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第8話:翡翠色の魔眼


 ◆ ◇



「う″う″……グズッ、ずびばぜん……ラ″ングざん……」

「ああ、いや……なんか、俺の方こそすまん」


 なんとかジゼルを宥め、話せる程度まで落ち着かせた頃には……既に空は、満天の星で埋め尽くされていた。空調照明装置から発せられる、淡い光だけが辺りを照らしていた。

 ちょっと人には見せられないような、酷い状態になってしまったジゼルの顔を綺麗な布で優しく拭いてやる。ついでにヨクナール草を一房、背負い袋から取り出し……手のひらサイズで、葉を二枚ほどちぎっておいた。


「……ぞれは?」

「ああ、これを当てとくとな、腫れた目によく効くんだよ」

「ぞうですか、ありがどうごじゃいまず……」


 おずおずとヨクナール草を受け取り、目に当てた。ケガナオール草でも効くからな、ヨクナール草ならもっと早く治るだろう。

 まあ、これよりもポーションの方がよく効くが、あれは即効性がある代わりに高価―――下級ポーションですら、金貨数枚は普通に飛んでいくからな。残念ながら、俺みたいな底辺探索者には縁が無い。

 ジゼルは持ってるかもしれないが、たかが目の腫れ程度に使う事もあるまい……使わない、よな?



 ◇ ◆



「落ち着いたか?」

「……はい……」


 五分ほど待ってから、ヨクナール草を取ってみる。予想通り、目の腫れは綺麗さっぱり消えていた。

 翡翠色の瞳をユラユラ揺らしながら、ジゼルが口を開く。


「……すみません、私まだ二十四歳なので……どうしても、情緒不安定になってしまう時があって……」

「二十四歳、か」


 国によっても違うが、殆どの場合()()()の成人年齢は十八歳となっている。もちろん、ここ聖アリエスタ王国でもそうだ。その基準でいけば、ジゼルは既に成人している年齢だが……。


「……エルフ族は、心の成長が緩やかな種族なんです。外見は二十歳くらいまでで成長しきって、そこから五百歳ぐらいまで変わらないんですが……精神面は、五十歳ぐらいにかけてゆっくりと成長していくんです。ですから、エルフ族で成人と言えば五十歳を指す事が多いんです」

「なるほどな」


 単純比較すれば、ジゼルの精神年齢は人間族でいう九歳ぐらいに相当するわけか。


「確かに人肌とか恋しくなるし、そういう事に興味を持ち始めるお年頃だし、泣く事もあるわな」

「う、ううぅぅぅぅぅぅ……」

「わわ、すまんすまん、そんなに怒るなよ」


 頬を膨らませて、ちっとも怖くない顔でジゼルがこちらを睨む。若干涙目だが、顔立ちが大人の女性なのでチグハグに見え……っと、これ以上考えるのはやめとこう、この前みたいに笑ってしまいそうだ。

 ……思えば一ヶ月前に会った時も、頬を膨らませて不満を示したり、こちらの話をスルーしたりと子供っぽい所はあった。戦闘能力や決断力はSランク『魔槍』の名に相応しいものを持ってるし、ギルドでのやり取りを見ると頭の回転も相当早いみたいだが……気が抜けてる時は、まあこんな感じなんだろう。

 世界最高(Sランク)の探索者の、意外な一面を垣間見る事ができたな。




 ……よし、もののついでだ。ずっと気になってた事を、聞いてみるとしよう。


「そう言えばジゼル―――」

「―――私の目の事ですか?」

「ああ、そうだ」


 そう、ずっと不思議に思っていた。目を合わせた時のあの感覚―――魂の裏側まではっきり見透かされているような、なんというかむず痒さ、みたいなものを感じた。


 それだけじゃない。

 一目見ただけで、相手の考えを見抜いたり。

 声を出させずとも、会話を成立させたり。

 敵の行動を完全に先読みして対応したり。


 彼女はまるで、心の内でも読んでいるかのように振る舞っていた。その理由が、この翡翠色の目にあるような気がしてならない。

 その正体を、俺は知りたいのだ。


「そう、ですね。ラングさんには、確かに知る権利があります。

 ……分かりました、お教えしましょう」


 知る権利……とは、随分大袈裟な表現だな。何か重大な秘密でもあるんだろうか?

