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023 静かなる戦いの火蓋

◆□◆023―A 負けた方が支払います


長身の<チクシーY>と巨漢の<デカベル太>が門番のように、鷺沼と狛取の前に立ちはだかった。

鷺沼は身長では負けていないが、少女のような華奢な体型の狛取は3人に挟まれてどこに行ったかわからない。

「揉め事はごめんだよ。そがーに睨みあわんで、仲良うお好み焼き食べんさい」

女将は朗らかに言った。酔客には慣れているのだろう。

「カッカッカッ。<チクシーY>も<デカベル太>も座ろうや。真っ向切ってやって来はったお二人さんや。一緒に飯にしようや。なあ、波羅君」

「え、いや、この人たち、ワシらを監視する言うとらんかったか?」

「どうせ監視されるなら、目の前におった方が安心ちゅうもんやろ。お互い手っ取り早くてええやん。なあ、<マウラー>さんと<ロビン>ちゃん」


鷺沼は険しい表情をした。

まだ姿を見せたのはこの1度だけであるし、名乗ったのも本名だけだ。空海はズバリと異世界での名前を当ててみせた。


「ああーん、そない鬼のような顔しいひんでもええやん。カードの能力や。<メニュー画面>見とるだけやで。名前見ただけで逮捕されるなんて法律ないやろ、鷺沼巡査長」

「阿久刀君、いきなり何バラしとんの」

「隠したってしゃあないわ。鷺沼巡査長は先日の曽祢虎太郎率いる<スペリオルドミネーター>検挙の際に、銃弾食らった有名人や。もう撃たれた肩の調子はええの?」


今にも噛みつきそうな鷺沼の代わりに狛取が聞いた。

「そんなことまでわかるんですか。<メニュー画面>ってやつは」

「分かるもんかいな。情報網や、情報網。しかし、<スペリオルドミネーター>のところに踏み込むときも、あんたが出張ったっちゅうのが納得いかん。ワシらの監視にしても完全な管轄外やろ。しかも大層な怪我を負うとるのに。そないに警察さんは人員不足なん?」

鷺沼と狛取は入り口近い席に陣取る。


「俺たちゃ<帰還者>問題のエキスパートとして広域捜査特命係に配属になったんだ」

鷺沼は適当に嘘をついた。当然警察組織にそんな部署はない。

帳面上は3日間のボランティア休暇と9日間の年次有給休暇という扱いになっていて、鷺沼は2週間自由に動けることにはなっているのだが、公安警察からの密命でやってきているという部分を大っぴらに言うわけにはいかない。

監視すると宣言した以上、職務中のふりくらいはした方がいい、という程度の嘘だ。そんなものはすぐにバレる。

阿久刀はすぐにツッコんできた。


「そっちのボクは、警察やないやろ」

「コンサルタントですよ」

狛取がお好み焼きの注文をしながら答えた。こちらも適当な嘘。

「ホレ見い。どう見ても人員不足やないか。カッカッカッ。なんやったら、ワシらが正義の味方やってもええんやで?」


阿久刀の軽口にお手ふきを投げつける鷺沼。

「マルチ商法まがいの勧誘してきた手前ぇらが名乗れるほど、正義は易くねえんだよ!」

コントロールが悪く、お手ふきは波羅の横っ面に当たって落ちる。

「ホレ、お好み焼き出来たけぇ仲良うしんさい!」

女将が食事を運んできたため、波羅は喋るチャンスも憤るチャンスも奪われてしまった。

腹が減っていたのだろう。阿久刀の一味は一心不乱に食べ始めた。後から注文した鷺沼と狛取はしばらくして質問した。


「お前らの目的はなんだ?」

鷺沼が聞く。

「金儲けか。治安紊乱か。一体何がしたいんだ」

「天下や」

「は?」

お好み焼きを頬張りながら阿久刀が即答したので、狛取は思わず聞き返した。予想外の答えであったためでもある。


「天下や、いうたんや」


一瞬あって鷺沼と狛取は笑った。

危険な集団と聞いて追跡のために送りこまれたのだ。その最中に例の動画の情報を得て、大急ぎで接触したのである。

かなり凶悪な印象だったのだが、その目的があまりに幼稚に感じられたので安堵の気持ちも混じっていたかもしれない。


今度こそ波羅は怒るチャンスを得た。

「何がおかしいんじゃ、ゴルァ! おおん!?」

「ええて、波羅君。燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんやっちゅうやっちゃで」

阿久刀に宥められ、波羅はおとなしく座った。

鷺沼はさらに煽る。

「<異世界(あっち)>でさえ取れなかったんだろう? 天下なんて。それはそれは壮大な夢物語だな」


鷺沼と狛取は、こうやって直接接触しているのも阿久刀を煽っているのも、実のところ人員不足を悟られたくないからだ。


公安から協力を要請された場合、情報提供や場所の提供が主で、こうやってわずか二人で何かしでかしそうなグループの追跡することなど絶対に有り得ない。追跡となったら徹底的に悟られないように配慮しつつ、公安の主力メンバーが集団で行うものだ。


