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004 カードの三系統

◆□◆004―A 桜童子にゃあ


(お前ぇら! ぼーっとしてんな! 通報したならその場を去れ!)

矢車喜久恵のスマホから声が聞こえた。


(レンは<アンサイジング>して、リアを抱えて運べ! リアは<アンサイジング>せずに周囲を警戒! できるだけ人目につかないようなルートを選べ!)


素早く現場を離れた二人の耳に、緊急車両のサイレンの音が聞こえた。


「レンちゃん、もう、いいんじゃない?」

「わからへんのんよ。うちらなんかとんでもないことしたんやないかって不安なんよ! 遠くに離れなあかん気がすんね!」

「レンちゃん」


現場から随分と離れた川原が待ち合わせ場所だった。

サイレンの音で我に返った喜久恵はおびえていた。

恐ろしいのは、桑畑という男の行動と、彼を叩きのめすために破った法の数々である。

過剰防衛。器物損壊。救護義務違反。安全運転義務違反。桑畑に至ってはもっと罪を犯していてもおかしくない。


一介のペットショップ店員と女子大生にとって、普通に生きていればこれまで関わらずに済むことだった。異世界に行ったことで自分たちが怪物になってしまったような不安をおぼえた。

莉愛にもその気持ちは通じていた。


誰の目にも触れないように草むらの中でしゃがんで、手を握りあって震えた。

草むらがガサガサと鳴る。


喜久恵が莉愛の手を強く握る。莉愛が出したこともないような低い声で誰か尋ねた。


「ダレ!」

「誰っておめぇ」


がさりと草むらがかきわけられて現れたのは、兎耳のぬいぐるみだった。


「なんだ? 野グソでもしてたのか?」

「せえへんわ」


間髪入れずツッコミを入れた喜久恵の手はまだ震えている。

「にゃあ様?」

莉愛が尋ねた。


「こっちの世界じゃ、佐治蔵人って名前があるんだがね」

兎耳がぴるぴる動いた。

莉愛の目が大きく開く。

「にゃあ様があっちの世界の姿のままだ!」


「だから呼ぶなら佐治さんとか、クラくんとかにしてもらえるかなぁ。気恥しくっていけねえや」


現れたのは、異世界でギルド【工房ハナノナ】の長をつとめた<兎耳の大魔道士>桜童子にゃあ、その人だった。そして、その頃のままの、大きめのぬいぐるみのような姿だった。


莉愛が飛び上がって喜ぶのと、喜久恵が蔵人を抱きしめるのはほぼ同時だった。

「ちょ! レン! <アンサイジング>解除しろ! 死ぬ!」


「あ、<ラセイラト>!」

「っぶねー! こっちゃ<肉体強化>してるとはいえ、リンゴ7つ分しか体重ねぇからな! お前ぇの胸で圧死するとこだったぞ」


「それ、強化なん?」

「めちゃくちゃ速く走れる。それから結構跳べる。あとは音がよく聞こえる」

「微妙やなぁ」


莉愛が蔵人のわきを抱えて子猫のように持ち上げる。

「ハイ! いい大人が人前でいちゃいちゃしない! にゃあ様、次の作戦は?」

「その呼び名やめろって。まあ、いいや。んじゃあ、基地に行くぞー」

「基地?」


蔵人は莉愛の手からぴょんと飛び下りて、<ジウドラクサ>と唱えた。

「よかったよ、<アンサイジングコード>を厨二病丸出しの長いやつにしなくて。逆から読むのが大変になるところだった」


ぬいぐるみのような生き物が消え、ラフな格好の青年が現れた。


「久しぶりにその姿見ると、つくづく化け物やなぁ。うちらより年下にしか見えへん」

「おっさんにとっちゃ褒め言葉じゃねぇぞ、レン。それに、こっちの世界じゃ異世界に行ってからまだ半日も経っちゃいねえからな。最後にレンに会ってから3日も経ってねぇってことになる。姿形はそうそう変わんねえよ」


「へ?」

莉愛がきょとんとする。異世界に行ってから1年間以上は経っているはずだ。

「え、でも、朝見たら掲示板止まってたし」


「止まってたんじゃなくて、1年前の投稿と思い込んだだけだろ。そういうところリアらしいな。向こうの世界でも最初の2日間、異世界だって気づかなかったしな」

「うぐ、<バビロン>、最初に出せたからいいもん」


莉愛は真っ赤になった。


「<バビロン>に西暦までちゃんと聞けばよかったのにな。この2時間ほどの間に、色んなSNSで異世界転移が話題になりはじめている。まだまだ下火だがな。異世界での1年以上の時間は、こちらの8時間ほどのことだったってわけさ。ただ、これからも両世界が同じように時が流れるとは限らない」


