それ以上は、亜鉛の板が溶けなくなるから、中の溶液を取り換えてやって』

『随分と銭のかかる仕掛けだな』


 亜鉛も銅も、それなりの値段がする。


 こんな小さなプロペラを動かすのに、亜鉛と銅の薄板が一枚ずつ。

 ならば、槌や鋸を動かすのには、いったいどれだけの量が必要になるのかと、子墨は言い放った。


『こんなもの、金持ちの道楽でしか使えんぞ。その光る炭も、蝋燭一本分ほどの輝きもない。それでいて、蝋燭よりも銭がかかるときている。燃える水とて、一瞬で燃え尽きてしまったのでは、湯を沸かすこともできん』


 人々の間から「確かに」「子墨殿の言うとおりやもしれん」と、同調する声が上がり始めた。


 子墨は、モーターを初に押しつけると、たっぷりと呆れを含んだ声で言った。


『お前の作ったその仕掛けも、知識も、物珍しいだけで、たいして役に立たんではないか。そんなものを使って、お前は何を為すつもりだ?』

『さあ?』


 初は、肩をすくめた。


『そんなもん、俺が知るわけないだろう?』

次回の更新は、4月9日です。


面白かったら、ブックマークとポイント評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