だが、そんな常識が通じないほど<帰還者>問題は深刻だった。

一夜にして約2万人の犯罪者予備軍が湧いたような状況なのだ。

猫の手も借りたいとはこのことだ。

その点、鷺沼は協力者としては最高だった。<スペリオルドミネーター>逮捕に尽力した功績で、ボランティア休暇が認められた本職の警察官なのである。

阿久刀たちが喧嘩のひとつでもしてくれれば、現行犯逮捕ができる。いざというときは公務執行妨害も行使できる。

だが、それは味方が数的に優位であればの話である。力で負ければそれまでなのだ。


それでも鷺沼と狛取は、接触して煽る作戦をとった。

<帰還者>の戦いは、人数よりも質である。鷺沼の能力が少しばかりひねくれた能力であること、狛取が強い治癒能力を持っていることがその作戦を選ばせた。

鷺沼は寡勢のときは強く出る方が良いことを経験上知っている。相手が勝手に応援者がいるものと判断してくれるし、自分たちと肩を並べる強者だと誤認することさえあるのだ。


どうやら阿久刀は後者らしく、自分のことを語りはじめた。

「あっちの世界で天下取れんかったんは、ワシらに財力やコネクションがなかったからや」

「大言壮語だな」

即座に鷺沼が莫迦にする。鷺沼に茶々を入れられたところで阿久刀は怯まない。むしろ、聞いてくれ、と言いたげだ。

「そもそもや、あの女狐に<大神殿>封鎖する知恵なんかあるはずないやろ。そんな度胸すらあらへん。あれは、ワシのアイディアや」

「今度は妄言か?」

「そう思うなら思うてええ。なんせ、あの<大神殿>に閉じ込められながら、脱出でけたのはワシひとりやからな。ただ、後の交渉に有利になるか思うて、閉じ込められとった人間の名簿持っとるんやわ。暗記しとるから全部言うたろか?」


阿久刀の目が鈍く光る。いつも細い目で帽子を目深に被っているのはこの眼光を隠すためか。

「要するに、女狐の色香に迷い、アイディア奪われた上、口封じのために幽閉されたので、尻尾を巻いてそこから逃げ帰ったってわけですね」

狛取が言うと、阿久刀は帽子を取って笑った。


「あっはっは。痛いとこ突くのう、ロビンちゃーん。せやな、天下取るいうんはリベンジマッチかもしれんなあ」

あっという間にお好み焼きを平らげた阿久刀は立ち上がって言った。


「さあて、ここのお好み焼き代かけて勝負しよか」



◆□◆023―B 幻思魔法回路


<落星舎>―――。

地域の自治会に払い下げになった公民館を、蔵人たち【ドロップアウトスターズ】が厚意により借りている。メンバーは増えたがまだまだ居心地はいい。


集合時刻よりも早く<落星舎>に全員が集まれそうであるという連絡を受け、その間に萩原薫樹と井ノ戸空慈雷は、例の<偽造貨幣>の件について、佐治蔵人に相談することにした。


北海道で作られた<偽造貨幣>と同じ質のものが、距離を隔てたここでも作れてしまうこと。

<偽造貨幣>の存在はあってはならないものと考えていること。

何かしらの媒介を使って<偽造貨幣>の情報を伝播させているものがあると推理し、ウイルスによって情報伝播を撹乱させようと考えていること。

これらの内容を蔵人に話すと、静かに首を振った。


「北海道から伝播させているものがあるとするならば、一体何が媒介となっていると考えている? 空気か? 伝播スピードと風の向きからまず考えづらい。電波? 音波? 生物? わずかに可能性があるのは携帯電話の電話帳を介したウイルスぐらいか。7人ほど介せば伝播はする。携帯ならほぼ全員持ってるしな。だからといってそれを新たなウイルスで書き換えるというのは問題があるな」

