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宴会

思ったより、長くなった……。

「姫様!」


 喜多七きたしちの態度に辟易していた初は、背中から伝わる柔らかな感触に驚いた。


「おお、りん! どうしたんだ、こんなところで?」


 初は、抱きついてきた娘の頭を撫でた。六歳くらいの娘は、くすぐったそうに顔をほころばせる。


 凛は、盲目の娘だった。


 目が見えないため、普段から杖を突いて歩いている。そのため、よく近所の子供に杖を取り上げられて、虐められていた。

 たまたまその現場を目撃した初は、この辺りのガキ大将らしき相手を目掛けて、ドロップキックをかました。


 現代で、実家の弟妹たちを守るため、度々こぶしを振るってきた経験が生きた。

 そのままマウントを取った初は、子分共々、ガキ大将をひと通りボコボコにしてから、二度とやらないと誓わせて追い払ったのである。

 以来、凛は初を姉のように慕い、初もまた健気な凛を可愛がっていた。


「姫様。お久しゅうございますな」

「なんだ、蜘蛛丸くもまるさんも一緒か」


 凛を高い高いしていた初は、髭面の小男に振り向いた。


 肩幅の広いがっしりとした体躯に、全身毛むくじゃら。粗末な衣を身に付けた外見は、ほとんど山賊のようである。これで凛の父親だというのだから、世の中わからないものだ。


「今朝方、鳩が獲れましてな。ちょうど御館へ持って行くところで」


 蜘蛛丸は、紐で肩からぶら下げた獲物を持ち上げた。

 キジバトだ。夏が旬の鳥だけあって、なかなかに肥えている。それが二羽も。


「姫様は、お身体が弱いですからな。この雉で、精を付けていただこうと思いまして」


 気遣わしげな蜘蛛丸に、初は苦笑した。


 昨年まで、初は良く熱を出して寝込んでいた。


 別に、身体が弱いというわけでもなかったが、慣れない環境に体調を崩すことが多かったのである。


「それに、姫様には立派な轆轤ろくろを作っていただきましたからな。そのお礼でございます」

「そういえば、あの旋盤の具合はどうです? どっか不具合は出てませんかね?」


 凛の頬を揉んでやりながら、初は蜘蛛丸に問いかけた。


 蜘蛛丸は、安宅荘でも一番の猟師だが、猟だけで生計を立てているわけではない。

 狩猟は秋から春先くらいが最盛期で、それ以外の時期は、もっぱら木地師(現代でいうところの木工職人)として暮らしている。


 この時代の木地師は、山で製品を作るために木材を伐採し、木を伐り尽すと別の土地へ移動する。


 蜘蛛丸も昔は、そういう生活をしていたらしい。だが奥さんを亡くし、まだ幼い凛を抱えていたため、矢代村に一時定住することを決めた。その際、問題になったのが轆轤だ。


 木地師が使う轆轤は、簡単に持ち運べるよう、かなり原始的なつくりをしている。手足で蹴ったり、轆轤に巻きつけた縄を交互に引っ張って動かしたりと、二人以上でないと作業が難しい。だから、たいていの木地師は、夫婦で仕事をしている。


 蜘蛛丸は、奥さんが回す轆轤を使って仕事をしてきたため、新たに轆轤を回してくれる相手を探す必要があった。だが、凛はまだ幼いし、そもそも轆轤回しには熟練した技術が必要だ。


