017 救出と新たな謎
◆□◆017 イクス救出
先手は山丹の突進だった。狙いはぬいぐるみ姿の蔵人。
「<反射:リフレクタ>」
蔵人はカードを突き出して左腕に球体の盾を出現させる。
山丹の攻撃は阻めた。ただし、反作用で後ろに転がる。
すかさず<紅颯>の峰打ち。イクスが二枚刃鎌のシックルで受け止める。
山丹が踵を返した。
蔵人と亜咲実とは反対方向へ逃げようとしたのだ。
そこへ依月風の運転する車が到着する。
ハイビームに目が眩んだか、山丹が一瞬たじろぐ。更に身を翻して向きを変えると、川に飛び込もうとした。
山丹の鼻先にワニのようなものが飛びついた。
山丹は立ち上がるようにして、ワニのようなものをたたき落とす。これで川に逃げることを防ぐことができた。
「ナイスフォロー、リア!」
莉愛が蔵人たちの後方から<宗麟>を蹴り飛ばしたのだ。
山丹が蔵人たちとハイビームを向けている車と一定の距離をとってぐるぐると円を描くように歩きはじめた。隙を探しているのだろう。
瑠羽仁の車も到着し、狼男と虎が車から降りる。
イクスたちを囲んだところで、蔵人が明言する。
「勝利条件が確定した。イクスの勝利条件は、この場からの逃走、もしくは脅威の排除。おいらたちは、ディルの<猫化>で機動力を奪うこと」
空慈雷が手に持つカードを山丹に接触させれば勝ちという条件は、一見楽に思えるが、なかなか高いハードルだ。
猛り狂うトラに触れるなど、どんな手練の飼育員にだって不可能なことだ。むしろ常識ある飼育員なら絶対に止める。
手持ちの攻撃系カードは<デモン><紅颯>、そして<人虎>だ。だが、<デモン>を使うわけにはいかない。目的はあくまで救出なのだ。
伊吹が空慈雷と山丹の間に移動する。2匹のトラを車から眺める依月風は肝が冷えたに違いない。野生動物のいる檻の中に弟が入れられているような景色だ。
伊吹と山丹が睨み合う。山丹の鼻先を小石がかすめる。瑠羽仁の投石だ。地味に嫌な攻撃に唸る山丹。更に蔵人が<道雪>のルアーで尻尾を叩く。山丹の意識を散らしていく。
もう一度投石した隙に<紅颯>が接近してイクスに斬りかかる。
大きく山丹が跳ねて、川を背後にした。死角をなくしたのだ。
「手強いですね」
薫樹が思わず呟いた。
<人虎>に変化した伊吹はゆっくりと前に詰める。山丹が大きく吠える。そのとき<道雪>が山丹のこめかみを狙った。
山丹が<道雪>に気付いて身を低くした。
これが狙いだった。伊吹の影に入って空慈雷が接近していた。
<道雪>は蔵人による援護射撃になるはずだった。
飛び出した空慈雷は、あと僅か50センチという所まで迫った。
その瞬間、山丹が振り向いて空慈雷の右腕を噛みちぎった。<道雪>はイクスによって弾かれた。
「くぅちゃん!」
依月風が叫ぶ。
「さすが、イクスと山丹。最強コンビだよ。でも、ボクの勝ちだ。<猫化>!」
空慈雷は宣言した。
山丹が噛みちぎったはずの右腕からは、血飛沫ではなく、もくもくとした蒸気が出ていた。無事な左腕で殴りつけるようにして山丹の身体にカードが押し付けられた。
山丹が途端にごろんと仰向けになった。イクスが山丹の背から飛び降りる。
山丹はまたたびを食らった猫のように脱力してしまった。
<猫化>のカードは、山丹を猫サイズまで縮めるものではなく、猫のようにおとなしくさせるものだった。
そして、腕の千切れた空慈雷が平然としているのは、<影武者>を<肉体強化>に使っているからだ。
「痛みがあるんじゃねえかって心配したが、ノーダメージでよかった」
蔵人が呟いた。
<亜空間>を作らせたときから、蔵人には<影武者>を<肉体強化>として使う構想があった。しかし、ぶっつけ本番になって安全性をたしかめられなかった采配を恥じた。
