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010 好奇心と罪悪感には勝てません

◆□◆010―A 言い訳は「好奇心には勝てませんでした」


【ドロップアウトスターズ】が短期間で飛躍的にカードの枚数を増やすことが出来たのは、<空きスロット化>と<複製>と<鑑定>をカード化できたことが大きい。


これによりカードの特性が明らかになってきた。

・<擬神化>には等級がある。

<擬神化>の能力差は等級によるところが大きい。

・<肉体強化>にも等級がある。

<肉体強化>の能力差は等級によらない。

使用者の特性によるところが大きい。

・<概念具現化>には等級がない。



推測でしかないが<還元>によって、元の姿に戻るのは四つ星以上ということになるのではないか。

大量生産により手に入れやすいものは四つ星になるのだろう。まだ四つ星だと判明したカードはない。


五つ星は、四つ星より入手困難、あるいは思いのこもったものと言えるだろう。喜久恵の<トプス>はもちろんだが、桑畑兄弟の<宗麟>や<道雪>も五つ星だ。素になるスケートボードや釣竿は同じものを用意するのが難しいのかも知れない。


では、六つ星以上があるかというと、当然存在する。

今【ドロップアウトスターズ】が保有している中では佐治蔵人の<デモン>が六つ星だ。

・制作に時間や手間、労力がかかったもの。

・複数点存在しないこと。

・人口に膾炙されたもの。

<デモン>の成立過程から考えると、そのような推測がなりたつ。


蔵人が数年かけて制作した立体造形物である。採用に関する不正事件に巻き込まれたがために職を失い、悲しみのどん底にあったころに作られた作品である。

これを用いて作成された映像が、3秒にも満たない時間ではあるが、ゲームのオープニング映像やロード画面に採用され、多くの人の目に触れた。


おそらく<デモン>といえば、このゲーム映像を見た者は咆哮で人や家を吹き飛ばし、城郭を叩き壊し、都市を灰燼に帰するイメージがわき起こってくるだろう。

蔵人が頑なに<アンサイジング>しようとしないのは、それを現実のものとしてはいけないという危惧からである。


それを超える七つ星が存在するかと言われれば、きっと存在するに違いない。

名画や名建築物、名木など文化財や国宝、または世界的な遺産として指定されるものには七つ星のものも多いのではないだろうか。


世界でもっとも知名度の高い「モナ・リザ」などはひょっとすると更に上の等級である可能性もある。この作品に限らず、贋作の多い名画もカード化することが出来れば等級の違いで真贋が見分けられるようになるかも知れない。


