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024 工房ハナノナ

◆□◆024―A 遊戯空間<帰還者>ホイホイ


左右に林立する建物は、何百年かの時を経たように朽ち、苔や八重葎に覆われている。

足元にも苔が覆い、ふかふかとした感触を足に届けている。

辺りを見回す阿久刀は、スマートフォンを取り出して呟いた。


「完全に分断されたようやな。あ、電波はつながるわ。あー、しもしも。こちら波羅君捜索部隊、どうぞー」


(トランシーバーやないんやから普通にしゃべれや。こっちはどうも<異世界>に紛れこんだみたいやわ。緑に覆われた建物がひしめき合ぅとる。阿久刀君は、今どこや)

「それならワシも<異世界>におるらしいわ」

(なんや役に立たんリーダーやのう)


「うっさい。役に立たんいう奴が役に立たんのじゃ」


阿久刀が<メニュー画面>をオンにし、辺りを見回す。<隠遁>の能力で隠れていない限り、見える範囲に誰かがいれば、名前や状態が表示される。


不意に背後の上空で悲鳴が聞こえた。仰ぎ見ると<異世界>では<死亡>を表す虹色の光の泡が上がっていた。阿久刀の視界に、HPが尽きた<五虎たん>のステイタスがポップアップされた。


「五虎たんがやられた! 聞こえたか、波羅君」

(え、何の話や)

「ビルの屋上で、五虎たんが悲鳴をあげて消えたんや」

(敵か。こっちは何も聞こえへんかった。ちょっと高いとこ登ってみるわ)


阿久刀は通話を一旦切り、<デカベル太>に連絡する。

「ワシや。<ドドッピヨン>の斜線通したれ。周りにあるビル、思う存分なぎ倒せ」


(ん? 丘しか見えん)

「なんやて。は、しもうた!」

波羅に通話を繋ぎ直そうとしたが時既に遅し。波羅が電話を取ることはなかった。


「狙撃タイプのモンが、上に行くのを読まれとる。スマホをパーティモードで繋げるようにしとくんやった」


阿久刀は地面にスマートフォンを叩きつけそうになったが、地団駄を踏むだけに思いとどまった。

「全部罠やったんか!」



広島でお好み焼きを食べていると、SNSに書き込みがあった。

『私たちは【ドロップアウトスターズ】と名乗る者です。九州まで御足労頂くのも大変かと思いご連絡しました。チーム名の譲渡も視野に入れております。 #eスポーツ #ご連絡ください』


「監視されとるから正直に言いますで。ワシらはこいつらぶっ潰して九州で名を上げるつもりですわ。一般人装っとるけど、こいつら<帰還者>集団や。ワシのフレンドリストに登録されとるんや。【ドロップアウトスターズ】の桜童子にゃあってな」

阿久刀が帽子を被り直して言うと、鷺沼が聞いた。

「そいつも、お前らのように危険なヤツなのか」


阿久刀は肩を竦めて笑う。

「危険や危険。東京モンのアンタらには分からんやろうけど、関西じゃ『九州の兎耳』いうてちょいちょい噂になっとったんや。組んどった<邪眼士>を辺境伯に立てて、実質的に九州の独立を果たしたり、中洲ぶっ壊したり、その悪行は枚挙にいとまないでー。そんな黒幕が危険やないわけあらへんやろ。って誰がお前らのように危険じゃ。ワシらは聖人君子。ヤツらが悪魔や」


「君子なら近付かなきゃいいのに」

狛取が揶揄う。

「天下取るんに、『ほな名前だけ頂いてええですかー。これで九州押さえたことにさせてください』なんつう話が通用するわけないやろ。ワシらが力見せてひれ伏させたるねん。傘下に入るのは勝手やが、その看板は譲ってもらうでっちゅうのが第一歩や。まあ、ホンマの第一歩は、アンタらをひれ伏させてここの飯代払わせることやけどな」