勿論、移動中この考えを説明した時に、ある程度の傷で効果があるのは確かめている。だが、身体の何パーセントの損傷までノーダメージでいられるのか、蔵人は自分の身体で実証するつもりだった。
その安全性を担保する仕組みが<亜空間>と<細則>だったのだ。
とにかく、今は空慈雷の無事にホッと胸を撫で下ろしたところだ。あとは、イクスだけだ。
「はーなーすーにゃー! 何なのにゃ! 腐れバジルー!」
懐かしい喚き声が聞こえた。イクスに飛びかかった瑠羽仁が首飾りに触れたのだ。それと同時にイクスも正気に戻った。
「毎度この石は頭痛がひでぇ! イクス、おめぇよくこんなん付けてられるな」
その石は異世界においても謎を多く秘めた宝石で、魔力の塊のようなものだ。イクスを暴走状態にしたのは、吹き荒れる嵐のような凄まじい勢いの魔力だったのだろう。瑠羽仁が握ったことで、イクスにかかる負担が減ったようだ。
イクス救出作戦の完了である。あとは無事この場を立ち去るだけだ。イクスは頭部が猫の、猫人間である。今後この世界で生きていくためには<肉体強化>で人間に化ける必要があるだろう。問題は山丹の方だ。小さくならなければ、車にも乗れない。
「よかった。山丹にも痣があるぞ」
腹の辺りの白い毛を掻き分けると、<落花紋>が見えた。
「じゃあ、こいつが使えるぞ。猫のぬいぐるみだ」
蔵人はカードを山丹の掌に置いた。
「いつものように鳴いてくれ。<アンサイジング>コードは『ガウ』。解除は『ウガ』だ」
まだ空慈雷に<猫化>のカードを当てられているので、山丹はミャウミャウ鳴いている。
「イクスと山丹は連動している部分があるみたいだからな。イクスが正気に戻ったのなら、<猫化>を外して大丈夫だろう」
「ガウ」
早速山丹が返事した。みるみるうちにサイズが縮んでいく。トラ模様の猫の姿になっても、やはり牙は口の外に飛び出していた。
山丹は空慈雷の脚にすりすりと身体を擦りつける。どうやら<猫化>はかなり心地よいらしい。おねだりしているのだ。
「わ、山丹がちっちゃくなったにゃ! 何が起きたにゃ!」
「え、何? それラテン語? イクスが何言ってんのかわかんない」
亜咲実はイクスの頬をむにむにとつまんだ。
「ああ、おいらとバジルにしか理解できてないのか。どうやらこの姿も単に動きやすいだけじゃなかったみたいだな。詳しくはイクスと<落星舎>に帰ってからだ」
車に戻りかけた兎耳がぐいっと引っ張られる。
「あだだだ。な、なんだ。たんぽぽ」
亜咲実がこっそりと耳打ちする。
「あん? 家族風呂?」
「にゃあちゃん、しーしーしー!」
亜咲実は口に指を当てる。
「じゃあ、イクスと一緒にハギに送ってもらったらどうだ。イクスも大概埃まみれだからな。ディルの姉ちゃんも誘ったらどうだ? 少しは<帰還者>との溝を狭めた方がいいだろう」
車に戻ると依月風は、理解の限度を越えたのか口を開けたまま放心していた。
◆□◆017―B 北海道の謎
<帰還者>にとって3日めの朝を迎えた。
桜の花が満開で、九州人には信じ難い光景だ。
九州ではもう既に藤が満開の時期で、山は濃厚な栗の花の匂いに満ちている。
だから九州出身の三瀬早玉緒にとって、この時期の北海道の空気がどこか清純に感じられた。
彼は北海道に赴任になってから、2度目の春を迎えた。
玉緒は、木質バイオエネルギーの研修の傍ら木工に励んでいる。
元々はゲーム世界でも、【工房ハナノナ】というギルドにいて木工を担当していた。よくよく木が好きなのだと自分でも思う。
言い方が悪いかもしれないが、この辺りに住む人も大樹を想像させる人が多い。のんびりとしていておおらかで穏やかで気さくな人々たちだ。そんな性格でなければ先週までのひどい寒さは乗り越えられないだろう。
