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遅くなりました<(_ _)>

「何をぐずぐずしておられるのですかっ!?」


 青峰は、激怒していた。


 せっかく館を取り囲んだというのに、堀内勢はそこから一歩も動けていない。それどころか、安宅家の反撃にあい、腰砕けになっている始末だった。


「相手は、こちらの半分にも満たないのですよ!? それもほとんどは百姓や漁師ばかり。力押しに出れば、たやすく打ち破れましょう!」

「そう簡単なはずがあるまい」


 堀内勢を率いる石垣又右衛門いしがきまたえもんは、青峰の怒声に鼻白んだ。


「こちらは兵を休ませる暇もなかったのだぞ? それでいきなり一戦しろと言われて、満足に動けると思うか?」

「ですから、先鋒は我ら海生寺衆にと申したではありませぬか! 貴殿が問題ないと仰られたから、我らは後ろに下がったのですぞ!?」


 押し黙る又右衛門に、青峰は舌打ちをこらえた。


 やはり付け焼刃の一揆(同盟の意味)では、うまくいかぬ。節を曲げて堀内家と手を結んだが、この関係は今回限りだろう。

 反撃に出た安宅勢を睨みつけて、青峰は忌々しげに親指の爪を噛んだ。


 九州で地盤を築いた青涯和尚が、紀伊に海生寺を築いて二十年余り。今や海生寺の勢力は、西国一帯に広まっている。


 遠く九州四国から信徒が集まり、絶大な影響力を持っているはずの青涯だが、その気性は温和に過ぎた。


 熊野別当家や一向宗から無理難題を吹っ掛けられても、頭を下げるばかりで怒る素振りすら見せない。それでつけ上がった相手が味をしめて、さらなる要求をしてくるのだ。


 このままでは、海生寺の財は邪な者たちによって貪りつくされる。瑞々しい枝葉を蝕む害虫たちを取り除くためには、海生寺の力を正しく振るわねばならない。


 義憤に駆られた青峰の想いには、多くの者たちが賛同した。


 仲間を集め、青涯和尚の教えを日ノ本全土に行き渡らせる。

 そう決意した矢先、思わぬ事態が生じた。安宅荘の領民たちが、安宅家の姫にのめり込み始めたのだ。


 最初は、奇妙なカラクリを作る変わり者の娘でしかなかった。それが瞬く間に、領民たちの支持を集めていった。


 以前は従順だった信徒たちが、青峰の言葉を疑い、そればかりか初姫の言に重きを置き始めたのだ。


(あの小娘を野放しにしておけば、我らは今度こそ安宅家に飲み込まれるっ……我ら坊主は、安宅家に手足の如く扱われよう!)


 自らの立場が揺らいでいては、海生寺をあるべき姿に立ち返らせることなどできぬ。


 なりふり構っていられなくなった青峰は、怨敵であるはずの堀内家と手を結んだ。大事を為すためには、仕方のない妥協だった。


 それが蓋を開けてみれば、この体たらく。役に立たぬ同盟者に、青峰の苛立ちは募った。


 館の正門から突き出された竹竿は、激しく炎を噴き出している。

 あれはたしか、火槍とかいう明国の武器だ。竹竿の先に火薬を詰め、敵に炎を浴びせかける。


 見た目は派手だが、武器として大した威力はない。

竹でも板でも、炎さえ防いでしまえば、どうということのない代物だ。


「すぐに大盾を持って押し出しなさいませ。館に乗り込んでしまえば、奴らなど簡単にっ」

「そう焦ることはあるまい。相手は袋のねずみ。ゆるりと構えておっても、そのうち向こうのほうから降伏して来るであろうよ」


 悠長な又右衛門を見限り、青峰は踵を返した。


 堀内家は当てにならぬ。あとは自分たちでやるしか──


「裏門じゃ! 裏門から、安宅家の姫が逃げたぞーっ!?」


 引き連れてきた海生寺衆に指示を下そうとした青峰は、その声には顔を跳ね上げた。


 館を囲む堀内勢が、ざわついている。


 初姫を狙っているのは、堀内家も同じだ。その知恵によって莫大な富を生み出すと噂される初姫を手に入れようと、周辺の領主たちは、あの手この手で競い合っている。


「おのれ、こちらは囮であったか!」


 堀内勢を率いる又右衛門は、憎々しげに吠えた。


 なぜ安宅家は、塩玉を撃つなどという真似をしたのか?


 今ならばわかる。おそらく鉛玉の類は、畠山家の軍勢にいる本隊が持って行ってしまったのだろう。


 兵糧も武具も足りないとなれば、あとは逃げるしかない。

 そのためには、こちらを混乱させる必要がある。


 鉄砲に適当なものを詰めて撃ち放ち、堀内家の注意を引き付ける。

 その隙に、安宅家の一族を逃がすのが、奴らの策だ。


「浅知恵を。この程度のことで、我らが騙せると思うてか!」


 又右衛門は、素早く軍勢の一部を動かした。


 正門は囮だ。大将首は、裏門から逃げ出した者たちの中にいるに違いない。

 主君の氏虎うじとらからは、安宅家の姫を無傷で捕らえよと厳命されている。


 大将首に、美姫と名高い安宅家の娘。二つの手柄を目指して、目ざとい者たちはすでに走り出していた。


「いかん! すぐに姫を捕らえるのじゃ!」


 青峰は、衆人たちの尻を叩いて送り出す。


 初姫を、堀内家の手に渡すわけにはいかない。あの姫の知恵が熊野別当に奪われれば、海生寺の地位とて盤石ではなくなる。


 堀内勢を押しのけ、裏門に殺到しようとした衆人たちは、そこで信じられぬ声を聞いた。


「こっちじゃ! 安宅家の姫は、こっちにおるぞ!」

「なにっ!?」


 正門側から響いた声に、青峰は足を止める。


 裏門のほうは影武者だったか。いや、そう思わせておいて、正門のほうこそ影武者かもしれない。


 どちらへ兵を送るべきか。


 迷う青峰と又兵衛の耳に、またしても別の声が届いた。


「おい、こっちで姫を捕らえたぞ!」

「待て、あそこじゃ! 武家屋敷の屋根の上! あそこにも人がっ!」

「何をしておる! 安宅家の者たちならば、すでに川湊へ向かっておるぞ!?」


 あちらこちらから上がる報告に、青峰は焦った。


 してやられた! 奴ら、影武者を四方八方に放って、こちらを混乱させるつもりだ。


 貴人、下種げすを問わず、追いつめられた者たちがとる常套手段である。

 堀内家の兵たちは、初姫はおろか安宅直定あたぎなおさだの顔も知らない。普段接する機会がない以上、それらしい格好をした者なら、皆、同じに見えてしまう。


 あっちに安宅家の姫がいる。いやこっちだ。違うこっちが本物だと、そこから中から上がる報告に、堀内勢は浮足立った。


 この暗闇の中では、顔を確認するのもままならない。

 四方八方に放たれた囮に翻弄され、館を取り囲んだ兵たちは、大混乱に陥った。


「うろたえるでない! 本物は一人じゃ! 館から出た者は、残らず引っ捕らえよ! 私が全員の顔を確認する!」


 海生寺衆に指示を飛ばした青峰は、正面から聞こえた喚声に、はっとする。


 館の門には、槍を構えた人間たちがずらりと並んでいた。


「奴ら、打って出るつもりかっ!?」


 闇を引き裂くような鬨の声が、熊野の山々にこだました。

次回の更新は、11月12日です。


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