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020 大阪大戦

◆□◆020―A リターニーズ


熊寺圭一は、一通のメールを受信した。

会員制サイトからのメールマガジンだ。

「NEWSリターニーズ」。


3人のコメンテーターによる「アンサイジングカード」(と、このメルマガでは呼んでいる)に関するレビューコーナーがメインである。

中段では、中二病くすぐる「アンサイジングポーズ」のコーナー、新カードの紹介と続く。

熊寺が好みなのは、最下段にあるショートコラムだ。


◆□◆

相変わらずとんでもない文量の『洒落神戸U2MEの洒落乙アンサイジングポーズ』のコーナーのせいで、ここまで読んでくださってる方がどれだけいるか不安ですが、ものすごくスクロールして読んでくださってありがとうございます!

薔薇蜜です!

それならば<Shavetter>でお得な情報をShavetする方が・・・と、いうのも検討されたのですが、会員様の紹介でしか読むことのできないメルマガ配信の方が、お得感ありますよね?(小並感)

じゃあしょうがない! ここまで読んでくださったためだけにお得な情報をお届けします!

(←恒例)

『カード通クロスれびゅ』のコーナーでも取り上げた<どこでもエア>を3名の方に直接販売いたします。普段は上級会員からしか買えないあなたもカードゲットのチャンス! それでは販売会場のヒント! 『・・△の・―台』今回は大阪在住の方が有利かも。


最後にひとこと。<帰還者>として新生活を迎えてるみなさん! 『頑張れ』の励ましにつぶれないでくださいね。『頑張れ』とは「頑なに張れ」。「バフかけるから倒されるな」の意味ですよ。けっして「何やってんだ、DPS上げろ」の意味じゃないんですよ。

以上、薔薇蜜でした!

それでは次回の『NEWSリターニーズ』もお楽しみに!

◆□◆


「マジかよ!」

熊寺は叫んだ。財布を掴んで中身を確認した。

「よしよしよし! パチンコ勝ってから流れ来とるで!」

自転車にまたがって勢いよくペダルをこぐ。

噂によると、メールマガジンの配信からわずかな時間、ショートコラムに書かれた場所でカードの即売会をしているらしい。


紹介の紹介の紹介で会員となった熊寺のような末端会員になると、入手するカードの価格は驚くほど高くなる。

希望するカードが手に入らないことだって多い。

今回取り上げられた<どこでもエア>は、様々な使い方が考えられるという。

クッションに。安全装置に。水中呼吸に。空中移動に。これほどまでに多様な用い方が可能なカードならば、末端価格は数万円になる。

それが、入手できる機会なのだ。


何より『NEWSリターニーズ』のコラムニスト<薔薇蜜>に会えるかもしれないのが、熊寺の心を沸き立たせた。

「こっちに越して来て正解やったなぁ」

何度も浪人した末、ようやく大学生となって1ヶ月。新しくできた年下の友人たちも呼べないような安アパートに引っ越して、初めてよかったと感じた熊寺である。

この後起きることも知らずに、無邪気に自転車を走らせた。


目的地は目の前に見える通天閣だ。

近くの公園に自転車を停めて、そこから猛ダッシュで展望台入り口を目指す。地下1階まで階段で下り、カラフルなアーチのチケット売り場までたどり着く。熊寺はその時点でゼイゼイ荒い息をついていて、これまでの運動不足を後悔した。