大都市からやってきた同僚などはいつも愚痴を言っている。気がきかないだの、とろいだの、寒さで凍ってるんじゃないかだの、飲みながら出てくるのは悪口ばかりだ。とても聞いていられない。きっと生き急ぐ彼には住むべきところではないのかもしれない。
玉緒は、自宅へ帰るのが困難になるほど雪が降ることや、夏場に行ける海水浴場が近くにないことには不満があったが、人に対して不満をもったことはなかった。
だから、<帰還者>の起こした事件が北海道でも起きたときには違和感を感じた。
いや、北海道だろうとどこだろうと、はみ出し者はいるものだし、行き過ぎた者は必ず現れる。
異世界にもいた。ただ玉緒の感覚では、生粋の北海道民は変化する環境にうまく適応した者が多かったような気がするのだ。暴れ回るのは道外出身者であったように感じている。
人間関係は調和型で、環境の変化に強く、人なつこいわりにことを荒立てるほど他人に執着してこないという印象があるのだ。
地球世界に帰還した次の日、玉緒は木工を通じて知り合った友人の所に呼ばれて行った。友人は玉緒がすすめたゲームを始めたため、同じ異世界へ行くことになってしまった<帰還者>仲間でもある。
友人は異世界にすぐに溶け込み、異世界の人間と暮らし子どもも作った。そんな幸せな日々を送っていたにもかかわらず、地球帰還後はすぐに地球環境に適応してしまっていた。
玉緒は友人に聞いた。
「オジロさん。あなたは異世界に妻や子を残してきて寂しくはないのですか」
すると友人はこう答えた。
「寂しい気持ちはあるよー。だけど、付き合う前からそんなことはわかってるべな。おれはかりそめにここに来ただけだから、いついなくなるかはわからね。それでもここにいる限りは全力でお前を守るって言って付き合ったんだよぅ。おれがいなくなったあとの備えもしてあったつもりだー」
突然の地球放逐に対しても心構えがあったように語るのだ。
「オジロさんは、帰還することがわかってたんですか」
「んにゃ。わかるわけねえべ。んだけど、突然おれたちは現れたんだ。突然消えることもあるべさ」
人に対する温かみはとてもあるのに、身の振り方や考え方はかなりドライである気がする。玉緒が友人に対して抱いた感想だ。
そんな友人は、<帰還者>が暴走したニュースを見ながら「そったらはんかくさいことをー」と呟いていた。
北海道民が云々と言えるほどこの地に友人がいる玉緒ではないが、違和感を抱いたのは間違いない。
「こんなの聞いていいかわからないのだけど、オジロさんは、本当に北海道の人の仕業だと思うかい」
尾城鷲平は鼻白んだ。
「そりゃあアンタが犯人だっつっても、北海道の人間って言えば北海道の人間だし、そうじゃねえって言ったらそうじゃねえし。なんだい、アンタ、犯人なのかい」
「いやいやいや、ぼかぁ犯人じゃあないですよ。ただ、生粋の北海道民が爆破事件とか犯すかなあって違和感があってですね」
「道産子に爆破事件なんか似合わねえって? ははあ、そりゃあ、慧眼ってやつかもしれねえべさ」
尾城に誘われてベランダに出る。尾城の作業所のベランダは美しい森が望める造りになっている。
「缶コーヒーだけどオレの好みのヤツだー。九州とは味が違うっつう話を聞いたことがあるけど、ホントかい」
「いただきます」
玉緒はベランダの手すりに肘を乗せたまま、缶のフタを開ける。普段缶コーヒーなどほとんど飲まないから違いなど気にしたこともなかったが、言われて見れば随分違いがあるような気がした。
「んー。ミルクの甘みを感じるけど、豆の味も負けてないっていうか、厚みがある感じ、ですかね。そもそも、九州ではブラックしか飲んだことないんですけど。いやあ、もっとすっきり飲めて軽い香りがしたような気がします。勘弁してくださいよ、うまく説明でけんです」