 仕方なく蜘蛛丸が農作業の手伝いをしたり、海へ漁に出ていると凛から聞かされた初は、一人でも使える旋盤を考案した。

 別に、難しい構造ではない。以前ネットで見かけた、はずみ車を使った足踏み式の仕組みを作っただけだ。


「とと様は、家にいる時間が増えました! 姫様が作ってくれた“せんばん”を使うようになってから、毎日一緒にいてくれます!」


 凛が、嬉しそうに告げる。

 蜘蛛丸は、照れ臭そうに鼻の頭を掻きながら、


「この子を一人で残していくのは、やはり心配でしたからな。それに、あの轆轤のお陰で、暮らし向きも良くなりました。姫様には、何と感謝申し上げればよいか」

「別にいいって。蜘蛛丸さんには、いつも獲物を分けてもらってるんだから。それより、これから宴会なんだ。二人も、参加していきなよ」


 初は、お小遣いとして持たされている銭で、蜘蛛丸からキジバトを買い取った。


 キジバトは、現代でもジビエの高級食材だ。祝いの席には、もってこいの材料である。


 桶に汲んだ水で手を洗いながら、ふと、初は手にした石鹸に目を落とした。


 戦国時代に来て一番驚いたのは、石鹸があることだった。

 意外に公衆衛生の概念が発達しており、食事の前や農作業を終えた後などには、皆ちゃんと手を洗っている。


 凛の手も洗ってやり、村人から包丁を借りた初は、材料を前に思案した。


 矢代村の百姓は、農業以外にも生計を持っている者が多い。林業や養蚕業、畜産業。水田で淡水魚の養殖を行っている者もいる。

 村の中は、ヤギやガチョウ、アヒル、ウサギが歩き回り、食材の種類は実に多彩だ。


(雉は、そのまま煮ても焼いても美味いけど、この人数だしな。かさ増ししないと全員の口に行き渡らないし)


「ひ、姫様っ!」


 あれこれ考えていた初のもとに、村の子供たちがやってきた。


 顔を真っ赤にしているのは、ガキ大将の幸吉こうきちだ。


 凛が着物の袖を、ぎゅっと握ってくる。まだ虐められた時の記憶が、薄れていないのだろう。


 初に殴られて以来、すっかり大人しくなった幸吉は、何やら思いつめた顔をしていた。

 初が見つめると、さっと視線を逸らせる。

 仲間に背後から小突かれ「ほら、行けって」「姫様、待ってるぞ」「馬鹿、押すな!?」


 眉根を寄せる初の前に、おずおずと進み出た幸吉は、


「こ、これ……」

「ん、山菜か?」


 初は、笊にいっぱい盛られた山菜を受け取った。


 ワラビ、ヤマウド、ウワバミソウなど、どれも新鮮で、あく抜きも終わっている。


「昨日、皆で採ってきて……」


 もじもじと語る幸吉を尻目に、頭の中で計算をめぐらせた初は、一つ頷くと、


「よし、釜飯にしよう!」


 二羽のキジバトでも、キノコや山菜と一緒に炊き込めば、かなりの量になる。雉の出汁が染み込んだ米は、それだけでもおかずになるはずだ。


「ありがとな、幸吉!」


 初に肩を叩かれた途端、幸吉は白目を剥いて倒れた。


 そこまで怖がらなくてもいいだろうに。茹蛸のようになった幸吉を、仲間たちが運んでいく様に、初は口をへの字に結んだ。


 ちょっと脅しすぎたか。しかし、女の子を虐めるのは、どう考えたって良くない。


 ひとまず幸吉のことは置いておいて、初は釜飯の準備に取り掛かった。


 ため池の側では、蜘蛛丸がキジバトを捌いている。

 

 血抜きをし、羽根をむしると、綺麗な赤身肉が現れる。

 キジバトの腹を割いた蜘蛛丸は、掻き出した内臓を丁寧に筵でくるんだ。


 あとで肥料にでもするのか。

 

 蜘蛛丸は、背後から手元を覗き込む初に気付いて「しまった!」という顔をした。しかし、それは一瞬のことで、すぐに平静を取り戻すと、


「できましたぞ、姫様。これで上手い飯を作ってくだされ」

「おう、まかせとけ!」


 キジバトを各部位ごとに捌いて酒に漬け、下処理を済ませる。

 洗った米に、山で採れたキノコ、山菜、雉の肉を入れ、最後にキジバトのガラからとった出汁に醤油と酒を加えて、初は釜飯を炊き上げた。


「よし、できたぞ!」


 村人に手伝ってもらい、釜ごと広場に持っていく。


 すでに酒盛りを始めている者もいる中、初は釜の蓋を開いた。


 キジバトの肉が持つ芳醇な香りが、あたりに広がる。初が声をかけるまでもなく、続々と集まってきた村人たちが我も我もと手を伸ばすので、釜飯はあっという間に減っていった。


「おい、待て。俺の食べる分がなくなるから! お前ら、ちっとは遠慮しろ!」


 何とか自分の分を確保して、初は席に着いた。

 大量の料理を皆で囲み、喜多七の号令で手を合わせる。


「皆、用意は良いな? それでは、与えられた恵みと、我らがいただく命に感謝して」


 いただきます!


