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003 ドロップアウトスターズ

◆□◆003―A カーチェイス


「関西人?」

「違うよレンちゃん。<アンサイジング>」

「言うてますやん」

「言ってませんー!」


車を運転しているのは、矢車喜久恵という若い女性である。なぜレンちゃんと呼ばれているかというと、異世界ではシモクレンという名前で生活していたからである。


「アンタが命からがら逃げ回ってるところを、見事なドライビングテクニックで救ったってのに、つれない態度やわ」

「いや、そこはマジ感謝してます。さすがサブギル。ナイスタイミング。命の恩人、カンシャエイエンニ」


莉愛にとって、矢車喜久恵は友人という枠を遥かに超えた存在である。1年に及ぶ異世界生活で死線をなんどもくぐり抜けた仲間であり、ともに暮らした家族である。母と娘のような絆すら感じていた。


年齢はそれほど離れていないが母のように感じられるのは、矢車喜久恵のおっとりとしていながら面倒見のいい性格と、包容力を感じさせる体型によるところが大きい。


「まあ、莉愛がおでこ丸出しで走ってる上に、そんな機械天使連れとるのが見えたら、後部座席開けて、いつでも発車できるようにせなあかんことくらいすぐに気付いたわ」

「おのれ、前髪の恨み」

「ウチのせいやないわ」


喜久恵はころころと笑った。


「レンちゃん、やっぱり見えるんやね、この子。<バビロン>っていうの」

「可愛い子やね」

「よかったね、<バビロン>。ほめられたねー」

「でも出しっぱなしやと、今回みたいなことも増えてくるやろなあ」


喜久恵はルームミラーで<バビロン>の姿を見ながら言った。莉愛をピンポイントで救出できたのは、停車するポイントを地図で指示されたからだ。逃走中にそこまで細かく指示できたのは<バビロン>のおかげだが、そもそも<バビロン>が見えていなければ今回の騒動は起きていないはずだ。


「そこら辺はにゃあちゃん、どう思います?」

喜久恵がハンドルに向かって喋ると、カーナビのパネルから(そうだなあ)という男性の声がした。

「にゃあ様いるの!?」


にゃあという人物は、莉愛にとって元彼が義父になったような、妙に面映ゆくなるような存在である。

異世界ではギルドの統率者として、いや、異世界に行く以前から、莉愛は一方的に好意を抱いていた。それが共に生活するうちに信頼と敬意に変わっていったというところか。


「電話繋がってるんよ。アンタの<バビロン>に番号入ってたらにゃあちゃんと直接話せただろうけど」

「それは教えてくれないにゃあ様が悪い」


モニター越しに咳払いが聞こえる。

(結論から言うぞー。リアの<バビロン>は引っ込めることができる)

にゃあと呼ばれた男は言った。


「にゃあ様! どうやって?」


(仮説の域を出ねえから、順を追って確認するぞ。間違ってたら言ってくれ。おいらはレンから、ここ2時間のリアとのやりとりについて全て送って貰った。それにより、リアがスマホをアイテム化し、それを<アンサイジング>とやらで使用可能な状況にしているということは分かった)

「関西人」

喜久恵が茶化す。にゃあという男はそれを無視して続ける。


(いつカード化されたか。それはリアが誤字を送信して、レンからの連絡を未読スルーしていたころ、と考えるのが適切だ。どうだい)

「うん、間違ってない」

莉愛は答えた。


(どのようにしてカード化されたか考える。リアは答えが分かったかい?)

