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007 追跡

◆□◆007―A それが、私たちのリベンジ


<バビロン>が、丹穂亜咲実を乗せた列車の駅に到着する予想時刻と、ここから車で迎えに行ったときの予想時刻が一致したことを告げた。


<バビロン>はスマホにできることしかできない。だが、様々なプロセスを省略することができるのが便利である。

現時点では便利家電よりも一歩上をいっているが、10年経てば多くの家電が<バビロン>の性能を超えるだろう。

そうなる前に<バビロン>をアップデートしたいものだが、カード化したものを物質に還元する方法はまだ不明である。


「ま、<複製:レプリカ>以外手持ちのカードが増えてない現状じゃあ、悩んだって仕方がない。想像で言えるのは、物質に還元するための<概念具現化>のカードと、還元のための触媒となる物質が必要だろうな、ってことくらいだ。<バビロン>、録音してくれたかい?」

「動画です」


機械仕掛けの天使は、いつだって澄まし顔だ。

「ハハ、<バビロン>は愉快だね」

蔵人はエンジンをかけながら言った。

「ほめられたね、<バビロン>。よしよし、あざみちゃんが乗るとこないって困るだろうから、しばらくカードに戻っといていいよ」


駅まで向かう間、カードの考察は続く。

「どんなカードが最強なんやろうね。<時間停止>とか?」

喜久恵は助手席で聞いた。

「強すぎる力はしっぺ返しがひどいんだ。制御できるならそれこそすごいが」

「できひんかったらどうなるん?」

「そりゃあ色々あるだろうな。時間が止まるってことは自分以外の全てが止まるんだろ? 周りの空気も止まることになるな。みっちりと詰まった空気の中は、きっとセメントや水溶き片栗粉の中を泳ぐようだぜ」


「セメントはイヤだけど、片栗粉なら何とか泳げそうやない?」

喜久恵のジェスチャーを横目で見て蔵人は微笑む。

「ダイラタンシー流体の代表だぜ? 水溶き片栗粉は。思いっきり動こうとするとがっちがちに固まるんだ。だが、ゆっくりゆっくりとなら動ける。息を止めていられる時間内でゆっくり動いて最強になるためにはもう少し工夫が必要そうだ。同じ理屈で言えば、<ミクロ化>とかもだいぶきついとは思うな」

「せやなあ。最強のカードができたら<複製>しよ思うたんよ。クランちゃんの<反射>は?」


「<反射>を<アンサイジング>したときに、おめえとIP繋いだまま会話してなかったら、おいらは光すら届かない世界でいまだにもがいてただろうな」

「一長一短ってことやな」


後部座席で元気よく莉愛が手を挙げる。

「<満腹>ってカード使ったらダイエットできると思いますか!」

「なんで、リアがダイエットせなあかんの? ウチの半分くらいやろ」

莉愛は、「もっと軽い」と言いそうになったのを危ういところで飲み込んだ。

「お年頃なのさ」

蔵人が助け舟を出す。

「<満腹>を使えば空腹感は消える。ただし、止めればやっぱり腹が減る。それでも<満腹>を使えば、膨満感や吐き気を感じながらも食わずには済む。しかし、本来感じるべき空腹感をねじ伏せてるんだ。使いっ放しにすれば、身体に異常が現れるだろう。頬はこけ、目は落ちくぼみ、ギョロりとむきだした眼は爛々と輝く反面、髪は痩せ、肌は荒れ、胃は爛れ、リア、キミは今の美しさを失う。カードに頼るよりは、今まで通りちゃんと飯を食って、たくさん運動しようぜ」


カレーをあっという間に食べ終わったのも、容姿を気にしてのことだったのだろう。異世界では気にならなかった部分も何かと目に付いてしまうのだろう。

「分かった」


言葉とは裏腹に納得いっていないらしい。

蔵人から見ても、喜久恵から見ても、莉愛はアイドルのように可愛い。だが、言ってほしい人物に「お前は可愛い、キミは素敵だ、とても美しい」と言ってもらわなければ意味がないのだ。