 まあ、それも話を聞けば分かるだろう。


「おう」


 俺は、ジゼルの言葉に耳を傾ける。


「結論から言いますと、私の両目は『魔眼』です」


 魔眼―――書いて字の如く、魔力が宿った眼。常人には見えないものを見通し、認識する力を持った眼の事だ。こういう眼を持った人の事を、俺たち探索者は『魔眼持ち』と呼んでいる。

 有名所に、六属魔眼と呼ばれる『赤眼(せきがん)』『青眼(せいがん)』『緑眼(りょくがん)』『黄眼(おうがん)』『白眼(はくがん)』『黒眼(こくがん)』がある。それぞれ火・水・風・地・光・闇属性の魔力を直接視る事ができ、所持者は対応属性の魔法への適性が高くなる。数もそれなりに多く、人間族のおよそ1パーセントが、六属魔眼の内のどれかを持っているらしい。

 ……そして、ジゼルの瞳は綺麗な深緑色をしている。さらに、戦闘でも風属性上級魔法を使っていた。もし魔眼だと言うのなら、彼女は緑眼(りょくがん)の持ち主、と言う事になるんだが……。


「……違うな、緑眼じゃない」


 上級魔法の無詠唱発動は、対応する六属魔眼の持ち主が数十年の鍛錬を経てようやく習得できるほど、難易度の高い挙動だと聞いた事がある。

 ……だが、彼女は風属性だけでなく、水属性の上級魔法も無詠唱で放っていた。しかも二十四歳という若さで、だ。いくら魔法に優れたエルフ族とはいえ、並大抵の事ではない。


「はい、緑眼ではありません。私のこれは『碧晶眼(へきしょうがん)』と言う魔眼です」

「……碧晶眼?」


 聞いた事の無い名前だ。


「それは、どんな力を持ってるんだ?」

「碧晶眼はあらゆる人、物、非物質の本質を見通し、僅かな先の未来さえも見据える、と大お爺ちゃ……ごほん、曾祖父からそう教わりました」

「非物質って、魔力もか?」

「はい」

「属性とかも関係無しに?」

「ええ、そうです。風・水属性が得意で、火・地属性が不得意という差はありますが……概ねどの属性でも、魔力を見通す事ができます」

「うーん、なるほどなぁ……」


 ジゼルの言う事が本当なら、この魔眼は非常に強力だ。六属魔眼の上位互換、などというレベルを遥かに超えている。

 ……そういえば、魔眼は遺伝する、という話を聞いた事がある。近縁に魔眼持ちが居なけば、子は絶対に魔眼持ちにはならないらしい。さらにジゼルは、碧晶眼の事は『曾祖父から教えられた』と言っている。


 それらの情報を合わせると、碧晶眼とはつまり……。


「一子相伝の魔眼、ってやつか?」

「はい。この魔眼は私の家系に、ただ一人しか発現しない特殊なものです。曾祖父の父親が、前の所持者だったそうですが……私が生まれる少し前に亡くなっています」


 どうやら、俺の予想は正しかったようだ。

 ギルドで『人を見る目は誰よりもある』と、はっきり言い切った理由……それも、おそらくは碧晶眼の特性にあるんだろう。


 ……なるほど、()()()()ね。その表現は、確かに大袈裟でも何でもなかったな。


「……ラングさん」

「ん? なんだ?」

「この件は、あなたに―――いえ、あなただからこそ、知っておいて欲しい事なのです」

「……他言無用って事か?」

「はい、お願いします」


 ジゼルの表情に、微かな不安の影が差していた。

 ……そりゃ、特定の家系にしか発現しない、しかもとびきりの力を持った魔眼の話だ。下手に話を広めて、その力をつけ狙う輩が現れないとも限らない。


「了解だ」


 まあ、俺が知ってどうだと言う話にはなるが。身に過ぎた力なんざ、心を振り回されてろくな事にならない。そうやって犯罪に手を染めた探索者を、俺は腐るほど見てきている。

 ……むしろ魔眼の力に振り回されず、清廉潔白な探索者をやってるジゼルに敬意すら覚えるくらいだ。


「……ふふっ、ありがとうございます。やっぱり、ラングさんは―――」


―――ドガアァァァァン!


 ジゼルの言葉は、そこで掻き消され―――激しい爆発音が辺りに響き渡った。


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