 唱和を終えると、宴会が始まった。

 それぞれに器を持った村人たちが、めいめい好きなものを取り分けていく。


 初はまず、キジバトの釜飯に口をつけた。


 キジバトは赤身が主体だが、旬の夏は脂ものっている。口に含むと、どこかコンフィにも似た濃厚な味が広がり、身はしっとりとして柔らかい。そこに山菜の食感が加わって、舌を楽しませてくれる。


「姫様、これもおいしいです!」


 凛が、箸に刺したゴボウの煮つけを差し出してきた。


 この時代に来て良かったと思える数少ない点が野菜だ。

 百姓が育てているのは、現代のようなF1品種でなく、いわゆる伝統野菜ばかり。初が知らないような品種も多く、それこそ各農家ごとに独自の野菜があるといってもいい。特に安宅荘の野菜は出来が良く、都でも評判だという話だ。


 初は、凛の手をとってゴボウを口にした。


 口の中に広がる強い土の風味。歯応えはどっしりとして、噛めば噛むほど味が出てくる。

 癖は強いが、調理次第でいくらでも化けそうな素材だ。豚肉と和えたり、ペーストにしてバゲットに塗っても旨いかもしれない。


「安宅荘は、恵まれておりますなぁ」


 杯を干した喜多七が、しみじみとした声で呟いた。

 すでに六杯目である。かなり酒が回っている様子で、喜多七の頬は緩く上気していた。


「和尚様といい、姫様といい。安宅荘には、儂らに知恵を授けてくださるお方が、二人もいらっしゃる。ほんに嬉しいことじゃ」

「和尚様?」


 凛の口元を拭っていた初は、喜多七の言葉に問い返した。


 喜多七は、手酌で酒を注ぎながら、


海生寺かいせいじ青崖せいがい和尚でございます。こんな田舎にはもったいないほどの、徳を積まれたお方でして」


 喜多七によれば、日置川をさかのぼった先に、神宮寺じんぐうじと呼ばれる土地がある。

 昔は、その名のとおり寺があったらしいが、長らく放置され、ただの荒地となっていた。そこに新たな寺を建て、海生寺と名づけたのが青崖和尚である。


「若い頃は、明で修行なされたそうで。それはもう、多くの知識を蓄えていなさるお方じゃ」


 揚水風車も、もとは青崖和尚の知恵らしい。

 他にも、水田を石垣で囲う方法や、養蜂、ヤギやウサギ、豚の飼い方。キノコの栽培方法に、綿花の導入。効率的な田植えの仕方や、使いやすい犂の考案まで。


 青崖和尚の知恵は枯れない泉のごとく。次々と安宅荘の領民の生活を改善し、喜多七たちの暮らしを豊かにしていったという。


「それだけではありませぬ。しばらくすると、安宅の産物を目当てに、多くの商人が集まるようになりましてな。それまで儂らの商売といえば、熊野詣にやってくる者たちを相手に、細々と物を売るばかり。それも、かつてほどの賑わいは失われておりました。それが今では、都の御大臣様まで儂らの作った品を求めておられる。まさに、夢のような話でして」

「まさにまさに」

「青崖和尚様、様様じゃ。儂ら皆、和尚様には足を向けて寝られんわい」


 周囲の者たちも、口々に青崖和尚を誉めそやす。


 いまや青崖和尚の名は、近隣諸国にまで響き渡り、その徳を慕って大勢の者たちが教えを授けてもらいにやってくるらしい。中には、異国からの客人もいるとか。


「そういえば、日置浦には外国人が多かったな」


 初は、日置浦に泊まっている舟を思い出した。

 蛋民たんみんといったか。舟で生活しながら、あちこちを行き来する人々だと聞いている。たしかイサザの父親が、蛋民だったはずだ。


「先代のご領主様がなくなられた折には、それはもう気を揉んだものでございます。畠山の殿様は、しょっちゅう戦をなさるしで、一時はどうなることかと」

「ほんにほんに。我らの暮らしが立ち行くようになったのも、すべては青涯殿の計らいあってのことよ」


 初は、不意に現れた老人に、茶碗を落としそうになった。

あと一回だけ続きます!



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