玉緒が笑うと、尾城は「そのくらい言えれば充分だ」と肩をすくめた。
「コーヒーですら嗜好に地域性が出るだろー。気候やいつも食べているものの味、ひょっとしたら景色だって関係あるかもしんねえべさ。したらば犯罪だって地域性があんだろうなあ」
「犯罪の地域性・・・」
玉緒は反芻する。尾城は頷いて言う。
「アンタの言うとおり、道産子に爆破事件は似合わねえって。だけどよう、そっちよりも気になるニュースがあってよ」
そう言ったきり、尾城は先を喋らず、缶コーヒーを味わって飲んでいる。おそらくコーヒーを飲み終わったら、新聞でも開きながら喋ろうと考えているのだろう。きっとその辺りが、大都市圏の人間に受け入れられない感覚なのだろう。
玉緒は九州の田舎育ちなので、慣れたものだ。むしろ「気忙しモン」と言われた実家の祖父と比べても、よほど尾城の方がテンポが早い。間が長いだけで、実に論理的なのだ。
缶コーヒーを飲み終わったが、ゴミ箱がどこかわからず玉緒は空き缶を持て余していた。そうやって手の中で転がしていたので、尾城が新聞を取りに行ったのに声をかけそびれてしまった。
仕方ないので、尾城が戻ってきてウッドテーブルに新聞を広げたとき、そのすぐわきにトンと空き缶を置いた。
「それだー、それそれ」
尾城が指で缶をつついた。
「はい?」
尾城は新聞をめくりながら言う。
「あー、あったあった。これだよう。『自販機被害40台、30万円が消失』。こっちの方が北海道らしい気がするべさ」
「え、いや、思ったよりスケール小さ!」
「詳しく読んでみるとねー、結構印象変わるよー。まずね、なんでこんなに被害額少ないかっていうとね、自販機には壊そうとした形跡が一切なかったんだ。修理の必要がなかったから、お釣りと売り上げ程度の被害で済んだってわけよ」
「壊されてない自販機からお金が消えたってことですか? でも、件数と被害額聞くと効率悪すぎですよね。子どものいたずらとしか思えないんですよねー」
「アンタ、子どもの頃は、何に乗って移動した? 車か? 飛行機か?」
「いやいやいや、そりゃあ歩きか自転車ですよ。ってまさか」
玉緒は新聞を見る。自販機被害のあったところの地図がある。被害地点の近いところはいくつかあるが、被害地域は北海道全域に及んでいた。
「ほぼ同じ日に、これだけ離れたところを自転車で回るなんて不可能だろう。車でだってどうやって回ればこんなことができるか、さっぱりわからねえべさ」
確かに広大な北海道らしい謎のような気がしてきた。
「離れた10地点」で、「ほぼ同時」に、「自販機を壊さず」に、中にある金を掠めとるにはどうしたらいいか。
「うーん。外国人窃盗集団なら、建設用重機をかっぱらう荒っぽいやり方の方が似合うし、離れた地点で犯行に及ぶ理由がわからないしなあ」
玉緒は北海道以外の人の犯行から検討してみた。
尾城は地図を指でつつきながら言う。
「観光客の行くような場所でもねえべや。そったらところ、鉄道も通ってねえ」
「じゃあ、やっぱり道民の仕業ってことになるのかなあ。いや、オジロさん、ぼかぁ北海道の人たちを信じてますよ。じゃあこんなのはどうですか」
尾城は眉を掻いた。
「三瀬早探偵の名推理を聞くなら、なんかつまむものでも用意すっぺ」
「即解決だから、要りませんよ、オジロさん!」
「ほほう」
「そもそもこれは、窃盗事件なんかじゃあないんですよ。『消失』って書いてあるのが何よりの証拠です。自販機の不具合で、お釣りと売り上げが、本来あるべきじゃない隙間に入ってしまうというマシントラブルなのです」
「なるほど、と言いたいがやっぱりチーズとワイン用意すんべ。なぜならその推理は間違いだからだべ」
