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022 遭遇

◆□◆022―A シンクロニシティ


「やっぱりこれ、まずい現象ですよ」

空慈雷はバサッと紙幣を部屋に撒き散らした。

<落星舍>では、井ノ戸空慈雷と萩原薫樹がカードの作成に勤しんでいる。

他のメンバーは廃校舍で戦闘訓練だ。ただ、空慈雷(くじら)の姉、依月風(いるか)はそちらには行かず、当然のように薫樹(しげき)のいる方について回っている。


「姉ちゃん、持ってっちゃダメ」

「なぜバレた!」

こっそりと何枚かの紙幣を掴んで持ち去ろうとする姉を、空慈雷はそちらを見ないまま釘を刺す。


「私にも丸見えですよ、依月風さん」

薫樹も背中を向けたまま言う。二人が何らかの能力を発動させているのは間違いない。だが、依月風にはまるで見えないしわからない。

「二人だけ、ずーるーいー」


「依月風さん、ちょっといいですか」

振り向いた薫樹が依月風の胸に手を伸ばす。

「隠してもムダです」

胸ポケットに突っ込んだ数枚の紙幣をつまみ出す。依月風は胸を押さえ一瞬喘ぐような表情を見せるも、薫樹は完全に無視する。


「初めて作った割に、これ、一見真札と変わらないように見えますね」

「そこが問題なんですよ、ハギさん。ボクが一度目でここまで精巧なものを作れることがおかしいんです。北海道の触法少年たちは、何度も何度も作っては破棄してここまで精度を高めたんです」

依月風が四つん這いで二人の間に首を突っ込んだ。

「くぅちゃん、天才ってこと?」

「そうじゃないよ、姉ちゃん。<ガネセニ>」


部屋に散った贋金がふわっと舞うと、虹色の泡となって夢のように消えた。

「ああ、私のお金」

「姉ちゃんのものは一枚もないよ。問題は、きっと誰が作ってもこのレベルになるんじゃないかってことなんだ」

「すごいじゃん。誰が作っても精巧とか。私もその能力ほしいー」

「ホラ、それだよ。偽札が誰でも作れていいわけがないじゃない。新紙幣作らなきゃ対応できない事態になっちゃう。そこまでいったら経済へのダメージ計り知れないよ」

「わ、わたしのせいじゃないもーん」

「そう。お金がほしいって願っただけで罪を犯しちゃう仕組みなんてなくさなきゃダメだよ。ねえハギさん」

3人は顔を並べてカードを見つめている。真ん中の依月風は、空慈雷の手から薫樹の手にカードが渡るのを目だけで追った。


「それが仕組みのようなものなら、大元を叩き壊す。それが性質のようなものなら、このカードに手を加える。方法は変わってくるだろうけど、ディル君の意見には賛成だよ」

「性質ってなんです?」

空慈雷は聞く。

自分を挟んで無視するかのように喋られるのが癪だった依月風は一旦身を引いて、薫樹の肩に顔を置いた。

薫樹は特段邪険に扱う様子もなかったが、依月風の額を押して追い払った。猫でも相手にしているかのようだ。


「シンクロニシティとでもいうべきかな。ある事象が、ある瞬間を境に同時多発的に起きるようになる性質だとしたらどうだろう、ディル君」

「カードが持つ特性ってことですか」

「うん。ボクはね、こう想像するんですよ。Aという個体が獲得した能力が、B群、C群にも伝播し、同じ能力を持つカードが生まれるってね」

「その伝播ってところに問題の性質があるようですね」

空慈雷が言う。

「ボクの知り合いに遺伝子情報を研究している人がいてね、こんな話をしてくれたんです。DNAのコピーにミスが少ないのには、RNAポリメラーゼがコピーを一時停止したり校正したりする機能があるからだそうです。Aとは離れたBやCといった地点で同様にコピーされているということは、そのRNAポリメラーゼにあたるものに情報が共有されているのではないかとボクは思うんですよ」

薫樹の言葉に空慈雷が息を飲む。

「情報の共有。マーケティングスペシャリストっていうんですっけ、ハギさんのお仕事。なんかハギさんらしい考え方ですね。ウイルスの世界にもシンクロニシティとかあるんですか?」

「ウイルスではなく、あるとしたら細菌の世界でしょう。それにボクは、MSなんて呼ばれるにはおこがましいくらい小さな製薬卸のペーペーの営業です」

「ちょっとイメージしにくいですけど、ウイルスと細菌ってどう違うんですっけ」

話についていけない依月風は畳に寝っ転がっている。だが、薫樹から離れたくないらしく、頭だけは薫樹の背中にくっつけている。


「ウイルスと言ったらプログラミングが専門のディル君の分野でしょう。簡単に言えば、自己増殖しないで他者に乗り移るのがウイルス。自分で増える生命体が細菌。ウイルスは小さくて細菌は大きいと言うこともできるかな」

