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015 仲間がいると失敗も楽しい

◆□◆015―A 極上の寝落ち


廃校のグラウンドでは奇妙な実験が続いている。

莉愛、空慈雷、花純美の3人が向かい合って立っている。


その3人の後ろに、様々なポーズをとった莉愛、空慈雷、花純美の3人がいる。つまり同じ顔をした人間がふたりずつ3組いるのだ。

「まるで動かないね、<影武者>ー」

花純美は言った。

「何か動かすための方法があると思ったんだけどなー」

空慈雷は首をひねる。

「よーし、それではこれから<影武者>運動会をはじめまーす。ディルくん、この布で<影武者>の足と自分の足を結んで」

莉愛は空慈雷に<落星舎>から持ってきた布を手渡した。

「ドリィと私は応援ね。まず、<影武者>を膝かっくんしてー、重っ! 私こんなに重いっけ?」

自分と同じ姿の影武者を背後から支えながら座らせようとしている莉愛。


「よっぱらいほどぐにゃぐにゃしてないけど、うにゃうにゃー、後ろに倒れないでー。重ーっ」

背筋を伸ばした姿で後ろにもたれかかってくる影武者を懸命に支える花純美。空慈雷が影武者の腹をトンと突くと、花純美の姿をした影武者はストンと体育座りの姿勢になった。


「この自由に動かない<影武者>の効果的な使い方を発見したら私たちめちゃくちゃ大手柄じゃない? 見せてやろうじゃない、ものづくりの力ってやつを!」

莉愛は腰に手を当てて高らかに叫ぶ。


「いや、やってることはものづくりとはほど遠いですけどね」

自分の姿をした<影武者>の足首に、手ぬぐいを結わえながら空慈雷は言った。

「ものづくりの真髄はトライアンドエラーよ! ドリィちゃん、肩を貸してあげて」

莉愛がこんなテンションの時は飽きるまで付き合えばよいと、1年に及ぶ異世界生活で心得ている空慈雷と花純美は素直に従う。


だが、身長差はいかんともしがたく、肩を貸そうにも踏ん張ろうとすると、140センチメートル台の花純美の顔は、<影武者>の腹の辺りにしか届かない。コアラがしがみついているような姿勢だ。

空慈雷も<影武者>と向かい合って立たせるのを手伝った。


「リアちゃーん! すごいよ、これすごいすごいー。最強の活用法見つけたよー」

「え? もう? 立たせただけなのに!?」


「んふっ、んふふふーん、ぐふふ。だんにゃしゃましゃんどいっちー、んふっ、じゅるっ!」

「うわ、花純美さんのよだれすごい!」


大好きな空慈雷ふたりに力強く抱きしめられるという「旦那様サンドイッチ」という活用法は即座に却下された。

「私はね、もう<影武者>見た瞬間からドリィちゃんやるんじゃないかと思ってたよ。却下よ、却下! 他の活用法探すよ! ディルくん、よーい、スタート!」


空慈雷の身体の使い方がうまかったのか、数メートルは前進した。そこから、スピードをあげようとして足を引っ張られたか、カーブしようとして重心を崩したか、もつれるような形で酷い転倒をした。

<影武者>の脚は妙な方向に曲がり、空慈雷は<影武者>に裏投げされるような体勢で背中から地面に叩きつけられた。


「あ痛てててて」

「きゃー!! 旦那様、大丈夫ー!!」


花純美が駆け寄る。空慈雷は背中から落ちたものの、綺麗に受け身をとった時のようにほとんどダメージはなかった。

「旦那様弐号機がー! 脚が変な方向に曲がってるー!! しかも、怪我したとこもくもくしてるー!」

「わ、怪我した部分が気化して無くなっていってるみたいっすよ。リアさん、これ、一度解除した方がいいですかねー。ねぇ、リア、さん?」


莉愛は口を押さえて目を見開いている。転倒の様子を全て見ていたからだ。

「裏投げのような」ではなく、間違いなく、<影武者>は裏投げを放ったのだ。自分の本体にダメージがいかないようにして、全てのダメージを肩代わりしたのだ。


莉愛は<バビロン>を喚ぶ。

「にゃあ様の<LING>に、これから言うことをテキストデータとして送信して。『<影武者>について実験中。実際に肉体があって重みもあるけど、操縦はできない。本体のダメージを肩代わりするときに最小限動くものと思われる。受けた損傷部分は気化して消えていく。<影武者>結構すごいよ』以上」