薫樹は蔵人の話を聞いて首を捻る。


「やはり何かまずいですかね」

「ウイルスによる書き換えが、<偽造貨幣>以外にも影響を及ぼすかもしれない。ワクチンとセットで作ったとしてコントロールできなくなるおそれがある。おいらは<伝播>型の仮説そのものを疑っているんだ」

蔵人は言い放つ。

「伝播型じゃないのにウイルスを使って変異を起こすことができるとしたら、逆に目的のカードさえ作ることが難しくなるってことだ。ユイを救いに行けなくなったら困るよな、リア」

佐倉莉愛の願いは<異世界>を守るために戦う恋人を救うことだ。やはり、莉愛は机を叩いて「それは困る」と叫んだ。


今度は空慈雷が首を捻る。

「リーダー。伝播型じゃなかったら、何型なんスか」

「<同期>型だと思う」

蔵人は兎耳姿のままなので、喋る度に耳がピルピルと動く。


「<同期>って、電波時計とかPCで言う『同期』スか?」

「どうき、いきぎれ」

「姉ちゃん違うよ。それは動悸」

「あー、もう、くーちゃん。伝播とか電波とか同期とか動悸とかわかんないー」

空慈雷の姉、依月風も話に加わった。と、いうより話をかき混ぜた。

「動悸を加えたのは姉ちゃんだけどね。リーダー。<同期>ってことはどこかから情報が送られてきているってことですか」

空慈雷は聞く。


「正確にはあるところに情報を送り、そしてそこから情報を受け取っていると考えた方がいい」

蔵人は言う。

「なあ、うさ耳の介。<同期>だと思う根拠は。おめえはよう、だいたい当てずっぽうで喋ってるように見えて、意外と考えてるようだからよう」

「腐れバジルより、リーダーにゃんは数百倍ものを考えてるにゃ」


狼面の樺地瑠羽仁と黒猫人姿のイクスも話に加わった。

ただ、伊吹撫子が静かに読書をし亜咲実は昼寝をしている。

蔵人が話しはじめる。


「<同期>の可能性に気付いたのは<剣閃皇女(じゅうしゃ)>を<アンサイジング>したときだ。いくらおいらがうまく描けたとしたって、あそこまで異世界と同じ容姿で同じ動きをさせるのはムリだ」

「力と速度は随分低下しているけどな」

「いいからバジルは黙ってるにゃ。ほら、リーダーにゃん、続けてにゃ」


「<剣閃皇女(かのじょ)>のデータがどこかにあるのではないかと疑った。そりゃあゲーム時代から最高位にまで高めた<従者>だ。サーバーにはデータが残ってるだろうさ。だが、おいらは異世界(あっち)で<剣閃皇女(かのじょ)>のデザインに手を加えた。剣の根元にね、【工房ハナノナ】の紋をアイテムを使って刻印したんだ。<剣閃皇女(ソードプリンセス)>!」


蔵人の背後に甲冑にドレス姿の女性が現れる。その神々しい姿が見えてない依月風は剥き身の剣に顔を近付けていったので、空慈雷が慌てて後ろに下がらせる。

「あ、ありますね。刻印」

空慈雷は言った。


「だろ?」

「でもそれって別に普通じゃないですか? リーダーの元絵があったから<擬神化>できたんですよね」

「描き忘れてたんだ、その紋を」

「え!?」

空慈雷には、描かれていない紋が<擬神化>されたときにはあるということがとても不思議なことに思えた。


「はーいはーい!」

莉愛が手を上げている。

「それを言ったら私の<バビロン>、全くスマホの形をしてないよ?」

蔵人は一旦<剣閃皇女>をしまう。

「スマホの<擬神化>が世界で初めて莉愛によってなされたわけだからなあ。あの虹のような光が出たとき、何か天使のようなものが出現するイメージをもったんじゃないか?」

「うんうん。びっくりはびっくりだったんだけど、天使が出そうとは思ったよ」

「ということは、<擬神化>も<肉体強化>も素材の影響が大きいが、<落伍星現象>が<魔力細胞>由来だから、莉愛のイメージを読み取って出力したって考えるべきか」

今度は薫樹が手を挙げる。


「そうなると、隊長。<剣閃皇女>も隊長の思念を読み取っていたってことになりますよね。『<異世界>との同期』って仮説の証左にはならないってことですよ」


薫樹の言葉に瑠羽仁が反応した。

「おい、ハギ。<異世界>との同期ってどういうこったよ。なあ、イクス、わかるか」

「伝播とか電波とか同期とか動悸とかあたりからわからないにゃ!」

「えらく早い段階からだな!」


薫樹は<異世界>との同期について説明する。

「隊長の<剣閃皇女>は、あっちの世界から情報をダウンロードしてるかもしれないって話ですよね。だから、こっちの世界にあるはずのない紋がついたと考えた。でも、思念を読み取っているとすれば紋は証拠にならない。珍しいですね、隊長の推理ミスなんて」