「細菌がAという性質をもったとき、離れたBというシャーレに入れた細菌や、C群の細菌にAと同じ変化が起きるってことでしょ。そんなこと、有り得ますかね」

「シャーレの蓋を閉めていたらありえないでしょうね。AからB群やC群に変異をもたらしたのはバクテリオファージ。細菌に寄生するウイルスです」


バクテリオファージというものは、不思議と人工的な姿をしている。宿主に取り付いて、頭部に格納した遺伝情報を注入し、増殖させる。最終的に宿主となった細菌は破壊されてしまう。

ただ、宿主となったのに生き残る場合もある。それが変異だ。

バクテリオファージの遺伝情報のからみついたRNAは、違った情報をコピーするようになる。

「ウイルスが媒介となって離れた細菌がよく似た突然変異を起こすといった現象と、北海道で作られた<ニセガネ>がここでも精巧に作られてしまう現象が同じ性質なのではないかってことですか、ハギさん」


「隊長だったら別の可能性をあげそうな気はしますがね。もしボクの仮説が正しいとしたら、ディル君。カードクリエイトの得意な君なら、どんなカードを作るべきだと思いますか」


ややあって口を開いた空慈雷は言った。

「バクテリオファージに偽情報を埋め込むウイルス」

「ファージをも書き換えるカードですか。一刻を争う事態ですがこれは後の影響を考えると、隊長と相談する必要がありますね」


そう言って薫樹がスマートフォンを取り出した瞬間、アラートが鳴った。他の携帯電話からも緊急連絡を知らせる音がした。


それは、<バビロン>から<ドロップアウトスターズ>のメンバーに向けて発信された警戒レベル引き上げのメッセージであった。


◆□◆022―B 高まる緊張


「ウサギの介! てめぇ、<デモン>使ったら反則負けだからな!」


狼面の瑠羽仁が叫ぶ。

<亜空間>の中には緑に覆われた大地が広がり、あたかも元いた異世界に帰れたかのようだ。

莉愛は、<細則>に<追記>を施し、<亜空間>内にさまざまな地形を出現させることに成功した。

廃校が入り口であるのに、二キロメートル四方の空間が広がっている。戦闘訓練がしやすくなったと言えるだろう。


「おいらをただの<デモン>遣いと思ったら、痛い目見るぞー。行くぞ、<宗麟>」

高速で滑るワニに乗ったウサギのぬいぐるみが、狼男との距離を詰める。


「おいらは画家でね。描いたものを<擬神化>できるんだ」

「喰らえ、ウサギの介ェエエ工! <千本ナイフ>!」

瑠羽仁が大量のナイフを投げながら、後方へジャンプする。ヒットアンドアウェイが彼の攻撃スタイルだ。

「弾け! <剣閃皇女>」


蔵人の背後から甲冑姿の乙女が飛び出す。ナイフの雨を一本残らず剣で弾き飛ばす。さらに瑠羽仁との距離を詰め、剣の間合いに捉える。

剣が空を薙いだ。空振りだ。

瑠羽仁の身体は、横方向に移動して間合いから消えたのだ。


「助かったぜ! イブえもん!」

瑠羽仁の襟首を噛んだ虎が、彼を窮地から離脱させたのだ。


「スキありにゃ!」

攻撃直後の蔵人をもう一頭の虎が襲う。イクスの騎乗する<山丹>だ。

「まださ」

<宗麟>を強く蹴った蔵人は、斜め後方に跳んだ。<肉体強化:桜童子>の驚異的跳躍力があれば、脱出可能だ。

弧を描いて<宗麟>が蔵人の元に戻ろうとする。


「乗るよ」

その<宗麟>に飛び乗ったのが、亜咲実だ。<紅颯>が攻撃モーションに入る。


空中で無防備になった蔵人は、<金色翼竜>を<アンサイジング>する。だが、高速回転する<紅颯>の攻撃の方が一瞬早かった。


「ざまぁ! ウサギの介!」

「いや、浅いっ!」

瑠羽仁の歓喜の声を亜咲実が鋭く打ち消した。

左半身とウサギ耳からもくもくと煙を上げながら、翼竜の脚を掴んで空へと逃れる蔵人。

「お前ぇら、覚悟しろよ」

蔵人がぬいぐるみのような姿に似つかわしくない形相で言った。


「告。<亜空間>を使用者権限により、直ちに閉鎖します。五、四・・・」

突然アナウンスが響いた。奥の手を出すはずだった蔵人は一瞬で気持ちを切り替えた。莉愛の身に何かあったかもしれないからた。


