第5話:野営……?
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◆ ◇
草むらを掻き分け、邪魔な枝を切り払い、見つけた薬草(ケガナオール草の上位種、病気も治せるヨクナール草があったからつい……)を集めて背負い袋に入れ。
あれから二度、ワイバーンと遭遇したものの……どちらもジゼルが一瞬で半殺しにし、俺がトドメを刺した。おかげで俺のレベルは5に上がり、心なしか軽くなった体で森の中を悠々と進んでいた。
……だが、警戒しながらの移動はどうしても時間がかかるもの。最初は真上にあったお天道さんも、赤みと傾きが少しずつ目立つようになってきていた。
「……うーん、そろそろ野営できる場所を探しましょうか」
ジゼルが辺りを見回しつつ、ポツリと呟く。
……やっぱり来たか。場所がゴセット峡谷と聞いて、日帰りでは無理だろうと考えてはいたが……。
「あ~、その。悪いが、野営の準備をしてきてなくてな……」
ギルドからワイバーン討伐に直行したせいで、野営に必要な物を用意していない。
……まあ、元々持ってないんだけどな。薬草採りには要らなかったし。
「大丈夫です、野営道具と食料は準備していますから。二人分ぐらいなら、一ヶ月は余裕で保ちます」
「へえ、それは用意の良いこって」
さすが高ランクだけあって手慣れてるなあ、泊りがけのクエストは想定済みってか……って、ん? そういえば……。
「どこにあるんだ?」
テントだけでも、そうとう嵩張るはずだ。だが、ジゼルの荷物は武器と防具に、大きめのポーチくらいしか……あ、もしかして。
「なあジゼル、それ『魔法のポーチ』か?」
「はい、そうです」
「容量は?」
「『特大』です」
「ぶはっ!?」
特大の爆弾がジゼルから投げ込まれた。
……いや、あの、特大って、貴族の屋敷並に物が入るって噂のアレだよな? 国宝指定されてもおかしくないレベルの、超高価で超効果な魔道具なんですけど……なんで一介の探索者が、そんなヤバいもん持ってんの!?
「これでも私、Sランクですから」
お、おう、そうか。Sランク半端ねえな……すげぇ。
「ふふっ。さてと、ワイバーンに見つかる前に安全な場所を探しに行きましょうか」
ニコリと微笑み、ジゼルが再び歩きだす。
……探すと言っている割には、その足取りには迷いが無い。まるで、そちらに野営に適した場所があると分かってるかのような……うーん、気のせいか?
細くも頼もしい、ジゼルの背中を見ながら俺は考える。
……ここまで来て今更だが、ほんとに分からん。なんでジゼルは、俺みたいなのをワイバーン討伐依頼に連れて来たんだろうか?
自分で言うのもなんだが、俺は本当に何の取り柄もない探索者だ。剣の腕前は並もいいとこ、他の武器も魔法もてんで扱えないし、レベルは上がらないし……何より三十八歳という年齢が、マイナス要素としてあまりに大きい。
魔法使いなら、六十超えても現役ってヤツはざらに居る。だが、そうでない探索者の殆どは四十歳前後で引退するか、もしくはそれまでに死の憂き目に遭う。それを考えれば、俺はとうの昔に旬を過ぎた『終わった探索者』だ。
もし、ジゼルの目的が他の探索者を強くする事だとすれば……あの場には、『雷明』を含む若い探索者達がたくさん居たはず。それらを選ばず、俺だけを連れて行く事に決めたのには、何か理由があるのだろうか?
