表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

始まり


――幼いころからの親友がいた。


――その子は、花の精霊。


――そして俺は、精霊使い。


――使い、使われの関係。


――彼女は……ある日。




――俺の前から、姿を消した。

















バスに揺られること2時間。

田舎の町から中心街に出るのは、子どもの頃以来だ。


精霊と共存する国、ここカタリアでは、総人口の半分が精霊を使役している。

それは、闘技のために使われたり、家事を手伝ってもらうために使われたりと様々だが、決して精霊は奴隷というわけではなく、あくまでもパートナーとして対等に接している。それがこの国のルールであり、精霊と付き合う上での最低限のマナーだ。


家を出る前に母から渡されたキャラメルを口に放り込んだ。ちょっと苦みの残る、母手作りのキャラメルで、俺は昔からこの味が好きだった。


高山育ちの精霊使い。今は亡き父の模倣だったが、要領はそれなりに良かったので、成人とともに称号を受け取った。首元に精霊使いの証として自分の名前が彫られたのを見て無邪気に喜んだのを覚えている。






――1週間前、夜。


「だから、うちの集落の精霊が『時間泥棒』の被害に遭ったんだよ!!!」


俺は、中心街にいた。

正式には、警察署に。


目の前の中年の警察官は、冷たく興味の薄い目つきで俺を一瞥し、小さく舌打ちを洩らしてまた手元の書類に目を落とした。


「はいはい。ちゃーんとその時間泥棒(都市伝説)、調査しといてあげますからね。だからもう帰って」


この言い方。完全に探す気ないだろう。

唇を噛み締めながら、「でもっ……」と俺は食い下がる。


「ユーカが……俺の契約精霊(パートナー)が、見えねえんだよ……」


なおも食い下がる俺にさすがに苛立ってきたのか、警察官は立ち上がり、「あのねえ」と声を荒げた。


「こっちは仕事してるんだよ! わけのわからないこと言って邪魔しないでくれ!」


それ以降、どんなに俺が話しかけても、警察官は取り合ってくれなかった。



ユーカは、幼馴染、そして精霊使いの俺と成人するとともに契約した契約精霊(パートナー)だ。

種族は花。花魔法と呼ばれる、応用を利かせやすい強力な魔法を操り、戦闘から病気の治療まで何でもこなす精霊で、しかも彼女は数少ない純血の家系。


そんな彼女は、ある日姿を消した。

村から、忽然と。

それどころか、みんな、ユーカという精霊の存在は知っているのに、彼女と関わった記憶がないという奇妙な感覚に襲われたのだ。


そんな話を、どこかで聞いたことがあった。


時間泥棒。ある人物と、その人物と関わった他の人との時間を盗み、関われなくするという超人的な能力を持つ犯罪者。時間泥棒の被害に遭うと、その人物は他の人と同じ時間を過ごせなくなってしまう。


まさしく、ユーカと同じ状況だった。


ただ、この時間泥棒の話はほとんど都市伝説のようなもので、警察はともかく、普通の大人さえも取り合ってくれず、自分で何とかするしかなかった。





バスを降りると、くらりとした眩暈に似た感覚に襲われた。


昔から、バスは苦手だ。すぐ気分が悪くなるし、そのうえ長く乗っていなければならないから、ずっと我慢していないといけない。子どもの頃はそれが嫌で、よく街に出るのを嫌がったものだ。


鳩尾の不快感を紛らわすように辺りを見渡す。たしか目印は、白い風見鶏。

……あった。


風見鶏の店の扉を開けて、中に入ると、初老の店主がにっこりと微笑んだ。辺りにはアンティークな小物がたくさん並べられている。どうやら表向きは、アンティークショップらしい。


「いらっしゃいませ。どのような品をお探しですか」


「精霊使いです。ここで精霊を貸してもらえると聞いたんですが」


首元の『ハク』の文字を見せながら言うと、店主は「ああ」と納得したように頷いた。


「ミヤの息子さんでしたか。これは失礼。どうぞこちらへ」


ミヤとは、俺の父の名だ。


店主は奥の扉を開き、入るよう促した。遠慮なく入らせてもらうと、十数人の子どもたちがパッとこちらを振り向いた。


カタリアでは、精霊と人間との結婚は基本承認されている。だからこそユーカのような純血の精霊は希少価値が上がるのだが、それゆえに、不慮の事故(・・・・・)で産み落とされた混血の精霊が捨てられるケースが多発している。


本来、親が生んだ子どもを育てるのは当たり前のことだ。それは人間においても、精霊においても、子どもを生むにあたって守らなければいけない最大のルールであり、子どもを幸せにするための最低限の条件だと思う。


しかし、精霊と人間の混血、さらにそれが望まぬものだった場合、非常に厄介なこととなる。


カタリアの国民登録には精霊の種類、割合、先祖など様々な記載が必要で、それを1人や2人で行うのには無理があり、通常は親戚総動員で手伝ってもらう作業となる。

しかしそれが望まぬものだった場合、親戚はおろか、親にすら反対されてしまうかもしれない。

もちろん国民登録をせず、隠して育てるといった選択肢もないことはないが、もし見つかった場合には、20年以上の懲役が科せられることに法律で決まっている。


そういった事情から、混血の捨て子は後を絶たない。


ところが、カタリアにはこんな制度がある。


『捨て子を広って育てる場合、国民登録は簡易となる。』


孤児院制度だ。


捨てられた子どもを拾い、家で自分の家で育てる。その場合には、当然、国民登録に必要な細かい記述などできない。

だから、もし捨て子を拾ってくれるのなら、簡易の手続きでいいよ。そういうやつだ。


そしてこの、父の古い知り合いである初老の店主は、その第一人者であり、捨てられた子どもたちを拾って育て、契約精霊(パートナー)のいない精霊使いにレンタルしているのだ。


「……それで、どういった精霊をお探しで?」


「戦えるやつが欲しいです。できれば、獣系の精霊……いますか?」


獣系の精霊は希少価値がかなり高い。さすがにいないかもしれない。


そう思いながらリクエストすると、店主は「ちょっとお待ちくださいね」とにこりと微笑み、階段の側まで歩いていき、「キョウ!」と呼んだ。


すると、上の階からパタパタと駆ける足音がして、ひょこっと小さな女の子が顔を出した。

小さいといっても小柄なだけで、見た感じ14、5歳。まるで蜘蛛の巣を束ねたかのような、細く柔らかそうな白髪を腰まで垂らし、ラズベリー色の大きな猫目をきょとんとこちらに向けている。


「……種族は猫。混血なので獣系にしては戦闘能力はかなり低いですが、クライアント様のご要望でしたら、うちの子達の中では一番当てはまるかと」


猫。戦闘向きである獣系の精霊の中でも特にすばしっこく、霊力も高い種族だ。混血にせよ、かなり役に立ってくれそうだ。


「いいんですか」


「満足されるのでしたら」


「では、彼女で」


店主の手の平に金貨を乗せると、「ちょうど戴きました」と店主はまた微笑み、少女に視線を戻した。


「キョウ。お前がレンタルされることになったよ。しばらくの間、彼にお世話になりなさい」


キョウというらしいその少女は、その場で慌ててぺこりと頭を下げた。準備してきなさいと言われると、素直に戻っていく。


……なかなか従順そうな子だ。精霊をレンタルするなんてと思ったが、意外と上手くやれそうな気がする。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