その言葉を言ってくれる相手は異世界の彼方にいる。


蔵人はため息をつく。

「ユイがボヤいてたの思い出しちまった。リアがもうちょい抱き心地がよければっつってたのを」

「ちょっと、にゃあちゃ―――クランちゃん!」

助手席の喜久恵が蔵人の肩をどつく。

「危っ!!」


蔵人はハンドルを握り直して、ミラーで後部座席の様子をちらりと見る。

莉愛の目はキラキラと輝いている。

「にゃあしゃま、今日おかふぁりしても、ぜったいに止めないでね」

莉愛の呂律が回ってない。ドーパミンが大放出しているらしい。ユイ効果は絶大だ。

蔵人もここまでの反応があるとは思っていなかった。

「お、おう」


駅に到着するのと丹穂亜咲実が姿を見せるのはほとんど同時だった。亜咲実が胸元で軽く手を挙げる。


「やあ、にゃあちゃん。ごめん、リア介、キャリーケースぶつけた。ムダ乳、相変わらず乳でかいな。触らせろ」

「会って早々セクハラかい! このナマケ狐!」

シートとドアの隙間から差し伸ばしてきた亜咲実の手をバチンと叩く喜久恵。


「つれないよなー。なあ、リア介」

莉愛の膝を撫でながら喋る亜咲実。ぼうっとしている莉愛。

「あじゃみちゃーん。れんれんなんともにゃいよー」

「おいおいおいおい! にゃあちゃん! なんでリア介アヘってんの?」

莉愛の目の前で手を振る亜咲実。うっとりと微笑む莉愛。

「やべぇよ。精神、異世界にぶっ飛んでるよ! にゃあちゃん、どうなってんだ?」

蔵人は頭を掻く。

「会いたくて会いたくて震えるよりはマシなんじゃないか? たんぽぽー、膝枕でもしてやってくれ」


基地に戻るまでの間、異世界最後の戦闘の話になった。

地球世界への放逐を回避する手があったのか、攻略には何が足りなかったか語り合った。勝つために必要な装備、消耗品、魔法、布陣、戦略について意見をぶつけ合った。


そして、現状について語り合った。

「たんぽぽ。リベンジしたいか」

「もちろん。負けたまんま終われないっしょ」

「平和なこの世界を引っ掻き回すことになってもか?」

蔵人には何か明確なイメージがあるのかもしれない。彼はあっちの世界でも、常に二手先三手先の図を描き続けていた。


「ウチは、何かこのままでもええ気はするんよ」

温厚な喜久恵は助手席のシートに深く身体を沈めてそう言った。

「クランちゃん、地球世界への帰還を最初から頭に入れとったんよね。敵が己の求めていた資源を使ってでも、ウチらを強制送還する手を打ってくる可能性も当然考えとった。やろ?」


蔵人は答えない。

亜咲実がヒートアップする。

「だからって、まだ向こうで戦ってるやつもいるかも知れないのに、自分たちだけ地球世界に帰れましたからさようならーとか言ってていいのかってことだろ、ムダ乳ぃ! 自分の分のアイテムゲットしたから、レイド途中で抜けまーす、お先ーとかいうやつ一番許せねぇっしょ! アタシらそんなクズプレイヤーの集まりだったのか? 【工房ハナノナ】ってギルドはよー!」


喜久恵は冷静に黄信号で止まるよう蔵人に合図を送る。

「このままでいいってのは何もしなくていいってことやないんよ。ウチらにはウチらの戦いがあるんやないかってことよ」

喜久恵はいう。

「クランちゃん―――、いや、にゃあちゃんは、こないなことを言ってたことがあんね。『この世界からログアウトしてリセットボタンを押す』って。今がそのときなんやないかな。異世界に戻って戦うんやのうて、今、この世界で戦うことがにゃあちゃんが考えとった筋なんやないかな。ウチはサブギルとしてギルマスの考えを支持したい」


莉愛がのそりと起き上がって言った。

「私は、ユイを救いたい。でも何でもいいから異世界に戻りたいっていうわけではないの。きっと、ユイは巨大な卵の内から、今も必死に殻を破る戦いをしているのだと思う。私たちはこちら側から卵の殻を割る戦いを始めればいいんだと思う」