「オレたちの分は自分で払う。お前たちが食べたものはお前たちで支払え」

「大人やのにセコいヤツがおんで! セっコい大人やな、<マウラー>さんは」

「何とでも言え」

「ちょい待ち。なんかまたコメントついたらしいで」


浴衣姿の三十代女子<森高若菜>がスマートフォンを指さして、阿久刀に合図する。阿久刀は文面を確認する。

「なんやて。えー、『こちらに足をお運びくださるなら、せめてお楽しみ頂けますよう、私たちの遊戯空間にご招待致します。#ドロップアウトスターズ #eスポーツ #ご連絡ください』」

読み上げながら、阿久刀の握った箸が音を立ててへし折れた。


「人生イチ慇懃無礼な文を読まされたわ! 挑戦状やないか! 返事は『首洗って待っとれ』じゃ!」

阿久刀の剣幕に波羅も慌てて文を確認した。

「ウソやろ。あの動画を見て招待してくるとは、どないな神経しとんねん」

「波羅君、返事頼む。腸煮えかえってよう返事せんわ」

折れた箸をテーブルに叩きつけて阿久刀は怒りを顕にした。

「あ、女将さん。会計に箸代も入れとって」


その日のうちに新幹線を久留米で降り、そこから東に向かう。

波羅がやり取りして、とある田舎の無人駅に行けばいいとわかる。指定された駅に行くには鈍行列車で乗り継ぐ必要があった。


そこから罠が始まっていたのだと、緑に覆われた景色の中にいる阿久刀は思った。

「駅に着く電車は1時間に1本。田舎の単線やから降り立つホームも1個。利用者なんぞほぼおらん無人駅やから落とし穴作って待っとりゃ、<帰還者>ホイホイの完成か。してやられたわ。だが、こんままでは終わらせへんぞ。分断されとるから、集まるのが第一手やわな!」


阿久刀が<大天使>を出現させた。巨大なその天使は出現した瞬間、近くの建物をいくつか倒壊させた。

「なんや脆い建物やな。それじゃうちのアークエンジェルちゃんがデブすぎて周りのもん押しのけたようやないか」

倒壊する瓦礫は阿久刀に当たらない。まるで<大天使>の加護を受けているかのようだ。


阿久刀の目の端に動くものが映った。見間違いでなければうさぎのような生き物だ。

「出てこいや!」

阿久刀がポーズ付きで叫ぶと、その生き物が見えた方向から爆風が起きた。一瞬にして建物が砂の城のように崩れ落ち、埃と化す。阿久刀の視界を遮るほどの粉塵が暴風のように襲いかかる。

それでも阿久刀はキャップを押さえただけで、そよ風の中にいるように平然と立っている。阿久刀と<大天使>が立つ地面以外は次々と削られていく。


「来るっ!」

<大天使>の伸ばした掌が、何者かの巨大な拳を受け止めた。恐ろしいほどの衝撃波が起きて、その後で衝突音が鳴る。地面にはクレーターが出来るほどであったが阿久刀は無事だ。


砂埃が晴れて徐々に拳の正体が見えてくる。

「<デモン>」

阿久刀は<メニュー画面>で、目の前の黒い影の名前を確認する。目を空に転じると<亜空間>という名の<アンサイジング>が発動していることがわかる。


「出てこいや、桜童子にゃあ。10年前、小学生やったワシとコンビを組んどったの忘れたんか」


しばらく待ったが反応がない。

「じっと隠れとってもええけど、そのうち<アークエンジェル>ちゃんを見つけた仲間がこっちにやってくるで。アンタに死なれたくはないなあ。桜童子にゃあ。ひょっとしてワシのこと忘れてしもたんか」