<バビロン>はたずねる。

「ドヤ顔も写真データとして添付しますか?」

「それはちょっと遠慮したい」

莉愛は急に前髪を整えはじめる。


しばらくして、<バビロン>は蔵人から返信を受け取ったことを通知する。

「<バビロン>、読み上げて」

「了解。『リア、ディル、ドリィ。よくやった。ついでに<影武者>について追加実験してほしいことがある。①ケガした<影武者>を解除して再び<アンサイジング>したら損傷部分はどうなるか。②<アンサイジング>した<影武者>を<複製>することはできるか③<複製>できたらそいつを<擬神化>することができるか④その等級は星いくつか。そっから先は危険な可能性があるので、おいらが帰ってからにしてくれー』以上です」


<バビロン>は合成音声らしいイントネーションで蔵人の返信を読み上げた。

「ディルくん。聞こえた?」

「了解」


空慈雷は怪我した<影武者>を一度引っ込める。そして、もう一度出現させる。

「<ダブル>。おお、ダメージがなくなってる!」

空慈雷の<影武者>に損傷部分が見られなくなった。

「今度旦那様弐号機を<複製>だー」


カードの<複製>は比較的簡単だ。

複製したいカードの上に<複製:レプリカ>のカードを重ねる。そこで「レプリカ」と唱える。この時、<複製:レプリカ>のカードから手を離してはならないらしい。手から魔力の供給がされているのだろう。

「カリプレ」と唱えれば<複製>完了だ。


カードより大きいサイズの場合も、作業のパターンは変わらない。重ねて「レプリカ」、ずらして「カリプレ」。

ただ、鉛筆サイズならともかく人間サイズの<複製>となると、おそらくかなりの量の魔力供給が必要だろう。


<魔力吸収:マナドレイン>を併用しながら<複製>することにした。

空慈雷の手を花純美が握り、効果があるかどうかわからないが花純美の手を莉愛が握る。


一度目はまるで反応がない。莉愛が言う。

「ディルくん、スキャンする時間が必要なんじゃない? <バビロン>にカウントさせるよ?」

「そうですね。まずは10秒からいきましょうか」

空慈雷が言うと花純美が「10秒、10秒ー!」と同意する。


「<レプリカ>」

「10、9、8、・・・」

<バビロン>がカウントダウンする。

「2、1、0」

「<カリプレ>」


空慈雷の姿をした<影武者>がもう一体現れたが、ゆらりと陽炎のように揺れると、すぐに気化してしまった。


「10秒短い! 10秒短い!」

「じゃあ30秒くらいですかねえ」

「待って。今の3倍くらいで何とかなりそうに見えた? ドリィちゃんもディルくんも冷静に考えてよ。私の考えでは、ざっと30倍はかかると思う」


「300秒。5分ですか。結構大変ですね」

<概念具現化>のカードの特性はいまだ明らかではない。カード作成に関して得手不得手があるように、使用にも得手不得手があるようなのだ。それが何によるものかがわからない。

成功と失敗を分ける条件が集中力の差なのだとしたら、5分間の集中というのはなかなか大変だ。


ここに赤い点があるとする。その赤い点を周りのものに注意を奪われず見つめ続けることが果たして何秒できるか。「わずか8秒だ」「金魚以下だ」という風評もあるが、それは論拠に乏しい。だが、10分も続ければ、かなりの疲労を感じることだろう。