蔵人の耳がピルピルと動く。

「にっひっひ。これだけなら<同期>説は推理ミスだなあ。だが、このカードはどうかな?」

出したのは<メニュー画面(ステイタス)>だった。

「使ってみ。<アンサイジングコード>は<メニュー>だ」


使ってみた薫樹は小さく叫んだ。

「これってゲームの頃と、変わらない。でも、どうして」

瑠羽仁が狼面の鼻先をカードに近付けて覗き込む。

「なんだなんだ。おい、ハギ。何が起きてんだ」

「ここら辺にメニュー画面が表示されてるんですけど、バジルさんの名前が表示されてるんです」


瑠羽仁は上目遣いに睨む。

「そりゃあそうだろうよ。メニューなら名前くらい出るだろ」

「違うんです。バジルさん。ここに、<バジル>って名前が表示されてるんです」

「だから、オレ様見てるなら<バジル>って書いてて当然だろうよ」

「当然じゃないですよ! ここは元の世界ですよ!? 表示されるべき名前は、<樺地瑠羽仁>のはずでしょう!」


そこでようやく瑠羽仁もハッとする。

「<異世界>とつながる何かから情報を拾ってるって考えるのが当然じゃねえか?」

蔵人が言った。

「<伝播>型じゃ、なぜ<バジル>と表示されるかは謎だろう? だからおいらは、<同期>型、つまりカードがクリエイトされた時点で何かにカードの情報が送られ、それ以降作られるカードはそこから情報をダウンロードする形で作られると考えている。この<メニュー画面>だって、誰かがこのレベルのものを作っていたからおいらはほぼ労せずに作れた」


読書をしていた撫子が立ち上がる。

「ハギさん。私はアナタに自己紹介していません。そこの助平狼については、アナタの思念が影響して名前が表示された可能性があります。私の名前が正しく表示されれば<同期>説を肯定する材料になりうるのではないですか」


瑠羽仁が「イブえもん」と呼ぶのや、イクスが「イブにゃん」と呼んでいるのは聞いたが、正しくはなんという名か聞いていない薫樹はハッとして立ち上がった。

画面に書かれている文字を読む。

「虎ノ尾。。。伊吹」


「これで、ハギの頭の中以外からカードに情報が送られていることは明らかになったなー。ありがとなー。撫子さん」

「し、下の名前は気恥しいから、イブキと呼んでほしい」

撫子は顔を赤らめて視線を逸らした。


「つまり、<偽造貨幣>もどこかのサーバーのようなものにデータがあるってことですか」

空慈雷が言った。

「ディルらしい説明の仕方だが2つの意味で正しいだろう。<異世界>とこの世界をつなぐ架け橋がどこかにある。そして、それはこの世界ではサーバーの形をとっているに違いない」

蔵人は言った。

「隊長。向こうの世界ではどんな形で存在したんですか。そして、今、そのサーバーはどこにあるんですか」

薫樹は立ったまま聞いた。


「たんぽぽの刀を最強クラスに変えた<ユーエッセイ>の歌姫を覚えているだろう。託宣の女神アウロラ姫がアクセスした謎の設備があったじゃないか」

そのとき亜咲実がガバッと半身を起こして叫んだ。

「<幻思魔法回路>!」


「うわぁびっくりしたにゃ! あざみにゃん、起きてたにゃか!」

「今起きたよ、イクスちん。にゃあちゃん、この世界のどこかに<幻思魔法回路>あるんだね」


「おそらくな」

「争奪戦になる?」

「いや、おそらく<落伍星現象>を起こしているのもそいつだ。それを見つけ守ることが<異世界>の穴を穿つことにつながる。間違っても奪い合ったり壊したりしちゃいけない」

「じゃあ何で変なヤツらは、アタシらと戦おうとしてるの」

「さあなぁ。そのうち分かる」

「勝たなきゃ?」


「買った喧嘩は勝たなきゃなんねぇだろ?」

「よし、じゃあ作戦会議をはじめる!」

亜咲実は机を叩く。


「もうはじめてるよ」

莉愛は笑った。

「あ」

外で車の停まる音に、暇そうにしていた依月風が反応した。

「どうやって勝つか、話し合おうじゃねぇか」

蔵人は立ち上がって言った。

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