……うだうだ考えてないで本人に聞いてみろって? もちろんユニコーン車で聞いてみたよ、答えは『秘密です』だったがな。だから無い脳みそ絞って考えてんじゃねえか……って、俺は一体誰に喋ってんだか。
「……ダメですよ、そんなに自分を卑下しては……」
「……ん? 何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
前を向いたままのジゼルが、なにか言ったような気がしたが……気のせいか。
ま、考えてもどうせ答えは出ないだろう。なら今は、自分ができる事を全力でやるとしよう。
……そのためにも、薬草集めは欠かせないな。おっ、ヨクナール草発見っと。
やっぱり魔物が手強い分、得られるものも良い物が多いな。俺一人じゃ絶対に来られない場所だし、今の内に集められるだけ集めておくとしよう。
◇ ◆
「……あそこが良さそうですね」
鬱蒼と茂る森を進むこと、およそ一時間。ワイバーンと一戦交え、空が茜色に染まり始めた頃になって、ようやく野営できそうな場所を見つけた。
そこは、森の中にある巨大な岩場。ちょうど庇のように岩が張り出し、俺達の存在を覆い隠してくれそうであった。
「ワイバーンは……近くには居なさそうですね。では、あそこでキャンプにしましょうか」
「ああ」
俺も辺りを警戒しつつ、岩場に近付く。魔物の気配がない事を確認し、手早く岩場の影に入り込んだ。
……はあ、ようやく人心地つけるか。疲れたぁ~。
「キッツイなぁ……」
体力面もだが、何より精神面がかなりしんどい。頭の上を死が飛び回ってるかと思うと、一瞬たりとも気が抜けないのだ。
……実際、二回目のワイバーン戦の時は肝が冷えた。あのアイアンメイデンみたいな大口を開けて、空中から猛スピードで襲いかかってきたのだから。ジゼルが『ダウンバースト』で叩き落としてくれなかったら、今頃俺はワイバーンの腹の中だったろう。
「ふふっ、お疲れ様です。でも、本番はこれからですよ?」
……本番?
「ここから先は、ゴセット峡谷の『中層』に入っていきます。より大型のワイバーンに加えて、森の中にも危険な魔物が現れるようになります」
「……うええ、マジかよ」
空中だけじゃなく、地上にも注意しなきゃならんのか……。
「地上の魔物って、何が出るんだ?」
「中層ですと、フォレストウルフやレッドベアーが多いですね。あと、稀にマーダーベアーも出てきます」
「げっ、マジか」
普通のベアーでさえ勝てるか分からないってのに、中層の森はその上位種が出てくるのかよ……音出し作戦使えないかなぁ。
「あ、レッドベアー以外は音を立てると寄ってきますので、やめた方がいいですよ。
……ベアー避けの鈴を付けたAランク探索者のパーティーが、中層でワイバーンとフォレストウルフの群れとマーダーベアーの番に囲まれて壊滅した、という話を聞いた事がありますし」
「なんだよその悪夢みたいな状況!?」
Aランクパーティーすら食い潰されるのかよ……つうかマーダーベアーって音に怯えないんだな、さすがマーダーの名を冠してるだけある、また一つ賢くなりましたよチキショウ知りたくなかったぜそんな情報。
でも、まあ……。
「ふふっ、そこまで悪い状況にはなりませんし、絶対にさせませんから安心してください」
ここまでの戦いで、ジゼルがとんでもない実力者だという事ははっきりと分かった。
ワイバーンに一切の反撃を許さない、圧倒的な槍の技。スピードもパワーも一級品だった。
上級魔法すら無詠唱で操る、凄まじい魔法制御力。一握りの高位魔法士しか習得できない上級魔法も、無詠唱で完璧に制してみせた。
咄嗟の出来事にも全く動じない、鋼のような精神力。不意を打たれた二戦目でさえ、余裕をもって迎撃態勢に移っている。
そして、今まで戦ってきたワイバーンに対し、トドメを刺しているのは全て俺。つまりジゼルは、生かさず殺さずの完璧な手加減ができている。
それほどの底知れない強さ……Sランクだと言われて、すんなり納得できるだけのものを彼女は持っている。
「……ああ、信じるよ」
そんな彼女が、大丈夫だと言うのだ。なら、間違いなく大丈夫なのだろう。
「野営道具、出しますね?」
ニコリと微笑み、ジゼルが魔法のポーチの口を開ける。
「ああ、よろしく頼……む……!?」
そこから真っ先に出てきたランタンみたいな物体を見て……俺は二の句が継げなくなった。
ええと、これ魔道具図鑑で見たことあるぞ? 本の表紙に近い所、デカデカと目立つ所に書かれてた……。
「あの、ジゼルさんコレ……?」
「『聖域発生装置』がどうかしましたか?」
「いや、どうかしましたかじゃねえよ」