見るだけで肉体的にも精神的にも消耗するのに、そこに魔力を注力し続けるという作業が加われば集中力に影響が出ないはずがない。


感覚的には、「途切れないように息を吐き続けろ」と言われているのに近い。循環呼吸という奏法が管楽器の世界にあるように、練習次第で向上する技術なのであろう。

ただ、誰もが「魔力を途切れないように出力し続ける」という経験に乏しい状況である。ネットを検索したところで魔力操作のコツなんて出ようはずもない。


かろうじて、空慈雷が異世界において雷系の魔法使いであったため、その感覚が身に付いているかもしれないというくらいだ。


2回目のチャレンジで朧気な<影武者>の姿さえ現れなかった理由がしばらく3人には理解できなかった。


「5分間集中できなかったのかなあ? なんかどっと疲れたよ」

「旦那様は頑張ったよ! 絶対頑張ったよ」

「そうよね。ディルくんはよくやった。じゃあ、<影武者>仕舞って夕食の準備にしますか」

莉愛はそう言ったが、即座に翻した。


「待って、そうだ。待って。ディルくんじゃなけりゃ、私かドリィちゃんが原因でしょ。どうして気付かなかったんだろ。ドリィちゃん、<ストレージ>を解除して」

「ほえ? <ジーレトス>!」

花純美の手にカードがずらりと並ぶ。


「じゃあもう一回<ストレージ>」

「ほ、ほえ? <ストレージ>!」

花純美の手の中のカードに変化がない。<ストレージ>にさえ失敗したのだ。

「ほ、ほええええ!?」

困惑する花純美の顔を両手で挟んで、莉愛は観察する。花純美の二重まぶたが三重まぶたになっている。


「ドリィちゃん、ホントは今すっごく眠いでしょ」

「全然大丈夫だよ。ハイテンションだよ、ハイテンションー!」

「旦那と手を繋いでいるからね。でも、魔力枯渇はどうしようもないわ。そして、私がドリィちゃんと手を繋いでいても魔力移動は起こらなかったみたい」


「どゆこと?」

莉愛は地面に絵を描く。

「ディルくんはこれまでたくさんカード作ってるから、仮に魔力を50パーセント使ってるとするでしょ。そして、<影武者>に10パーセント、<ストレージ>に10パーセント使用してるとするでしょ。つまり残り30パーセントだとする」

「ふむふむ」

「ドリィちゃんも<影武者>と<ストレージ>で残り80パーセント。<魔力吸収>でディルくんに魔力渡してるから残り50パーセントまで減っていたとするよ」


花純美もしゃがんで説明を聞いていたが、返事できずただ頷いた。

「今、居眠りしたでしょ。でも聞いて。<アンサイジング>した<影武者>の<複製>に大量の魔力が必要だとする。仮に50パーセントくらい魔力を使う大技だとすると、1回目の失敗でふたり分の魔力80パーセントが、残り30パーセントになるわけ。この残り魔力を全部ディルくんの方に移しても<複製>に必要な魔力が足りないから、2回目の<複製>は、そもそも発動しなかったのよ」


花純美の頷きはもう後ろに向けてカクンカクンしはじめた。そんな花純美を空慈雷が抱きかかえる。

「つまり、ボクらにできるのは、リーダーたちが帰るまでにご飯を食べて寝ることってことになるかな」

「あらまぁ。完全に寝落ちしちゃったねえ。カード落とさないように用心して。じゃあ<影武者ドリィ>は私が抱っこするよ。とりあえず<落星舎>に戻りましょ。ドリィちゃんがちみっ子で良かったわ」

お姫様抱っこされた花純美の頬を莉愛がつつく。


「旦那に抱っこされてホントに幸せそうねー」



◆□◆015―B 伊吹撫子


「お、目が覚めたかい? ケガはねぇか、イブえもん」

伊吹撫子は、樺地瑠羽仁の車の助手席で意識を取り戻した。

「キミは?」


「ああ、この甘いマスクじゃはじめましてだな。オレ様が<バジル=ザ=デッツ>、おめぇさんの命の恩人さ」

伊吹は鼻を鳴らして笑った。

「なんで、キミが」


「余計なお世話だったってか?」

瑠羽仁の問いに伊吹は長い長いため息をついた。

「なぜ、キミが私の前に現れた? 他の誰でもなく、なぜキミが」

「おめぇさんを救ったのはなりゆきだ。偶然だよ」


「私はたまたまやって来た狼男の口車に乗せられたわけだ。全く未練がましいな、私は」

「その口振りだと、他に助けにきてほしかったヤツがいたようだな」

「逆だよ。誰も来てほしくなかったさ。異世界の私と地球世界の私、どちらが本当の私かなんて、虎になってしまえば考える必要はなくなったしね。むしろ、どうして私は人間だったのだと思う瞬間さえあった。ただ、家族の者が来たら、なんと別れの言葉を述べようかとばかり考えていたよ」