「異世界やったらもっと走れとったんに」

「はい?」

「いやいや、お兄さん、独り言ですわ。大人一枚」

「はい、異世界気分をたのしんでってやー」


そこから5階まで行く。

「子どもの頃連れてきてもろうて以来やけど、この金ピカ感は異世界気分はたしかに健在やなぁ」

とは言っても、熊寺は異世界では貧弱なソロプレイヤーだったので、レイドボスが現れるような金ピカな部屋に入場したことはない。


まだ早い時間なので、わずかに観光客がいるくらいで、インフォメーションセンターへ急ぐ。

この階もその上の階も展望台と呼ばれるが、『NEWSリターニーズ』の編者はいそうにない。


おそらくロシアからと思われる観光客は違う。

「ロシア語やろか。お年寄りやのにみんなデカいなあ。あそこのラブラブ夫婦もちゃうやろなぁ」

よくよく見ると、男の方だけ指輪をしているので、夫婦ではないのかもしれない。


通天閣には、特別展望台がある。別料金であることにためらって、他の人に先を越されては面白くない。迷わず特別展望台のチケットを買う。

案の定、6階にもそれらしい人物はみつからなかった。


階段を駆け上がり屋外に出る。大阪の街を眼下に一望できる絶景スポットだ。4人の客がいた。帽子をかぶった青年とパーカーを着た青年の男性2人組。

吹く風にピンクブロンドの髪を靡かせる意識高い系女子と小学生にしか見えない大人女子の2人組。

「あ」

熊寺はピンクブロンドの女性の頭の上に、ひつじのぬいぐるみのような天使が浮いているのを見つけた。

<アンサイジングカード>の効果であるのは間違いない。何やらとてもいい香りがする。


「NEWSリターニーズの方、ですか」

熊寺は荒い息を抑えて聞いた。

ピンクブロンドの女性は微笑むと熊寺に言った。

「<ドドッピヨン>の洒落乙ポーズは?」


一瞬何を言われたかわからず、熊寺は目を丸くしたが、洒落乙ポーズというのでピンときた。

<洒落神戸U2Me>のコーナーにあった写真を真似ろということか。

ラインダンスでもするように片脚の膝を交差させながら高く上げ、手はペンギンのように下に伸ばし、口はおちょぼ口。

「<ドドッピヨン>!」

「ぷっ」

ピンクブロンドは吹き出した。

「あーっはっは、合格合格、おめでとう! 名前は?」

「ベアK。あの、聞いてええですか」

熊寺は顔を真っ赤にして言った。

「ひょっとして<薔薇蜜>さんですか」


ピンクブロンドはまた笑う。

「ベアKは<薔薇蜜>のファンなの?」

「あ、はい。いつも優しくてあったかくて、今日のコラムとか、最高ス。『頑張れの言葉はDPS上げろじゃない』とか、オレ、頑張れがプレッシャーだったし、言う方も遠慮して言わなくなってきて、ホント感動しました。大ファンです、<薔薇蜜>さん!」

背後で男性客が笑い声をあげた。間の悪い客だ。早く帰ればいいのにと熊寺は思った。


幼女っぽい成人女性はスマホを見ながら言う。

「ベアK。登録ありましゅよ」

「かーっかっか、じゃあ、商談と参りまひょかー! ベアK君。いや、これから<どこでもエア>手に入れる君は、もう<エアK>君やな。かっかっか。なあ、モテモテ波羅君!」


熊寺はびくっとして振り向く。無関係と思い込んでいた男性客もピンクブロンドの一味だったのだ。

「え、あ、あなたは!」

帽子の男が、例のポーズをやってみせた。

「ドドッピヨン」

「<洒落神戸U2Me>さん! ですよね、<薔薇蜜>さん」

熊寺はピンクブロンドを振り返り確認する。

だが、ピンクブロンドは「アタシ?」とでも言うように鼻の頭に人差し指を置いて目を丸くした。


「アタシは<剣P>。<薔薇蜜>だったら・・・」

そして、熊寺の背後の男の表情を伺ったようだ。ピンクブロンドは肩を竦めて「今日はいないみたい」と曖昧に答えた。

熊寺は残念そうな表情を浮かべたものの、それ以上にピンクブロンドが名乗った名前が気になったらしい。

「え、<剣P>って鬼軍曹みたいなアイコンの?」

「せやで。クロスレビュー書いてるのアタシやで。だって異世界じゃ鬼軍曹やってん。そんなひゅーっと女言葉出てこぅへんて。ちなみにこっちは<ひなたママ>」

「ひなはイメージ通りでしゅよね!」

「全っ然! ママ感、皆無!」

幼女が胸を張るので思わず熊寺がツッコミを入れる。


「あー、おほん」


<洒落神戸U2Me>を名乗る男が咳払いをする。

「商談の話ィは、御破算っちゅうことでええやろか」

「すんません。すんません。すんません。『NEWSリターニーズ』のみなさんにお会いできて舞い上がってしもて。それでおいくらで譲ってもらえるんですか」

「ドドッピヨン」

気に入ったのか例のポーズでシンキングタイムをとったらしい<洒落神戸U2Me>は、しばらくして答えた。


「せやなあ。レビューで25点出したカードや。他のしょぼいカードやったら5000円でもええ言うたるけど、これはなあ。2万、んー、でも、<エアK>君は『NEWSリターニーズ』の愛読者やしなあ。清水の舞台から飛び降りるいうか、通天閣の展望台からダイブする気分で大盤振る舞いや! 他に2枚カード付けて2万円でどうや! なあ、モテハラ君!」