テントやら何やら取り出しながら、まるで何でもない事のように答えるジゼルだが……コレ、魔法のポーチ(特大)以上にヤバい代物だ。
聖域発生装置って、Bランクまでの魔物の攻撃を完封するほど強靭なバリアを張る、これまた国宝級の魔道具じゃねえか。城や砦を守るのに使う、防衛兵器に近いものだぞ。間違っても野営道具として出てくるような物じゃない。
「便利ですよねコレ。私が魔力を込めれば、夜の間は保ちますし……バリアが完全無色透明ですから、魔物に感づかれる心配もありません。虫も寄ってこなくなりますし」
「いや、そういう問題じゃ……っておいちょっと待て、なんだこれは」
よく見たら、それ以外にもトンデモない物が目白押しだった。
普通のテントだと思っていた物は、布地はミスリル銀糸製、フレームは高純度ミスリル銀で作られた超高級品。『フォルテ商会』ってブランドロゴが入ってるから間違いない。
武器・防具からアウトドア品まで、多彩なミスリル銀製品を取り扱っている商会だ。大多数の探索者にとって、この商会の物を買う事は憧れであり……憧れのまま終わってしまうほど超高級・超高性能な品が揃っている。『雷明』でも一年は飲まず食わずで依頼をこなさなければ、低価格帯の物ですら手は出ないだろう。
ちなみに、このテントはオーガが殴ってもビクともしないらしい。耐久試験での出来事らしいが、百回以上の殴打に耐えたとかなんとか……とにかくヤバい代物だ。もちろん、フォルテ商会では高価格帯品に当たる。
そして、半透明な袋に詰められた保存食。なんでも『シンクウパック』なる謎技術によって、新鮮な状態で一年以上保存する事が可能らしい。
当然、これも超高級品。一袋で俺の食費三ヶ月分くらいするものが、ざっと十袋ほど並んでいる。米に肉に野菜に……やべぇ、どれもめちゃくちゃ旨そうだ。
あと、開くとテーブルイスに早変わりするカバンみたいな物とか、テント内に鎮座する寝具二組とか、謎の筒形の物体とか……一目でそれとわかるような物があちこちに見える。ただの岩場の陰が、要塞顔負けの防衛力と貴族も真っ青の居住性を兼ね備えた、トンデモ空間へと早変わりしていた。
「ふふっ、こだわりは強いほうですから。必要だと思った物に、お金は惜しみません」
……やっぱり、彼女は間違いなくSランクだわ。ユニコーン車といい、これといい……並の探索者とは何もかもが桁違いすぎる。
そして、今まさにその恩恵にあずかっている俺が言えた義理じゃないのは、百も承知だが……それでも一言だけ、言いたい事がある。
……テント以外、野営道具とは言わねえからこれ。
「さあ、ご飯にしましょうか」
唖然とする俺を手招きしつつ、ジゼルが真っ白なテーブルイスの上にシンクウパック食品を並べていく。
俺の分は、一、二……五袋、か。これで俺の食費一年分以上……。
「お、おう……」
ジゼルに続いてテーブルイスに座り、夕食のご相伴にあずかる事にした。
……シンクウパックの食べ物は、今まで食べたどんなものより旨かった事を、ここに記しておく。
その後は、ジゼルに『クリーン』を掛けて貰って汚れを落とし……剣を手入れした後、陽が落ちると同時に防具を脱いで布団へ入った。
虫は来ないし、布団はフワフワしてるし、気温はちょうど良いしでとても快適だった。あのボロ宿など、比べる事もおこがましいぐらいに快適そのものだった。
……ただ一つ、気になる事があった。それは……。
「すぅ……すぅ……」
「………」
……なんでこの娘、俺の背中に抱き付いて寝てるんですかね?
布団は確かに二組あったし、テントに入って左はジゼル、右は俺とちゃんと別れたはず。隙間も布団一枚分ほど空いていて、そこに筒形魔道具(空調と照明を兼ねたものらしい)が置いてあったはずなのに……なかなか寝付けずゴロゴロしていたら、いつの間にやら背中に取り付かれていた。
一体、いつ布団の中に潜り込んだんだ? 全く気付かなかったぞ。
「……えへへ……あったかい……」
当然、そんな状態なのでジゼルの様子は一切見えない。
……が、こんな寝言が聞こえてしまったら、起こすのはあまりにも忍びない。
「……まあ、いいか」
寝返りを打てないのは正直キツいが、それは俺が我慢すれば済むことだ。第一、飯やら寝床やらほぼ全部ジゼルに提供してもらってる以上、こういう時くらいは彼女の好きにさせてやりたい。
「……おやすみ」
背中越しに声を掛け、ゆっくりと目を瞑る。
明日は、今日よりも大変な行路になるだろう。役に立たないこの身だが、せめて足を引っ張らないよう、体調は万全にしておかなければ……ふあぁ。
……おやすみ……。