再度の呼びかけにも反応はないと思われたが、ひょっこりと兎耳が姿を現した。

蔵人はいつの間にか阿久刀空海の背後に回っていたのだ。


ぬいぐるみのような姿の蔵人が、背中から阿久刀に声をかける。

「でかくなったなぁ、<アクトⅡ>。まあ、リアルの姿は知らねえんだけど」

「ハハハ。うちの仲間に追い立てられるまで姿見せへんのかと思った、でっ!」


阿久刀は振り向きざまに掌から火球を飛ばした。<ファイアボム>だ。

次の瞬間、火球を放った阿久刀の腕が爆発し吹き飛んだ。傷口からはさかんに蒸気が上がる。

「<タクレフリ>」

蔵人は<反射>で阿久刀の<ファイアボム>を弾き返したのだ。


「くはは。どうなっとんねん、これ! 全く痛くないやん。 これがアンタのいう遊戯空間いう奴か!」

笑う阿久刀から<宗麟>で距離をとる。瓦礫を使ってジャンプすると<宗麟>から<金色翼竜>に変え、更に上空に舞い上がる蔵人。手には釣り竿が出現している。


「ミラージェイル・メイデン」

<反射>で阿久刀を球状に包み込む。鏡の牢獄は頭上に小さな穴が開いている。そこから<道雪>を撃ち込む蔵人の複合必殺技である。

「アホウ。アークエンジェルちゃんからは丸見えやで」


純白の二枚の羽を持つ巨大な天使は、ロケット砲ほどの勢いで槍を突き出す。

「想定済みさ」

獣のような咆哮を上げて漆黒の<デモン>が天使をなぎ倒す。

ピラニアの姿をしたルアーが、鏡の牢獄の中を飛び回り阿久刀にダメージを蓄積させる。


「叩き割れ! <デカベル太>」

近くまで仲間が来ていたのを<メニュー画面>で気付いていた阿久刀は叫ぶ。

彼の能力は<張り手>だ。その張り手は攻城兵器ほどの威力がある。解体用の重機で<肉体強化>しているので、ショベルカーほどに腕が伸び、圧倒的な力で対象を解体することができるのだ。


その<デカベル太>は、横から現れたイクスと<山丹>によって倒される。全て敵の位置は薫樹が<金飛蚊>で上空から把握しているのだ。

建物の上に現れた敵は亜咲実と空慈雷が担当し、地上の敵はイクスと山丹、瑠羽仁と撫子が掃討する役目を負っている。阿久刀に対しては蔵人。<亜空間>から排出された敵を外で捕縛する係が一悟、花純美、喜久恵の三人である。当然依月風は見ているだけだ。