ただし、これは<還元>の技術が確立され、百パーセント元の姿に戻ることが保障されるのを待たねばならない。それまでは七つ星以上に手を出すことはご法度である。


<還元>も作られ、例のごとく<宗麟>と<道雪>で試されたが予想通りうまくいかなかった。



<落星舎>のテーブルでは、板取花純美と井ノ戸空慈雷が仲良くカードづくりに励んでいる。

「やっぱり、にゃあたん言ってたみたいに<触媒>がいるんだね、旦那様」

「あの人の推理力は半端ないからなー。『シャーロック・ホームズの冒険』の初版本か何かで<肉体強化>してるんじゃないか?」


「<肉体強化>に等級、関係ない関係ないー。ってことはー、別の本だよ」

「はっはっは。花純美さん、別の本も何も、こんな能力持つ前からリーダーはあんな感じだもん。頭に本棚があるのかもね」

「いいないいなー! 図書館行かなくて済むね!」

「花純美さん、図書館とか行ったりする?」


「うーん。あんまり! 卒業論文書くのにちょっと寄ったくらい」

「頭に本棚なくても困んないね。ねえ、今度一緒に図書館行こうか」

「とーしょーかーんデートゥ! たーかーまーりゅー!!」

「え、図書館だよ?」

「そりゃあもう! あれやこれや! あれやこれや!」


そこに莉愛が戻ってきた。

「何、楽しそうなお話してるの?」

「とーしょーかーんれーろぅ!」

「ドリィちゃん、ヨダレよだれ」


空慈雷は微笑む。

「莉愛さんは何買ってきたんですか?」

「お昼ご飯だよ! 炊き込みご飯が有名だって<バビロン>に聞いたから、レンちゃんの<トプス>借りてひとっ走りしてきた!」


空慈雷は時計を見て、莉愛を見る。

「安全運転だったんですね」

「そこはツッコまないで。首尾はどう?」

「ジャーン!」


空慈雷は机にカードを並べた。

「蔵人さんのリストにあったものは随分と作れたよ」

「旦那様は<概念具現化>得意なのー! えっへん」

「ドリィちゃんが威張ってどうすんの」


<亜空間:サブスペース>・<影武者:ダブル>・<収納具:ストレージ>・<細則:バイロウズ>・<上書き:オーバーライト>・<魔力吸収:マナドレイン>の6枚が並べてある。


「<鑑定>作って、何枚も<複製>した後によく6枚も作れたねー。眠くない?」

莉愛が聞くと、花純美が顔を綻ばせて喜ぶ。

「え、なに? なんでドリィちゃんが照れてんの?」


「<魔力吸収>使ってみたんです」

空慈雷は言った。

「え、嘘、ウソ! それさ、にゃあ様が『何も起きないか、ひどい結果が起きる可能性がある』って言ってたヤツじゃん」

空慈雷と花純美は顔を見合わせて笑った。


「カードを作る時、手の形で系統が変わるでしょ。だから、ボクは手に魔力のカギがあると思った。吸収するなら手からしかないと思った」

「まさか、ドリィちゃんの手から吸収したの!? じゃあ、ドリィちゃん、魔力抜けてすっからかんなんじゃ・・・」


莉愛が不安な表情を浮かべが、花純美は笑った。

「<ジーレトス>! ジャーン」

花純美は虚空から5枚のカードを取り出してみせた。

「おお、マジシャン」


「見ての通り、花純美さんの魔力を尽きるほど吸収できませんでした。吸収とはいうものの、掃除機みたいにガンガン吸うわけじゃなかった。イメージとしては、ティッシュが机の上の水を吸い取るように、潤っている方から乾いている方に移動する感じだったんだ」

「つまり、接触している間だけ、必要な分の魔力が移動するって感じ?」


「うん。カードをつくる間、花純美さんに手を握っていてもらった結果はそんな感じだった」

「やーん、旦那様ったらー」

「ハイハイハイハイ! 惚気しゅーりょー! 聞いた私がバカでしたー! もうお昼だよ。みんな帰ってきてないけど、ご飯食べるよ! ハイハイハイハイ! カード片付けて! 食べなきゃ魔力も作れないよ。私はユイのために食べなきゃいけないの! ハイ協力してね!」


三人だけで郷土料理の弁当を食べ始める。

既に<バビロン>を使って、外で食べてくるよう皆に連絡してある。だが、玄関先で車の停まる音がする。

「あれ? にゃあ様の車じゃない?」

エンジンをかけたまま蔵人が降車したようだ。


「にゃあ様、お先にいただいてるよー!」

姿を見せた蔵人に莉愛は手を振る。

「問題ない。ディル。<格納具>はうまくいったか?」

「バッチリですよ。ね、花純美さん」


花純美はマジシャンっぽい手つきが気に入ったのだろう。再びカードを消したり出したりするのを実演してみせた。

「じゃあ1枚もらえるかい? あとのカードは?」


「<亜空間>、<影武者>、<細則>、<上書き>、それと<魔力吸収>できてます」

「上出来だ。さすがだな、ディル。じゃあおいらたちが戻ってきたらそれ使うから。無理して試さなくていいからな」


風の如く蔵人は出ていった。


「今の『見るなの座敷』だよね」

「なにそれ、旦那様」

「開けて良いというまで、奥の座敷は絶対に見ないでくださいねってパターンの昔話。そんなこと言われたら見ちゃうよねってなるんだけど、結局ああ、見なきゃよかったのにねってなる話」