莉愛は蔵人の言葉に首を捻る。

「わからねえかい? 8時間が1年に相当するなら、2時間経てば向こうの世界のクリア者が出たっておかしくないってことさ」



◆□◆004―B 秘密基地


「クランちゃん。ここは?」

蔵人の運転する車を降りて喜久恵は尋ねた。田舎の古い建物だ。元は集落の集会所だったらしい。


「おいらはここで、子どもたちにものを教えていたことがあってね。申請すれば、自由に借りられるのさ」


田舎の集会所は数多くあり、耐震化や老朽化の対策が後手にまわってしまう。そこで役場が考えたのは、複合ケア施設の新設と集会所の統合である。

建物を安価で払い下げる代わりに施設維持もしくは解体を、周辺の自治会に任せたのである。


もはや、壊すも守るもままならぬ物件を押し付けられた自治会としては、蔵人のように身元のたしかな人物なら、草刈りや掃除を条件に喜んで貸し出すのだ。


「ははあ、基地ねえ」

喜久恵もようやく落ち着いたらしい。


12.5畳と8畳の部屋に、広い台所とトイレが付いている。

古い建物だが、内覧会にでも来たかのように莉愛と喜久恵ははしゃいだ。

「ここが【工房ハナノナ】改め【ドロップアウトスターズ】の基地になるわけやねー!」

「クラシーック!」


「まあ、夜間は地域の人の目もあるから自宅に戻ってもらうぞ。っていうか、ギルド名それでいいのかよ」

蔵人は畳の上に足を投げて笑った。

喜久恵もごろんと横になって答えた。


「クランちゃんは絵を描けるのは変わらへんけど、ウチは刀鍛冶とかでけへんもん。はあ、他の【工房】のみんな、連絡取れへんってどうなっとん。連絡ついたのバジルはんだけやもんな」


「まあ、アイツは、家で楽器作ってたろうからな。今だに黒電話だから、音にも気付いたんだろう。リアは30分おきに<バビロン>からみんなにコールしてやってくれ」

「了解ー!」


喜久恵は莉愛から預かったカードを取り出す。

「クランちゃん、紙とかペンある?」

「付箋があるぜ」

学習用具は蔵人が整理しておいてある。よく削られた鉛筆とペンと付箋を中央の座卓に蔵人は用意した。


<宗麟:あちぇんじずのっごなかむ>と書いて、スケートボードのカードに貼る。

「あちぇんじ、って逆さから読むと何になるん?」

「ジネチァでいいんじゃないか? 難しい発音だったら桑畑という男も簡単に出し入れできないだろう」

「おけ」


<解除キー:むかなごっのずじねちゃ>と書いてその下に貼る。


次に<道雪:めんどくせえ>と書いて、釣り竿のカードに貼る。解除キーは<えせくどんめ>。


色の違う付箋に<擬神化>と書いて机に貼る。

「リア、<バビロン>のカード、ここに置いてええ?」

「いいよ。私にも書かせて。<バビロン:ゆいをすくいたい>。解除キーは<いたいくすをいゆ>、と」

「リアらしいね」


笑って喜久恵は作業を続ける。

「<肉体強化>。ウチの愛車な。<トプス:とらいせら>、解除キー<らせいらと>。にゃあちゃん、やのうて、クランちゃんのカードもここ置いて」


蔵人はカードを2枚置いた。

「これこれ、兎耳のマスコット。<にゃあ:さくらどうじ>、<解除キー:じうどらくさ>。これは、<肉体強化>。で、もうひとつは何だっけ」

「<概念具現化>」

蔵人は喜久恵の質問に答えた。

「それそれ、えーっとこれは?」

「<反射:りふれくた>。<解除キー:たくれふり>」


机の上に6枚のカードが並べられた。

「ん、にゃあ様の<擬神化>のカード、ないよ?」

「コイツはマジでヤバいんだ。悪いが、封印しようと思う」

「名前だけでも教えてよー」


莉愛が食い下がるのを、「まあまあ」と女房役である喜久恵が宥める。それでも莉愛は強請るので、観念して桜童子は名前だけ告げた。


「<デモン>」



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