暗闇2
注)多少のグロ描写がございますので、苦手な方はお気を付けください。
いきなり矢弾が飛んでくることもなく、無事境内へ進んだ初は、法堂の前で立ち止まった。
「此度の首謀者たちは、我らの手で捕らえました。罪人共の首は、すでに撥ねておりますのでご確認を」
義房は、台の上に並べた生首を示した。
青涯和尚を押込ていた者、寺の財貨を掠め取った者。
二十人を下らない者たちの首が、物言わぬ眼差しで初を見つめていた。
「おえっ──」
すでに空っぽになったはずの胃が震える。
うずくまりそうになった初を、直定の手が支えた。
「目を逸らすでない。お前も武門の娘ならば見届けよ」
首を振っても、直定の手は放してくれない。
逃げた者たちにも、追っ手を差し向けた。湊も関所も封鎖し、逃げ場はどこにもない。
罪人は必ず捕まえ、罪を償わせる──感情もなく、ただ淡々と告げる義房の声が、初にはひどく気持ち悪かった。
これだけ人を殺しておきながら、なぜそうも平然としていられる?
なぜ、こんなことが受け入れられる?
首実検を続ける直定も、それを見守る家臣たちも、初には信じ難い。
吐き気を飲み下し、懸命に不快感をこらえながら、初は周囲との疎外感に苦しみ続けた。
「大炊介様。首実検もよろしいですが、そろそろ」
おずおずと申し出た亀次郎に、直定はうなずいた。
「そうだな。青涯和尚とも話をせねば。和尚様は、こちらにおられるのだな?」
「は。奥の部屋にて、お休みいただいております」
「では、そこまで案内を」
傾きかけた初を、菊の手が支える。
消耗しきった初は、立っているだけでやっとだ。
「姫様、もうお休みになられては?」
蒼褪め、血の気が失せた初の顔を、菊が覗き込む。
その顔は、常にないほど心配の色をにじませていた。
どこか休める場所をと尋ねかけた菊は、初の手振りによって口を閉ざした。
「いい……行く」
「ですが」
「いいから……俺も、先生と話したい……」
眉根を寄せた菊は、強情を張る初に根負けした。
菊の手を借りながら、初はなんとか直定の後ろをついて歩く。
寺の僧侶たちが起居する僧房の入り口では、レイハンが所在なさげに立ち尽くしていた。
「和尚様は、いずこに?」
義房の問いかけに、レイハンは困り顔を向ける。
怪訝な顔をする直定を見やり、レイハンは躊躇いながら、
「それが……奥の部屋で休むから、誰も通すなとおっしゃられて……」
「和尚様も気を揉んでおられよう。今宵はご挨拶だけだと、お伝えくだされ」
直定の心遣いに、安堵した様子のレイハンは、ぱたぱたと廊下を駆けていく。
息を整え、なんとか体調を取り戻そうと試みていた初は、甲高い悲鳴に驚いた。
「ご免っ」
土足のまま僧房に踏み込んだ義房は、滑るような足取りで廊下を進む。
直定に続いて僧房に駆け込んだ初は、急いで青涯の部屋へと向かった。
「和尚様っ……青涯和尚様!」
レイハンの悲鳴が聞こえる中、義房は部屋の前で呆然としている。
嫌な予感に突き動かされるようにして、初は残った右目を見開く義房を押しのけた。
「和尚様っ!」
薄暗い部屋の中、レイハンは青涯の足にすがり付いて泣いている。
空中でぶらぶらと揺れる足に、初は動きを止めた。
天井の梁から垂らした帯で、青涯が首を吊っていた。
次回の更新は、12月6日です。
年末でバタバタしており、更新してもちょっと短めの話が続くかもしれませんがご容赦のほどを
<(_ _)>