尾城は、部屋に戻っていく。
玉緒は何が間違いなのか全く想像できない。
「タマくんも中入って」
作業所の冷蔵庫だからと言うべきか、冷蔵庫には酒とつまみしか入っていないようだ。冷蔵庫のわきに置かれたライオンの木像の背に肘をかけ、冷蔵庫を覗き込む尾城。
「あったあった、生ハムもあった。ほい、グラス」
「朝からワインですか。あのぉ、ぼかぁ車で」
「今日は暇だべさ」
尾城鷲平はニコニコとワインを注いだ。
「うはぁ。じゃあ、いただきます」
「どうぞ、どうぞぅ」
尾城は実に手馴れた様子で、クラッカーにチーズと生ハムを乗せると皿の上に盛り付けた。
尾城は立ったまま、乾杯と言ってひと口ワインをあおった。彼は名前の通り鷲のような印象的な目をしているが、酒を飲むときには糸のように細くなる。
玉緒は下戸なのでひと口飲んだだけで首まで赤くなる。
「それで、間違いというのは、何故ですか」
「そんなの簡単しょ。被害にあった自販機が違うわけさ」
「え、違うって?」
「自販機の製造メーカーも違うし、中の商品を作っている会社も違う。自販機の製造元が同じなら機械トラブルって線も有りうるけどなー」
「ずるいですよ。新聞にはそんな情報書かれていない」
「今はネットの時代だべ。SNSで被害にあった自販機の写真が見られるし、少し調べれば製造会社もすぐわかる」
玉緒はワインをもうひと口飲んで、クラッカーを食べる。
「じゃあ、自販機メーカーが違うなら、商品を供給してる人がお釣りを抜き取ったという可能性も同時に消えましたね」
尾城はワインボトルの口を玉緒のグラスに向ける。玉緒は少しグラスを持ち上げ注いでもらう。
「残念ながら、そっちの方は可能性が残るんだなー。数社の飲料会社と提携して、設置から自販機の中身の充填までを一手に引き受けている業者がいるんだなー」
「じゃあ真犯人はその人で決まりですね」
「とぅんでもない」
尾城はワインで少し饒舌になったように思える。
「この事件を知ったのは、そもそもその仕事をしている知り合いからだったんだべさ。真面目な男でね。提携している会社に迷惑をかけられないと、自分で30万円払ったが今後も続かれちゃたまらんってねー」
「尾城さんのお知り合いを疑うのもなんですが、使い込みをしたってことはありませんか?」
「警察さんでも、同じこと聞かれたそうだべ。被害者だってのにさー。被害にあったのがそいつだけならまだしも、被害にあってんの、ライバル会社もいるからなー」
「そうか。さすがにライバル会社の鍵を使うことはできませんしね。開けて調べれば、お金が変なところに入っているってわけでもないのも分かるわけか。これは、謎ですね」
「謎だろう? なんか異世界から帰ってきた感じがするだろう。ああ、今日はスープカレーの材料持ってきてんだ。そうだ、そうだ。それ作ってる間に、ホレ、アンタが言ってたすごい人に相談してもらえないもんかねー」
尾城は、クラッカーの乗った皿を玉緒の方に押した。食べる代わりに頼まれてくれ、というわけか。だが、玉緒はあまりピンと来ていないらしかった。
「すごい人?」
「なまらすごい人がいるって言ってたべー!? ほら、アンタの元いたところの、何とかいうギルドマスター。座っててもピタリと当てるのに、動き回って捕まえられないっていう兎耳の」
玉緒はようやくポンと手を打った。
「桜童子にゃあですか! ああ、こっちの世界に戻って来てるのかなあ。そうですね、連絡してみます」
桜童子にゃあ、つまり佐治蔵人の異世界での名前だ。彼に話を聞かせるために玉緒は尾城に呼ばれたというわけだ。
「よしよし、腕によりをかけて美味いスープカレーを作るべな」
「朝からワインにスープカレーか。なんか贅沢だなあ」
玉緒はすっかり上機嫌だった。