「告。制限時間まであと、五分」

莉愛の声でアナウンスされる。

「<タフレクリ>。時間まで拘束させてもらうぜ、<アクトⅡ>」

<ミラージェイル・メイデン>を解除すると、身体中から蒸気を盛んに出した阿久刀が<道雪>に縛り上げられて出てきた。

排出ギリギリのダメージで捕らえておいた方が良いと判断したのだ。


「ハギ。排出完了した敵は」

蔵人は携帯電話で連絡をとる。当然アプリを使ってパーティモードで通話できるようにしてある。

「完了数9。<五虎たん><薔薇蜜><ベアK><ひなたママ><森高若菜><剣P><暴君アバネロ><チクシーY><デカベル太>。レンさん間違いないですか」


<メニュー画面>を薫樹も持っていて、戦闘状況をしっかり把握している。

「ちゃんと今の九人縛り上げてるよ」

喜久恵が請け合う。内側と外側でも連携を図ってある。


「ちびっこい年増嬢ちゃんきちんと縛り上げとけよ。<物質透過>して逃げるから厄介だったぞ」

瑠羽仁が言う。

「ボク好みの娘だから絶対に逃がさないよ。ねえ、ひなたちゃん」

1人だけ厳重に目隠しに猿轡、全身拘束衣姿で転がっているのは<ひなたママ>だ。んー、んー、と苦しそうな声をあげている。


「お前の元カノのベリー師匠はおっかねえな、うさぎの介! ケケ。おい、ハギ。あと、何人だ!」

「2人ですよ、バジルさん」


蔵人は阿久刀に語りかける。

「きっちりとハーフレイドで挑むのはおめぇらしくもねぇな。10年経って真面目人間になっちまったのか」

「アンタこそ、10年経ってもそのぬいぐるみ姿いうんは、変わらないにもほどがあるんやないか?」

阿久刀は地面に這いつくばったまま笑う。

「それに、うちのチームは全員やられっしもうたわ」

「え?」


蔵人が眉をひそめたとき、スマートフォンから瑠羽仁の声がした。

「おいおい、あとおめぇら2人だけらしいぜ。大人しく降参しな。おいおい、無視かよ。<千本ナイフ>! ブギャっ!」


「ハギ、バジルに何があった!?」

「よくわかりません。攻撃した途端にバジルさんがロストしました! 隊長の方に向かって歩いています」


砂埃の向こうに現れたのは、鷺沼と狛取だった。

「ハハハ。逮捕されちまえよ、元相棒。暴行罪の現行犯だ」

阿久刀は笑った。

更に蔵人のスマートフォンから、喜久恵の声がした。

「公安の谷渡さん。なんで、ここに」


◆□◆024―B 一網打尽


寂れたホームに現れたのは、以前喜久恵を取り調べした県警公安課の谷渡だった。

「あなたから<猿渡>を頂いた時に申し上げたはずです。用がある時は、こちらから向かいますと」


「あ、ああ。そうやったね。<猿渡>は元気?」

喜久恵はスーツの男に問いかける。季節外れの暑さであるのにネクタイすら外していない。谷渡は小柄だが、その肉体は筋肉で覆われているのだろう。ほんの僅かにスーツ姿が似合っていない。


「残念ながら初日で<猿渡>の効力は切れました。おかげで眼鏡を新調することになってしまった。いえ、あなたがたの能力のことを聞かせて頂けたのですから授業料と思えば安いものです」


「それで、こちらには何の用で」

喜久恵は反射的に前に出た。縛り上げた阿久刀の一味を見られるのがいやだったからだ。

「うぐおおおおおお! やられちまったーー!! 何だぁ、あいつの能力は!」

突如虚空から湧いて出た瑠羽仁が、狼面のまま殺虫剤を浴びたゴキブリのようにジタバタして叫ぶので、喜久恵の思惑などぶち壊しである。


「彼は、一体?」

谷渡が聞いた。

「何の用ですかいうウチの質問の方答えてもらえますか?」

喜久恵は谷渡に迫る。

「近隣住民の通報でパトロールに来ましたって言ったら信じますか」

「管轄ちゃいますやろ。ホンマは何ですの」


「我々が調査している<アトゥクーダ>というメンバーに、そこで座っているメンバーがよく似ているようなんですよ。後ろ手に縛られて座っている男性。波羅さんというのではないですか?」

「さあ、そこまでは知らんけど、ウチらは<薔薇蜜>という名前で認識してますよ」

谷渡の真意が読めないので素直にはいそうですとは言い難いし、そもそも本当に彼の本名など知らない。<メニュー画面>で<異世界>の頃の名前を確認しているだけなのだ。


「彼とお話をさせて頂けると嬉しいのですが。そうですね、あちらのファミリーレストランでお話を聞くだけです」


谷渡は言った。どうやら黒いワゴンに仲間が待機しているようだ。一人でやってくるという約束を表向きは守っているのだ。喜久恵としても断わる理由がない。


「いや、彼を連れていくのはやめてもらおうか」

蔵人の声がした。

<亜空間>の限界時間が来たのだ。電車もやってきてないのに、ホームにまた人が突然湧き出した。


「ご覧の通り、新型体感式eスポーツに参加して下さったお客人ですから、主催者としては無下に扱うわけにはいかねえんですよ」

蔵人は喜久恵の横までつかつかと歩む。

「以前、先輩を通じてご連絡差し上げた佐治蔵人と申します。ここで行われているのは新型イベントで、こちらにいらっしゃるのはわざわざ遠方より起こしいただいた参加者なのです。参加者の皆さんに不行き届きな思いをさせるわけには参りません。申し訳ごさいませんが、今日のところはお引き取り下さい」

蔵人が深々と頭を下げる。

谷渡はやんわりと話を逸らす。

「私の目にはあなたがたが急に現れたように見えたのですが、一体どんなイベントなんですか」


蔵人が頭を上げる。

「AReスポーツとでもいいますかねえ。従来の拡張現実ではこの世界にないものを出現させることを楽しんでいましたが、この世界にいるのにいないものとして遊ぶことができる遊戯空間を楽しんで頂いたのです。鬼ごっこや隠れんぼ、サバイバルゲームなど、こんな公共の場でも周囲を気にせず遊ぶことができます。レン、スマホを」