伊吹は乾いた声で笑った。


「家族がいるのか。そりゃあそうか。そっちに行くか?」

瑠羽仁は気遣いをみせたが、伊吹はすぐに断った。

「実家は中部地方にある。キミたちの仲間に会わせてくれ」

「飯、食ってくか?」

「いい。しばらくは胃が受け付けそうにない」

瑠羽仁はスマホを手渡した。

「履歴の一番上にある番号にかけてくれ。そいつがおめぇさんのことを知らせてくれたやつだ。オレ様たちの仲間だ」


少し迷ってから発信ボタンを押す。

(こちらはバビロンです。おかけになった電話は、現在入浴中のためおつなぎできません。しばらくしてからおかけ直し下さい。こちらはバビロンです。おかけになった電話は・・・・・・)


「キミの仲間は愉快なことを言っているぞ」

「おい、<バビロン>。聞こえるか。リア嬢ちゃんに伝えとけ。虎娘イブえもんはオレ様が拾ったから後でちゃんと世話しろよってな!」

(メッセージを録音しました。返答につきましてはバビロンは一切責任を負いません)


伊吹は初めて微笑を浮かべた。

「私は捨て猫扱いか」

「お」

バジルはニヤリと笑った。

「おめぇさん、笑った方が美少女じゃねえか」

伊吹は厳しい表情に戻る。


「バジルさん。一応恩人として、人生の先輩として先に言っておきます」

「あん?」

「私を異世界へ連れていかなかった場合、今の言葉についてセクハラで訴えると警告します」

「な! おっかねえこと言うんじゃねえよ」

「ラッキーですね。こんなクラシックカーにドライブレコーダー付けてるなんて。証拠として後でメモリをコピーさせていただきます」

「マジか! わかったよ、オレ様も異世界行きについては努力するっつうの! なんなんだよ、まったく。イクスかもしれねえからって山奥まで行かせられたら、イブえもんしかいねえし、イブえもんはセクハラだなんだ言いやがるし。ついてねえったらありゃしねえ」


伊吹は少し鼻を鳴らして笑った。そして、聞いた。

「本当に探そうとしていたのは、イクスさんという方なんですね。まだ見つかってないんですか?」

「ああ、そいつも元々あっちの世界の人間でよ。黒猫の姿をして、いつも<剣牙虎>に跨ってるヤツだったんだが、ある日オレ様の目の前でおっ死んじまってよ。向こうの世界の人間は、一度死んだら終わりだったろ。だが、イクスってヤツは不思議な首飾りのおかげで蘇ったのさ。オレ様たちと同等の存在になっちまったってわけよ。だから今回の地球世界放逐でひょっとしたらこっちの世界に来ちまってるんじゃねえかって探してるわけよ」


バジルは髪を掻き上げてから、バンバンとハンドルを叩いた。

「早く連絡してきやがれってんだ」

「私も役に立つなら力になりたい」

「え」

「イクスさんを救出すること。それを私の当面の生きる目的にします」

伊吹は呟いた。そして、前を向いた。

「断られても力になります。ここで車を降ろされても虎に変化してあなたを追います」

瑠羽仁は笑った。

「断わりゃしねぇよ。おめぇさんは根っからの正義の味方みてえだしよ。戦うセンスは折り紙つきだ。こっちから歓迎するぜ。ようこそ【工房ハナノナ】改め【ドロップアウトスターズ】へ」

「そうなんですか? 私はてっきりここで降ろされるものだとばかり」

「オレ様がそんな薄情なことをするヤツに見えるのか?」

「ええ、残念ながら。そうでなければ仲間に会わせるといいつつ、こんな山奥に入り込んでこないでしょ。あるいは暴行目的か。虎に変わりますよ」


「んげー! 道間違えたあ!!」

瑠羽仁と伊吹が<落星舎>に辿り着いたのは、それから2時間近くもかかってからのことだった。

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