校舎を出ると佐倉莉愛は、無事に立っていた。

「なんだ、なんかあったと思ったぞ」

「んー。にゃあ様、ちょっと」

「へ?」

莉愛は蔵人を手招きした。


「ケケケ。嬢ちゃん。うんこでも漏らしたのか」

「ボケバジルとは違うにゃ」

瑠羽仁をからかい返した黒い肌の少女は、イクスだ。

<肉体強化>で新しく手にしたスラリとした肢体はイクスによく似合っている。同様に、校舎を出る際には伊吹撫子は、元の女子大生姿に、山丹は牙の長い子猫の姿になっている。


「にゃあちゃん、リアの話、聞いてやんなよ。ブリーフィングならアタシらだけでやっとくからさ」

どうやら亜咲実は新しく手に入れた<肉体強化:貝独楽>の手応えについて早く話したいらしい。

「やっぱりオレ様が<千本ナイフ>で突破口を作ったからな」

「その是非は私の位置を認識していたかどうかによります」

「そうにゃ! イブにゃんのフォローがなかったらイクス迎撃食らうとこだったにゃ」

「キミたち、アタシの<スカーレットタイフーン・オブ・ジアース>をおいて何の話をしているのかな? まずはアタシの必殺技を讃えなさいよ!」

「キツネ左衛門尉の技なんて、最後の美味しいとこだけじゃねえか。オレ様の技のようにだなぁ」

「なにおう!」


わいわいと騒ぎはじめたので、莉愛は蔵人を連れて少し離れた。

「何だ。顔色悪いぞ」

「この動画、見て」

<バビロン>が蔵人の目を覆う。それは、数十分前にアップロードされた、<アトゥクーダ>の動画だ。


「こりゃあフェイクだなぁ」

蔵人は即座に断言した。

「何がフェイクなの? にゃあ様」

「ドリルがこちら側に突き出してくるのに、釘のようなものが突き抜けるような飛び出し方してるじゃねえか。ドリルは回転してんだぜ。服や肉体は柔らかいんだ。破れる前に回転に巻き込まれなきゃおかしい」

「そんなグロいとこ見てたの?」

「突き抜けるのがトリックだとすると、この女の子の身体が仕掛け付きのニセモノか。いや、もっと合理的な説明ができるな。待てよ、そっちの方が厄介だな。となると、これは、みんなにアラート送るべきだ」


蔵人がひとりでもごもごと喋りながら、考えごとをしはじめた。慌てて莉愛が問いただす。

「厄介って何が? 合理的な説明って何?」


「ああ、すまない。【ドロップアウトスターズ】に対して緊急アラートを送信するよう<バビロン>に言ってくれ。文面は『未知の強大な<帰還者>集団が襲来する可能性あり。警戒度を3に引き上げる。2時間後<落星舎>にて対策会議を行う』以上」

「<バビロン>聞こえた?」

莉愛が振り向いて、背後に立つ機械天使に聞いた。

「録画しています。テキストデータに変更しますか」

「そうして。お願い」

莉愛は<バビロン>にアラートを送信させる。その間に問い直す。


「にゃあ様、ここにうつっているのが<帰還者>ってどうして分かったの? ドリルの部分はフェイクだったんだよね?」

「腹を貫かれてあんなに元気に動き回るヤツはいない」

「元気っていうか、ゾンビ的な?」

「最初から死んでなきゃ蘇る必要もない。彼らが<帰還者>なら殺すことなくドリルを貫通できるだろ。<物質透過>さ」

「でも血とかぐじゃーって」

「腹に刺さる側の映像はない。刺す前に汚せばいい。初歩的なトリックさ」


「な、なんだ。てっきり人を殺してゾンビに変えてるのかと思ったよ」

莉愛は胸を撫で下ろす。

「そこが恐ろしいところなのさ」

蔵人は短い腕を組んだ。

「え?」

「その可能性もゼロではないということを組織の人間に示したのだよ。そうでないと、スナッフフィルムと思わせておいてゾンビ的な結末にする意味が無い」


「スナ・・・」

「莉愛は覚える必要はない言葉さ。多くの人間が見るメディアにそれを流したってことは、特定のところにいる組織ってわけでも強固な繋がりってわけでもないらしい。が、この映像を見て賛同するものやシンパが現れるようなら、かなり厄介だ。組織としてはふわふわしているくせに持っている力は恐ろしく強いってパターンだろう」