喜久恵のスマートフォンに送った動画の一部を谷渡に見せる。

薫樹の<金飛蚊>によって撮影された迫力の映像だ。

「こうして、拡張現実の中で撮影した映像をリアルタイムで配信することが出来る。本日はその完成イベントにこちらの方々をご招待したのです」


蔵人の説明は流暢だ。最初からこのような事態を想定していたとしか考えられない。

「しかし、駅というのは公共施設ですよ。そういった場所でゲリラ的に行われるというのは、我々も看過するわけにはいかないものでして」

「それならば心配にはおよびません。ちゃんと道路使用申請書を警察署に届けてあります。一般道に出るわけではないので警備はつかなくてもいいと申しましたし、鉄道会社にも使用許可は頂いております。警察署からは他の利用される方の迷惑にならないようにと釘は刺されましたが、駅の担当の方はそもそも利用者なんてあまりいないと自虐的に笑っておられましたよ」


この地域の警察署できちんと受理された申請書類を蔵人は見せた。警察のお墨付きというのであれば、谷渡は場所の使用についてとやかく言うことはできない。

こうやって誰かに詰問される可能性すら読んでいた蔵人の読み勝ちと言えるだろう。


谷渡は大人しく引き下がることにした。ホームの中に鷺沼と狛取の姿を見つけたからだ。狛取は小さく頷いた。


黒いワゴンが去っていく。

蔵人は阿久刀のそばに歩み寄る。<道雪>に絡められて無抵抗だが、いつものキャップは脱げている。

「おめぇらよかったなぁ。公安からチーム名もらってるじゃあねえか。なんて言ったっけ」

「<アトゥクーダ>」

隣の喜久恵が答えた。


「それから【ドロップアウトスターズ】の名前も譲るぜ。おめぇらが有名にしちまったからな。これからは<ドロップアウトスターズ・アトゥクーダ>って名乗れよ」

「ああ、ああ。アンタは相変わらず卑怯だよ。こんな不意打ちじゃなきゃワシらの勝ちやったがな」

「勝つために作戦を練る。当然のことだろ、<アクトⅡ>。でも、もう一回戦ってくれっていうなら泣きのもうひと勝負やってやってもいいぞ」

瑠羽仁が割って入る。鷺沼を指さして言った。

「待て待て待て。こののっぽさん、倒したと思ったら、オレ様が倒されてたんだ。そんな勝負受けられっかよ」

蔵人は髪を掻きながら言った。

「この人の能力は、おそらく<全ダメージのすげ替え>さ。手を出してこなかったからわからねぇけどな。服におめぇのナイフの痕が残ってんのに傷がねえところを見ると、横の少年はヒーリングの能力だろう。二人とも攻撃力が高いわけじゃない」


鷺沼と狛取は目を見合わせて肩をすくめた。

「さあ、どうするよ、<アクトⅡ>」

蔵人は笑う。

阿久刀は唾を吐く。

「ワシら終電でやってきたんじゃ。早う泊まるところ探さにゃ野宿決定。戦うとる暇ないわ。どうせこの辺りにゃラブホテルのひとつもないんじゃろ」

「あったらその大人数で入るのかよ。迷惑な客だな。だが上りはまだ終電じゃあない。次が最後だ。それで街まで出れば寝るところくらい見つかるぞ」

阿久刀はため息をついた。

「最初っから最後までアンタの掌の上か。相変わらず化け物やな、桜童子にゃあ。また寝首を搔きに来たるから楽しみに待っとれ」


縛り上げられたメンバーたちを解放する。

「こいつはひとつ借りや。ワシはまだ負けとらへんからな。アンタらがなんか力がいる時加勢したるわ」

阿久刀は言った。入ってきた電車に乗り込む。

「なあ、元相棒。アンタの目的はなんや。ワシの目的なら」

「天下、だろう。覚えてるよ」

「アンタはそんな野望、これっぽっちもなかったな」

蔵人は笑って答える。

「おいらは<異世界>に残ったメンバーを救う。それだけさ」


<アトゥクーダ>の全員が一両編成の列車に乗り込み終わった。

「ワシらに看板譲ってアンタらは何て名乗るつもりや?」

「そりゃあ言うまでもない」

扉が閉まる。電車が動き出す。

ホームに立つメンバーも答えは分かっていた。


「おいらたちは、【工房ハナノナ】さ」

日中の熱が少しずつ和らいできた夜空に星が瞬いていた。


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