莉亜の目は真剣さがあふれていた。


「それが、私たちのリベンジ」


その言葉が亜咲実に届いたかは疑問である。突如莉愛の背後に現れた<バビロン>の姿を見て驚いていたからだ。


「リア介、アンタ一体何飼ってんだ?」



◆□◆007―B 亜咲実のカード


「もう、<追跡>しか考えられんわ」


亜咲実は言った。

蔵人たちは、基地に到着すると【ドロップアウトスター現象】について説明した。


・ある言葉を口にすると、<擬神化><肉体強化><概念具現化>のいずれかの形で、カード化が始まること。

・その効力を得るには<アンサイジングコード>が必要であること。

・効力を解除するには<アンサイジングコード>を逆に唱える必要があること。

・この現象が起きるのは<魔力細胞>をもつ<帰還者>だけと考えられること。

・現在、8枚のカードを有しており、既に3枚作成した蔵人が<複製:レプリカ>を作成しようとしても作れなかったこと。

・ニュースに出た男と戦闘になったこと。

・カードの使用には適正があるだろうということ。


それらを亜咲実はカレーを食べながら聞いた。何かを処理しながらの方が亜咲実が集中するというのは、これまで異世界で理解していたが、蔵人は微笑まずにいられなかった。


<追跡>がいいと亜咲実が言ったのは、そこまでの説明か終わってすぐのことだった。

「あんた、もうちょい考えたりせぇへんの?」

「いや、今もうそれしか考えられん」


蔵人は案外それで良いのではないかと思った。

莉愛にしろ喜久恵にしろ、上手く使いこなしているものは、全くの偶然で産み出されたものや追い詰められて産み出さざるを得なかったものなのだ。

熟考したから手に馴染むといったものではないようだ。

話し合いをするのは、方針が決まらぬままに無駄づくりしてしまうのを防ぐためだ。仲間に有益なものを作れなどと言うつもりはさらさらない。


「にゃあちゃん。作り方は分かった! 作ってる時って何考えたらいい?」

亜咲実は腕まくりし始めた。早速創る気だ。


「そうだなぁ。光・波・音、様々なものが跳ね返る鏡のようなものを想像した。その鏡に色んな物を反射させた。ありとあらゆるものだ。風・水・炎・雷・熱・鉄球・怨霊・悪意・剣や弓の攻撃・・・その鏡のようなものが、球状に自分を包んでいくのを想像した。5秒だろうか、もっと長かっただろうか。気づいた時にはもう出来上がってたよ」


「なんでも反射する鏡か。じゃあアタシは、あらゆる複雑なものを辿って一点に辿り着くイメージね。道路網、血管網、基盤、サイバー空間、人間関係、物流、経済、足跡、タイヤ痕、煙、気象、駅から吐き出された人の群れ、噂、感染、バタフライ効果・・・いけそう、いやいける」


亜咲実は手首を重ねて額に当てる。目を閉じて集中する。小さく呟く。亜咲実の周りにキラキラとした粒が現れ始めた。粒が集まって虹色に輝き始める。渦を成して紋様を描くと強く光った。そして、静かに光は止む。


カードが机の上に出現した。

「<追跡:トラック>を生成しました。<アンサイジング>しますか? はい/いいえ」


「はい!」

<概念具現化>のカードは、<アンサイジングコード>の入力を必要としない代わりに、すぐに使用するかどうか選択を求められる。

蔵人は全身を包むように<反射:リフレクタ>を<アンサイジング>したため、真っ暗闇の世界に投獄されてしまうところだった。だから、生成直後の使用は止めなければならないと思っていたのだが、亜咲実の行動は思った以上に早く、使用を止められなかった。


「ん、何も起きないよ?」


蔵人が亜咲実の顔を引き寄せて見る。目や瞳孔に異常はない。耳の横で指を擦る。

「聞こえるか?」

「ショリショリ言ってる」


五感に異常はなさそうだから、追跡対象を決めると発動するのかもしれない。


「<アチェンジズノッゴナカム>」


蔵人は<宗麟>を<アンサイジング>する。

「たんぽぽ、スケボー乗れるか」

「もち」

「目を瞑ってたらどうだ?」

「やってみる」


目を瞑ったままワニのような姿のボードに立つ亜咲実。莉愛や喜久恵より上手に乗っている。

「リアー、レンー。ふたりともかくれんぼに付き合ってくれー」


それを聞いたふたりは楽しそうに動き回り、莉愛は押し入れへ、喜久恵はトイレに隠れた。


「よし、たんぽぽ。目を開けてくれ。じゃあレンがどこに隠れたか探してくれ」

「了解!」


返事をした瞬間に、脚のないワニのような姿の<宗麟>が進み始める。匂いを追跡しているのか、床に伝わった熱を感知しているのか、はたまた残留思念を辿っているのかはわからないが、<宗麟>は亜咲実を乗せたまま九畳間まで移動した。

ここまで喜久恵の歩いたコースを正確に追跡している。誰かの記憶や目の動きを読み取っているとも考えられたが、襖を越えて廊下に出てからの喜久恵の動きは誰の目にも触れていないのだから、トイレに隠れていることを見破れるはずがない。


廊下から「ここだってー」という亜咲実の声が聞こえた。廊下で待つ亜咲実の前に喜久恵が現れた。

この様子ならば使い勝手はよさそうだ。


「しかし、たんぽぽー。なんで<追跡>にしようと思ったんだ?」


亜咲実が<宗麟>を脚で擦るようにして踏むと、<宗麟>は尻尾で立ち上がる。亜咲実はもう<宗麟>さえ使いこなしている。


「にゃあちゃんに言ってなかったよ! アタシ、でっかい金色の変態でストーカーな蚊に襲われたんだ」

「修飾語が多いな。蚊なのか?」

「この話聞くまではそう思ってたけどね。あれは<擬神化>だね。アタシをストーキングした変態を見つけ出してボッコボコにしてやろうと思ってさ! だから<追跡>」


蔵人が笑う。

「相変わらず、おっかねえなあ、たんぽぽは」

喜久恵が辺りを見回す。

「あれ? リアは?」


<宗麟>の尻を亜咲実はボコンと蹴る。<宗麟>はひとりで動いていくと、押し入れの前で止まった。

「ご苦労!」

<宗麟>にひと声かけて、亜咲実は押し入れを開ける。


莉愛は膝を抱え、座布団に寄りかかったまま静かに寝息をたてていた。



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