<洒落神戸U2Me>の横にいる男は、ポンと相棒の胸を手の甲ではたく。

「人をセクハラの仲間みたいに言いないや。でも、まあ、現状考えるとお買い得値段かもしれんなあ」

「どや、セクハラ君のお墨付きや! さあ! <エアK>君! 決め時やで」

「セクハラちゃう言うとるやろ」


熊寺にも文句はなかった。末端価格ともなれば、どんなしょぼいカードとやらでも2万円では厳しいくらいだ。2枚おまけがつけば、転売も可能だ。元が取れるどころか倍額にもできる。

「おおきに! ええ買い物しましたで、<エアK>君。使い方は簡単やで。青い猫型ロボットの真似してこう言うだけや。どーこーでーも・・・」


その声は、風船の割れるような音で遮られた。

桜の花びらが風に舞ってキラキラと輝くように、何かが弾けて飛び散った。香水の瓶を割って撒き散らしたように香りが立ちこめる。


熊寺はその現象をしっかりと目撃していた。だが、理解するのに時間がかかった。一種のパニック状態であったと言っていい。

「ぽわちゃん!」

ピンクブロンドの<剣P>の悲鳴で、熊寺はようやく我に返る。<剣P>の頭上にいたひつじの天使のようなものを、ピンク色の光の束が撃ち抜いたのである。


撃たれた天使は、香りだけを残して弾けて消えた。香水を<擬神化>したもののようだ。(この時点では彼らに<擬神化>の概念はない。)


薄茶色の柳眉を逆立てて<剣P>は叫ぶ。

「今、あっちの方角から!」

熊寺はピンクの光線が放射された方角を向いて、柵から身を乗り出した。

「アホンダラ! 身を伏せぇ・・・」

<洒落神戸U2Me>が熊寺の服の裾を掴もうとしたが間に合わなかった。

熊寺はビームを肩に受けてしまった。硬直した身体は傾き、そのまま柵の外へと転落した。


「ひな! 行けぇ!」

「まかせにゃしゃい!」

幼女は箒のようなものに跨ると、熊寺を追って塔の外へ飛び出した。

「泣いてる場合やあらへんで! 剣! 距離を計測。大阪さんは洒落神戸兄さんの大阪入りを歓迎しとらんようやで。波羅君。<ドドッピヨン>で反撃や」


スマホを操りながら阿久刀空海は指示を出す。

「その名前、なんとかならへんのかい」

「ならん! おう、<チクシーY>。ついに始まってもうたで、大阪大戦ってやつがなあ!」

塔の外にいる幹部に連絡を取りながら、波羅唯志のぼやきを軽くいなす。

「行けぇ! <ドドッピヨン薔薇蜜>!」

「そんな名前やあらへんて!」

波羅が生身のままロケットミサイルのように宙を翔け、ビームの雨を避けながら発射地点を目指す。まるで戦闘機のような動きだ。


「さて、エアKは無事やろうか」


◆□◆020―B 裏切りの連鎖


「アトゥクーダ!?」

「トゥィフパリャートキェ?」

「シトスルチーロシ?」

「アトゥクーダ!」


耳慣れぬロシア語が飛び交い、熊寺は混乱した。それでも3言目には繰り返される「アトゥクーダ」だけは耳に残った。


でっぷりとした老婦人が、塔再突入の瞬間を目撃してしまったらしい。熊寺を抱きかかえた<ひなたママ>が、窓をすり抜けて床に転がったものだから、「何処から来た」と喚き散らした。

それで仲間たちは「大丈夫か、何かあったのか」と騒ぎ立てることになった。


その場に居合わせたカップルも熊寺と同じだったようだ。後に取材に来た新聞記者にその時の様子について、「アトゥクーダ」だけを伝えた。


正確な事情を言うと、不倫デートの最中と思しき二人のうち、指輪の男の方はきちんと、「アトゥクーダ」と聞き取っていた。しかし、女性の方が「悪党だーって叫んでたよね」と言い張った。どうやらこのカップルは女性の方が支配権が強いらしい。

新聞記者は、一応悪党団という名称を採用したものの、ロシア人観光客が日本語で叫んでいるという点に疑問を感じ、独自に調査をすすめ、「何処から来た」の意味である<アトゥクーダ>に行き当たった。