「押すなよ、押すなよー! みたいなもの?」

莉愛が聞く。

「そっちは『頃合い見計らって、絶対に押せ』って意味でしょ? 蔵人さんがどっちの意味で言ってるかわかんないよね」


3人で箸を口にくわえたまま顔を見合わせる。

そして、笑う。


「<亜空間>はヤバい。<亜空間>だけはヤバい」

「<細則>で<亜空間>のルールを決めるんじゃないかな。だとすると、<上書き>でルールを追記するんじゃないっすか?」

「じゃあ私たちが試せそうなものっていったら」


<影武者>と声を揃えて言った。



◆□◆010―B コードネームは「ベニハヤテ」


「なんだか、カツアゲしたみたいで気分がよくない」


ストーキングの恨みを晴らしたのだが、カードまで巻き上げることになったので亜咲実の気分は晴れない。

単にカードを奪うという点については何とも思っていないのだが、そのカードの元となったドローンまで奪っているというのがモヤモヤの原因である。


「ハギパパ、ドローン詳しい?」

「ボクはあまり。仕事で使っている人から教わったくらいです」

信号で止まっているので、ちらりと亜咲実の表情を薫樹は見た。随分と真剣そうだ。

「イルカちゃん、わかる?」

「わかんない。くぅちゃんなら操縦できるかも」


車が発進する。亜咲実が独り言のように呟く。

「いや、アタシ、操縦したいんじゃなくて、あの五倍子ってやつにドローンを返してやりたいんだ。ドローンっていくらくらいするのかなって」

「それこそピンからキリまでありますよ」

ハギは言う。


「トイドローンなら数千円から。撮影目的だったのなら3~4万円といったところでしょう。おそらくあの<金飛蚊>のサイズからすると、後者かもしれませんね」

「ハギパパ意外と知ってんじゃん」

「いえいえ。でも、返してもあの男、懲りずに悪用するかも知れないですよ。ほっといていいんじゃないですか?」


亜咲実はまだ悩んでいる。

「ハギパパだったら、どんな時にドローン買おうって思う?」

「ボーナス出た時ですかねえ。買っても宝の持ち腐れになるので買いませんが」

亜咲実は後部座席を振り返る。


「イルカちゃんだったら?」

「趣味でってことでしょ? わたし、服以外あんまり買わないし。わかんない」

「その可愛いチョーカーは? どんな時に買った?」

「あ、これ、お母さんの形見なんだ」

依月風は照れくさそうに笑う。

亜咲実は頷く。

「似合ってるよ。すごく可愛い。五倍子のドローンも、親御さんがプレゼントしたものって可能性あるよね」

「例えばお誕生日のプレゼントとか」

依月風も頷いた。


「そうだとしたら、今アタシが持っているって、なんかすっきりしない。同じものじゃないにせよ、アイツに返してやりたい」

亜咲実は腕組みしながら言った。


薫樹は笑って言った。

「妙なところ、律儀ですよね。でもボクは、そんなあざみちゃんを誇りに思いますよ。どうします? 売ってそうなところ、寄っていきますか。それとも、戻って五倍子に直接聞きますか」


「聞く方法ならあるよ」

亜咲実は自分のスマホに五倍子の情報を入力してある。直接電話をかけて問いただすことにした。


(は、ハイ)

五倍子の声だ。誰からの番号か分からないが、藁にもすがる思いで出たのだろう。彼はいまだ、半裸でトイレに隠れている。


「アタシからの連絡は、3コール以内に取れ。いいな、五倍子克基」

(は、ハイ! 申し訳ないです、ぶひぃ!)