「ううん。全然」


(アルファベットを3つ並べて、その後スマホと言った。それは誤字から推測できた。おいらはうかつにその単語を言うわけには行かねえから、仮に<ドロップアウトスターズ現象>と呼ぶことにする。頭文字をとってみてくれ。おっとレン、呟くなよ。走行中の車がカード化したら、中にいる人間がどうなるかわかんねえからな)

男は言った。


「にゃあちゃん、その単語言うたらリアの<バビロン>、元に戻るん?」

(いや、実はおいら、既に3つのものをカード化することに成功しているんだ。やってみたがムリだった。既にカード化したものは、さらにその言葉を言っても変化はない)


「既に3つ!?」

莉愛も喜久恵も同じところに驚いたらしい。

「一人ひとつじゃないの?」

莉愛が聞く。


(さあ。リアが録音した男の声も聞いたよ。彼とおいらの何が違ったかは分からねえ。ひょっとしたら向こうの世界での職の違いかもしれねえし、蓄積した魔力の違いかもしれない。それとも何をカード化したかの差なのかもしれない。現段階では全く分からねえ。ただ言えるのは、この<落伍星ドロップアウトスターズ現象>はあっちの世界と関係しているのは間違いねえってことだ)


喜久恵と莉愛は無言で聞き入っていた。

(いけねぇ、回りくどくなっちまった。今分かってることは、異世界から帰還したおいらたちは、ありとあらゆるものをカード化できるようになったこと。その系統には<擬神化><肉体強化><概念具現化>が存在する。まだ分からねえことは、一度カード化したものを元に戻すことができるか。最大何枚のカードを所持できるか。そして、なんと言えば<アンサイジング>したものをカードに戻せるか、この点が仮説の域を出ないのだが、例の男の口ぶりで推測できる)


「にゃあちゃん、ちょい待ち!」

喜久恵が叫ぶ。

「噂をすれば影がさしたわ!」


「バイクに乗ってるのに釣り竿持ってて、すごい違和感!」

リアも後ろを振り返り、<バビロン>に写真を撮らせる。

「レンちゃん、スマホ貸して! にゃあ様に画像送る」

「助手席。あ、ちょい待ち!」

手を伸ばそうとした莉愛は、急にかかった横向きの重力に転倒してしまう。

「あたた」

「あの男、ルアー投げつけてきよった!」


◆□◆003―B 松林の決戦


「<バビロン>! 信号の少ないルートを検索して!」

莉愛が叫ぶ。

「直進、大在埠頭まで信号、ならびに渋滞はありません」

「このまま真っ直ぐでええんやな!」

喜久恵も思わず叫ぶ。


一般道を高速で車線変更を繰り返しながら走行する。傍から見ると、喜久恵がバイクの進路を妨害しようと煽り運転しているようにとられてもおかしくない。誰も、見えないルアーで攻撃を受けているとは思わないだろう。


(リア、ワニのような生き物は見えるか)

カーナビのモニターから男の声が聞こえる。姿勢を維持するのに精一杯で、後ろを向く余裕などない。


「<バビロン>! さっき撮った写真を私に見せて!」

<バビロン>は優しく莉愛の目を手で覆う。

「にゃあ様! ワニ、いない!」

(なるほどね。こっちはこっちでピンチだったんだ。これでおいらも生き残る可能性が高くなった。<タフレクリ>。―――ははん、やっぱりな)


「にゃあちゃん! そっちはなんか解決したかもしらへんけど、こっちを何とかして!」

(おいらもそっちに向かうがおそらく40分はかかる。ひとつ策がある。レン、おめぇにやって貰わなきゃなんねぇことがある。どっかに車停められるか)


「ちょい待ち! なんやの、アイツついに前に回り込んだで!」

業を煮やしたバイクの男が竿をしまって両手で運転を始めた。

一気に加速し、喜久恵の車を追い抜くと、随分と前方で停まった。


「うそ、うそ、ウソ! また竿を出したで、リア! どこか、Uターンできるとこない?」

代わりに<バビロン>が答える。

「しばらくUターンはできません」


「レンちゃん! 左! 川沿いに曲がって!」


車体を滑らせながら、左のわき道へと逃げ込む。

ルアーを運転席に投げ込もうとしていたバイクの男は、再びバイクに跨る。


男が慎重に追っていく。小工場が立ち並んでいるが、隠れている様子はない。突き当たりは緑地帯になっていた。どこにも車を乗り捨てた形跡はないが、どうやら松林の奥の丘に潜んでいるらしい。