「次の標的、うち、なんだよね。eスポーツの加入申請出したから、狙われちゃったんだよね」

莉愛が表情を曇らせる。

「スマホの動画見せる前に待ち受け画面をうつしているのは意図的なものだろう。リアルタイムであることを証明したわけだ。うちらを<帰還者>と気付いているのか、偶然かは知らねぇが。こういうのがやってこねぇように【工房ハナノナ】の看板下ろしたっていうのになあ。ああ、莉愛が気に病むことはねぇぞ。これもまあ、想定内っちゃ想定内だ」


「にゃあ様、なぜリアルタイムであることを示す必要があるの?」

「ああ、そっちはおいらたちに向けてのもんじゃねぇさ。あの幼女の処刑がフェイクなら、捕らえられてた3人組も生きてるってことさ。つまり、おいらたちに宣戦布告しながら、同時に3人組の仲間に対して脅迫もしているわけだ」

「身代金誘拐ってこと?」

「誘拐って言えるかどうかは分かんねぇが、身代金くらいは請求するだろうな」

ぬいぐるみ姿の蔵人の言葉は、あっさりしていても物騒な内容ばかりだ。


「身代金払われなかったらどうなっちゃうの?」

「お前ぇは優しいなぁ。だが、心配するだけムダだ。むしろおいらたちの敵になるんだからな」

「え?」

「金を払わなきゃ、仲間にするぞってことさ。関西の<帰還者>なら派閥は違えど異世界じゃ同じギルドのメンバーだ。リーダー格の野球帽の男の方が条件が上ならば、そちらに寝返るさ」

「条件?」

「金で雇われてるなら金。<帰還者>ならカードをチラつかせた方が簡単だろう。だが、リーダーのカリスマ性が案外決め手になりやすい。元はゲーマーだ。采配の仕方や報酬の分配、チームの雰囲気作り、かける言葉、そして強さ。そんなものが条件になっちまう」


「全部敵になっちゃうのー! レーザービームに火の海男に城を叩き潰す侍。そして天使を操るリーダーと、<物質透過>の少女。なんで、こっちにくるのー!」

「まだいるみたいだし、ちょっと策略練らねえとな。2時間後には全員集合だ」


ブリーフィングを終えた亜咲実たちがやってきた。

「何なに、今のアラート。ギルド戦争はじめちゃうの? やったろうじゃん」

「オレ様の<千本ナイフ>の出番かよ」

「それは大したことないにゃ」

蔵人は頼もしい仲間に笑みを浮かべる。

「ま、できることをやるだけさ。さあ、ブリーフィング第2弾だ」



一方その頃、広島で途中下車し、早めの夕食をとっていたのは<洒落神戸U2Me>こと阿久刀空海の一味だ。

「歓迎会や! パッと食ってや。<五虎たん>、<暴君アバネロ>君、<デカベル太>君! 仲間になったんやから、食べな損やで。なあ、<エアK>君! おばちゃん! じゃんじゃん焼いたって」


空海が手を叩いて笑う。

「主演女優賞がうんこから戻ってきたでー! みんな拍手や! <ひなたママ>!」

「うんこバラすなでしゅよー!」

グーパンチで空海の頬を殴る。

「ぐぼーっ! ぐ、ナイスパンチや。でも、<ひなたママ>のおかげでビビりあがった連中が、ものごっつ寄付金入れてくれよったからなぁ。関係保ちたいやつも、関係切りたいやつも、ぎょうさん弾んでくれよったで。なあ、こっちについて正解やったろ、<五虎たん>」

メガネの青年の肩を叩いて空海が笑う。

その前にビアジョッキをガンとテーブルに打ち付けたのは、ピンクブロンドの美女<剣P>だ。

「ぽわちゃん帰ってこないけどね! なんなん、アンタのビームライフル! 最悪! 隙見て刺すから、乾杯」

「か、乾杯」

「ワッハッハ。それにしても、なんか、和服率高いなその辺り。なあ、波羅くん」


「<チクシーY>君も<デカベル太>君も、<森高若菜>さんも和服姿やからな。しかし、九州行くのはたった九人かー。せめて十二人でパーティ組みたかったなあ」


その時、店の扉が音を立てた。

「あ、すいません。今日は貸し切りになってしまって」

店の女将さんが断ったが、大柄な男と華奢な少年は無視して中に入ってきた。

「あの、お客さん」

「お、なんや? 入団希望者かい?」


「途中下車してくれて助かりました。ボクは狛取恭介。こちらは、鷺沼有楽。キミたちを監視させてもらうよ」



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