そんな経緯から、阿久刀空海の一味は「悪党団」もしくは「アトゥクーダ」と呼ばれるようになってしまったのだ。


「ハイ、クマちゃん。これがキミのカードでしゅよ」

「ちょ、ちょい、ここ、人目多いさかい、どっか別の場所に行けへんですか。ひなたさん、そや、エレベーターで」

「まー、人妻と二人っきりになりたいとか、キミも隅に置けない子でしゅねー。いいでしゅよ。ひな、アバンチュール大好きでしゅ」

「ちゃいますて! とにかく、ホラ、こっち!」

そう言うと<ひなたママ>の手を取り、熊寺は駆け出す。

「拉致でしゅか? 監禁でしゅか? ひなワクワクするでしゅ」

「外聞悪いて!」

ロシア人観光客の輪から飛び出して、エレベーターに転がり込んだ。

エレベーターの扉がしまると、ガサゴソと財布から2万円を掴んで、熊寺は<ひなたママ>に差し出した。


「幼女を金で買う気でしゅか。顔に似合わずゲスの極み坊やでしゅねぇ。しょうがない。どこぺろぺろしたいでしゅか」

「カード代ですて。<どこでもエア>の」


<ひなたママ>は渋々受け取る。そして、カードを渡す。

「どさくさに紛れてタダでもらってしまえばいいのに」

「そんなんできひんでしょ。人として」


エレベーターの灯りが突如明滅した。揺れを検知して緊急停止状態になったのだ。

「外のドンパチ激しくなったみたいでしゅね。クマちゃん、ひなと二人っきりでしゅよ。襲ってもええんやで」

「襲わんですよ。ロリ趣味もあらせんですし。でも、ホンマに襲ってきたらどないする気ぃですか。強いカード持ってる余裕っちゅうヤツですか」

「そうかもしれないし、そうじゃないかかもしれないでしゅねー。襲ってみましゅか?」

「だから、襲いませんて。しかし、エレベーター止まってしもうたんに、えらい余裕ありますね」


熊寺は忙しなくエレベーターのボタンを連打する。

「さっきはガラスすり抜けたんでしゅよ。脱出するつもりならいつでもやってましゅ」

「はぁ!? できるんならさっさとやってくださいよ」

「さっさとやるつもりなら、クマちゃん置いてさっさと出ていってましゅよ」

<ひなたママ>が腕を伸ばして熊寺の顎をつかむ。


「そんなタダ同然のカードに大枚叩くバカは、命の恩人に礼も言えない赤ん坊でしゅか。ひなは赤ちゃんには優しいでしゅが、ただのバカならあんまり優しくないでしゅよ」

熊寺は顎を押さえられているので、喋ることができず、首を振って逃れた。そして、混乱した。


<ひなたママ>の意外な凄味に驚き、金を払ったばかりのカードをタダ呼ばわりされ愕然とし、礼をまだ言っていなかったことを恥じた。

「あ」

「何? クマちゃん」

「ありがとうございました」

「ふふん。自分の身も守れない赤ん坊には優しいんでしゅよ」

<ひなたママ>は胸を張る。

「あの、タダ同然ってどないな意味ですか。<幻想級>から<秘宝級>の希少なドロップ品ですよ、ねえ」


<ひなたママ>は鼻を鳴らして笑う。

「残念ながら、あっちの世界とは違うんでしゅよ。その言葉でいうなら、全部<製作級>でしゅ。うちの大将をはじめ、色んな人が作り方を秘匿してるだけでしゅ」

「マジか! 転売し放題じゃないすか」

「転売? そんなみみっちいことするより、有効なものを作って使った方がよっぽどいいでしゅよ」

「でも、なんでそんなこと教えてくれるんですか。そんなこと教えたら『リターニーズ』のみなさんの損になるやないですか」


「ひなの忠実な下僕がほしいんでしゅよ。大阪さんもうちらも元をただせば同じギルドなのに、この通り戦争状態でしゅ。誰がどう裏切ってもおかしくないんでしゅよ。うちの大将は、ひなたちが裏切らないように、新規カード作成を封じる<アンサイジングカード>を使ってるでしゅ。だから、必要なんでしゅよ。ひなを裏切らない下僕が。クマちゃん。あなたをスカウトしたいんでしゅ」


「『リターニーズ』を裏切る気なんですか」

「ううん。ひなを裏切らせないだけの力がほしいんでしゅ。新たなカードを作ってひなに売って。ね、クマちゃん」


停止したエレベーターに地震のような振動が伝わる中、熊寺にはもっと考える時間が必要だった。

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