男はバイクを停め、緑地に足を踏み入れると、静かに<アンサイジングコード>をふたつ唱える。

「『A change is not gonna come』。そして、『面倒くせぇ』」


「それ以上近寄らんといて! これは警告やで」

岡の上に矢車喜久恵が現れた。

距離30メートル。高低差5メートル。男は思った。完全に射程距離内だと。


ルアーを遠投させて正確性や距離を競うスポーツキャスティングという競技がある。100メートルや150メートルは当たり前。200メートル超えてようやく世界レベルに達する。


30メートルなど目と鼻の先だ。頭上に枝もない。竿を振り抜くことができるこの場に足止めとは、<道雪>を見くびっているとしか言い様がない。見たところ大柄な女だが、3桁ジャストぐらいなら釣り上げることだって可能だ。


「お前に用はねえ! もう一人の女はどこだ」


それも分かっている。右手の太い松の木に隠れている。どうせ不意打ちでもしようとしているのだろう。

男はピラニア型のルアーを揺らしはじめた。いつでも投擲できる状態になったのだ。


「あの子に手を出すなら容赦でけへんよ」

「そうかい。そりゃあこっちも容赦はできねえ、な!」


放たれた<道雪>が喜久恵に向かって襲いかかる。棒立ちになっていた喜久恵の身体に糸が絡みつく。

「釣り上げるぜ」


喜久恵の身体が持ち上がる。大蛸の脚が巻き付いたかのように高々と持ち上げられ、喜久恵の身体は、飽きた玩具のように莉愛の隠れている木に叩きつけられる。


「俺は力加減が下手でよう。恨むなよ。もう一人が天使ちゃんをくれねえのが悪いんだよ」


松の根本がめくれ上がるほどの衝撃だ。重傷は免れない。だが、男に罪悪感などこれっぽっちもない。こんな戦いなど異世界では当然だったのだ。

<宗麟>に乗って、滑るように松の木に近づいた男は、目を丸くした。


「あたた。ふう」


砂ぼこりの中に見えたのは、遊具から落ちたパンダのようなのんびりさで、髪についた砂や松の枝を払う喜久恵の姿だった。


「言うたやん、近寄らんといてって」

相撲の立ち会いの姿勢になった喜久恵は、男に向かって突進した。通常の人間の勢いでも、相撲取りの勢いでもない。異世界級のぶちかましだ。


喜久恵の突き出した腕が喉と顎にめり込む。紙人形のように舞った男の身体は乗ってきたバイクまで吹き飛ばされ、ぶつかったバイクは大破した。


「油断はあかんよ。ただのぽっちゃり系と思たんやろけど、<肉体強化>系の<アンサイジング>やねん」


矢車喜久恵は、乗っていた車をカード化したのだ。木にぶつかった時はエアバッグを背中側に作動させていた。ぶちかましは急発進である。

男は生身で車に跳ねられたようなものだった。


「<ラセイラト>」

喜久恵が呟く。

<アンサイジング>を解除するには、<アンサイジングコード>を逆から読むだけでよかった。

ただ、カード化した車を元に戻す方法がわからなかった。


「どないすんねん! にゃあちゃん! ローンまだ残ってんねん」

喜久恵は、スマホに語りかけながらしゃがみこむ。


「<バビロン>、もうひと仕事してね」

莉愛は、男のポケットから財布を抜き出し、免許証を探した。


「桑畑三十郎。<バビロン>、撮った?」

「撮りました」

「そして、財布から2枚のカードを見つけました。スケートボード<宗麟>と釣り竿<道雪>、ゲット。前髪の恨み晴らしました。いえい。撮った?」

「動画です。これで終わりですか?」


「警察と救急車呼んで。男の人がバイクで事故起こしてるの見つけました、って」



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