暗闇3
直定は腰の刀を抜き放つなり、帯に目掛けて振り下ろした。
空中に揺れていた身体が、どさりと落ちる。
駆け寄ろうとしたレイハンを突き飛ばし、初は青涯の胸に片耳を押し付けた。
「……心音、なし……呼吸、停止……」
「和尚様! 和尚様は!?」
「おい、誰かそいつ押さえてろっ!」
菊がレイハンを羽交い絞めにする。
青涯の口を開け、吐瀉物の有無を確認しながら、初は懸命に己をなだめた。
(大丈夫……まだ身体は温かい。首を吊ってから、それほど時間は経ってないはずだ!)
気道を確保し、胸骨の圧迫を開始しながら、初は懸命に祈った。
まだだ。この人を死なせるわけにはいかない。まだ、この人を失うわけにはいかない!
両腕に全体重を掛けながら、初は青涯に語り掛けた。
「戻ってこい……戻って来るんだ先生! あんたは、こんなとこで死んでいい人じゃないだろっ!?」
部屋の前には、騒ぎを聞きつけた人々が集まりつつある。
レイハンの泣きじゃくる声を聞きながら、初は何度も何度も胸骨を圧迫した。
青涯の口に息を吹き込み、呼吸の有無を確認する。
(クソッ……まだ戻らないのかっ)
いまだ止まったままの心臓に歯噛みしながら、初は蘇生を再開しようと手を伸ばす。
青涯の胸に覆い被さろうとした瞬間、別のこぶしが青涯の胸を打撃した。
「なっ……おま、!」
瞠目する初を前に、組み合わせた両手で青涯の胸を圧迫した男は、そのまま心臓マッサージを始める。
その手慣れた動きに、初は放ちかけた抗議の声を飲み込んだ。
「わたし、かわる。いいか?」
褐色の肌をした男は、鋭い眼差しで初を見つめた。
アジア系とは違う。おそらく南米由来の堀の深い顔立ちには、どこかで見覚えがあった。
それが巨大猪を狩った際に出会った異人たちの一人だと気付いたのは、しばし後のことである。
独特の雰囲気をまとった男の蘇生は、不思議なほど的確だった。講習で習い覚えた程度の初と違い、一つ一つの動作がやけに洗練されている。
数度、胸骨圧迫を繰り返した男は、埒が明かないと見たか、初に代わるよう身振りで示した。
どうするのかと思う初の前で、男は傍らに置いた布包みを広げる。
取り出された中身を見て、初は頓狂な声を上げた。
「あ? ちょっと、なんであんたがそれを──」
男が手にしたのは、試作品の手回し発電機とコンデンサだった。
子墨に急かされ、製作途中のまま放り出していたはずの試作品が、どうしてここに?
初の疑問をよそに、男はライデン瓶を応用したコンデンサに発電機を繋ぎ、取っ手を回して充電を始める。
着物をはだけさせ、青涯の胸に電極を押し付けた男は、初に青涯から離れるよう指示した。
「電気ショック!」
電極から青白い火花が散る。
仰け反るようにして跳ねた青涯の口から、がぼっ、と息がこぼれる。
げぼっ、げふっ、と咳き込み始めた青涯に、周囲の目が釘付けとなった。
「和尚様!」
菊の手を振り切ったレイハンが、震える青涯の背中を擦り出す。
何度も咳き込み、胎児のように身体を丸めた青涯は、苦しげに胸元を押さえた。
「おい、あんまり揺するな! まだ体調がっ……」
「……んだ」
初は、動きを止めた。
いまだうずくまったままの青涯が、切れ切れに言葉を紡ぐ。
絞り出すようなその声を、初は耳にした。
「……しのせいなんだ……わたし、の……わ……しが死なせた……みんな、みんな……わたしのせいなんだ……」
許しを請うように、あるいは懺悔するように。
青涯は後悔の言葉を吐き出し続けた。
次回の更新は、12月9日です。
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