安宅館攻防戦1
まず飛び出したのは、安宅勘右衛門信俊が率いる一党だった。
堀内兵が形成した針山のような槍衾に向かい、赤塗りの具足をまとった男たちが、一塊となって突撃する。
堀内勢が構えた槍は、皆、一間から一間半(約1.8~2.6メートル)ほどの比較的短い槍である。
船での移動に加えて、夜襲ではかさばる長柄槍は邪魔になる。速度を重視して、短い槍ばかり持ってきたことが、あだとなった。
長さ二間半(約4.5メートル)はある信俊の長柄槍が、堀内勢が作った槍衾を跳び越える。
柄の長さとしなりを生かし、加速した穂先の一撃は、堀内兵の頭を熟した瓜のように叩き潰した。
「続けぇいっ!」
「「「おおうっ!」」」
野太い声を上げた信俊の郎党たちが、息を合わせて長柄槍を振り上げる。
堀内兵が構えた槍を払いのけ、叩き落し、瞬く間に前列の陣が突き崩されていく。
「やらせるな! 槍組は、頭上にて穂先を合わせよ! 敵の槍を防ぐのじゃ!」
組頭の指示を受けて、堀内兵が槍を掲げる。隣り合う者どうし、槍の穂先を交差させ、叩きつけられる長柄槍を二人掛かりで受け止める。
前列の兵の後ろに位置していた弓組が、一斉に矢を構えた。
自分たちが狙われていると察した信俊は、その場で素早く膝をつくと、全身を地面に投げ出すようにして倒れ込んだ。
「撃てぇっ!」
先に発したのは、どちらの側だったか。
館の門前にずらりと並んだ女たちが、一斉に引き金を引き絞った。
信俊一党が倒れ伏した頭上を、赤い炎が舐め尽くす。
弦音をかき消すほどの轟音と閃光。堀内勢は目が眩み、明後日の方向に矢を解き放つ。
「槍上げぇっ!」
腹這いになった信俊は、素早く立ち上がると、再び長槍を振り上げる。
叩き、叩き、倒れ、撃ち。叩き、叩き、倒れ、撃つ。
もともと崩れかけていた陣形が、長槍と鉄砲によって、一気に突き崩される。
大きく開いた槍衾の隙間に、喜多七たち矢作村の衆は湧き立った。
「掛かれい、者共ぉ!」
館の門より、どっと矢作衆が溢れ出る。
崩壊した堀内勢の陣列に、喜多七は嬉々として槍を突き込んだ。
「そおら、お前ら! 姫様の前に道を開けんかっ!」
「爺さん、一人で前に出るな!」
「また腰をいわしても知らんぞ、喜多七ぃ!」
深入りしそうになった喜多七を、まわりの男たちが引っ掴む。
離せ離せとわめく喜多七を後ろに下げて、矢作衆は一気呵成に槍を振るった。
「喜多七の奴は大丈夫なのか、あれ?」
あちこちから、下がれ、前に出るなと小突きまわされる喜多七を、初は半眼で見やった。
本人は、まだまだ若いつもりなのだろうが、明らかに身体がついていっていない。
現に今も、槍に振り回されて倒れかけたところを、周囲に助けられている。
年甲斐もなくはしゃぐ老人ほど、見ていて痛々しいものもない。
これ以上放っておくと、喜多七よりまわりの人間のほうが危険だ。
初は、無謀な突撃を繰り返そうとする喜多七を手招きして、自分の傍に置くことにした。
「喜多七。悪いが、私の隣にいてくれ」
「なんとっ! この儂に、姫様の警護をお任せくだされるのですかっ!?」
ひとり感動に打ち震えている喜多七をよそに、初は眼前の戦いを注視した。
鉄砲を構えているのは、館の侍女たちだ。
籠城戦となれば、男も女も関係なく戦う時代である。武家の娘である侍女たちも、幼い頃から男に混じって武芸を習い、それなりの腕を身に着けている。
特に安宅家では、早期から鉄砲を取り入れていた関係で、射撃を得意とする者は多かった。
やはり腕力と体格の差があらわれる刀槍に比べ、鉄砲は誰が使っても一定の威力を保証してくれる。高価な硝石や鉛も、安宅家の財力ならば十分に確保できるので、練習量も豊富だ。安宅家の鉄砲隊は、女のほうが上手いという声すら上がっている。
女たちは、懐に入れた早合(原始的な薬莢)の封を切ると、素早く銃口に火薬と玉を注ぎ入れる。
発射しているのは、鉛玉ではない。塩を卵白と混ぜて突き固め、油紙で包んだ非殺傷弾だ。
館を囲んでいる者の中には、事情もよく知らないまま集まってきた領民も多い。彼らを傷つけるのに反対した初は、鉛よりも殺傷力の低い塩の弾丸を大急ぎで作り出した。
そのままでは発射の勢いに耐えられないので、塩と火薬の間に、木やボロ布を挟んで緩衝材代わりにしている。
槊杖を使って塩玉と火薬を押し固め、火皿に点火薬を入れると、女たちは再び鉄砲を構えた。
両腕の腕力だけで支える構造だった鉄砲も、初が柄の形状を改良して、肩でも支えられるようになっている。
現代のライフルに近づいた火縄銃を、女たちは堀内勢に向けて撃ち放った。
死なないとは言っても、当たれば相当に痛いし、骨が折れる可能性もある。敵を怯ませるだけなら、塩の弾丸でも十分な威力を発揮した。
ばたばたと倒れた堀内勢に、幾度目かの槍が突き込まれる。
信俊の一党が切り開き、鉄砲隊が広げた傷口へ、矢作衆や猟師、船頭、杣人の一団が抉り込む。単純な攻撃だが、それだけに戦慣れしていない人間でも、簡単に順応できた。
館の塀の上からは、戦に向かない者たちが、石を投げて援護している。
工人たちが作った投石機が焙烙玉を飛ばし、爆発に驚いた堀内勢の中には、腰を抜かしてへたり込む者まで現れた。
「頃合いじゃな」
陣列を乱した堀内勢を見て、直定は呟いた。
次回の更新は、11月15日です。
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