お前かよーっという心の声まで聞こえて来そうだが、亜咲実は冷酷に言い放つ。


「今回は許す。少し質問する。アンタはあのドローンをどうやって手に入れた?」

(それだったら問題ないぶひぃ! 人から奪ったり盗んだりしたわけじゃないぶひぃ! なんと、懸賞で当てたぶひぃ! 運がいいぶひぃ)

五倍子は自慢げに言った。


「アンタの置かれた状況からすると、運がいいかは微妙なところだな。もし、そのドローンを買うならいくらくらいするんだ」

(3万はするやつぶひぃ! 本当に運がいいぶひぃ)


「アタシがドローンを買い直してやろうか」


一瞬、五倍子が黙った。何か裏があると勘ぐったらしい。

(いや、ありがたいお言葉ですが、それには及びません)


「何かありますね」

薫樹が耳打ちする。語尾が違うことは依月風にも分かった。

「アンタ、アタシに隠しごとしてないか?」

ストレートに亜咲実が聞くと、五倍子は急に咳き込んだり、言い淀んだりした。


「ちょっと待て、五倍子克基。DM見るからな」

先程、五倍子のSNSを乗っ取って盗撮写真を消している最中、亜咲実は何となく違和感を感じていた。

攻め込んだ城が敵の本丸ではなかったときに感じるあの違和感。


本丸は、ダイレクトメッセージの中にあった。

(わ、ちょっ! さいあくだ、もう最悪)


ダイレクトメッセージの中には、盗撮動画の売買の履歴が残っていた。

いくつもの取り引きの総額は、ドローンなど何台も買える値段になっているようだ。

「下衆には下衆がいるもんだな」

売る方も売る方だが、買う方も買う方だ。

五倍子の売買の流儀なのだろう。お互いの恥部を晒し合い仲間意識を高めているらしい。卑猥な画像が続く。最後はお礼にと、亜咲実の尻動画へのリンクが張られている。


「おい、変態。ドローンの話、無しな」

これ以降、亜咲実は五倍子を「変態」と呼ぶことになる。


「それから、今度アタシからの電話に3コール以内に出なかったら、この履歴、写真週刊誌に送った上で警察に通報するからな」

(ひどい)

「『ぶひぃ』は?」

(ひどいぶひぃ)


「よし、じゃあな、変態」

(お待ちください、ぶひぃ!)

「なんだ変態」


(あなた様をこれからわたくしめはなんとお呼びしたらよろしいでしょうか! あなた様に忠誠を誓います。よろしければお名前を! ・・・できれば、ここから抜け出すための衣服を)

最後の方は亜咲実の機嫌を損なわぬようにか、小声で付け加えられた。


「そうだなあ」

さすがに名前を名乗るわけにはいかない。

「じゃあアタシのことは<ベニハヤテ>と呼んでもらおうか」

(<ベニハヤテ>様。これから心を入れ替えます! もう、悪事を働きません。ですから、どうか、お慈悲を・・・、そして衣服を)


どうやら衣服が欲しくて仕方ないらしい。日が落ちてしまえば全裸であっても逃げられそうだが、日没まで待てないくらい何かとても困っているようだ。


肌をペシペシ叩く音が聞こえる。

どうやら蚊に襲われているのだ。便所に籠るのにも限界がやってきたのだ。<金飛蚊>を使って女性を追い回していた五倍子が、蚊に襲われて往生しているのもとても皮肉なことだ。


「アタシも鬼じゃあない」

亜咲実は言った。

「じゃあ30分で買って来てやるよ。待ってろ、変態」

(ありがとうございますぶひぃ! <ベニハヤテ>様をお待ちしますぶひぃ)


通話を終え、30分ほどすると、本当に衣服が差し入れられた。

個室の扉の上から差し入れられた袋を五倍子は喜び勇んで開く。

だが中から出てきたものは、およそ白昼堂々と脱出出来るような品ではなかった。


「ベニハヤテの姉御、これをどうしろと」

返事はない。

変態へ、とわざわざ紙に書いて袋に貼り付けているのだから何かの間違いというわけではないらしい。

「かえって男物のパンツより高ぇだろー!」

可愛いらしいフリルのついた女性ものの下着だった。

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