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第4話:ワイバーン討伐開始

※ 注意 ※

 ややエグイ表現が出てきます。苦手な方、食事前の方は注意して下さい。


 ◆ ◇ ◇



―――ガタン、ゴトン……


「………」

「………」


 ……なんだコレ、何がどうなってるってんだコレ?


 俺こんなに豪華で早くて乗り心地の良い車に乗ったの生まれて初めてなんですけど。つうか、こんな体験できる奴なんて世界に二十人もいないって。

 なんだよ、全『霊樹』製の荷台って。魔法も衝撃も吸収する、べらぼうに高価で加工も難しい木材だって聞いた事あるぞ?

 なんだよ、車曳いてるのがユニコーンって。馬と比べて三倍以上のパワー、四倍以上のスピード、五倍以上のスタミナを持つ代わりに、維持成育も操馬(?)も凄まじく繊細で難しいって聞いた事あるぞ?

 そして、一番なんだよって言いたいのは。御者台に一人座り、白銀の軽鎧を着込んでユニコーンを操るエルフ女性―――ジゼルが探索者のトップクラス、Sランクの一角だったって事だ。


 ここまでの道中、あれこれ色々と話した結果―――ジゼルが世界でも九人しかいないSランク探索者の一人『魔槍』である事が発覚した。名前に聞き覚えがあったのは、どうやらそういう事らしい。


 ……そんな、俺がかつて憧れた勇者アグロス級の人と一緒に、ワイバーンを狩りに行くなんて。

 三十八歳、独身、容姿は平凡、万年Fランクの探索者が経験できる事じゃない。


 もう一度だけ言っておこう。


 ……なんだコレ、何がどうなってるってんだコレ?


「………」


 そんな俺の疑問に、答えてくれる者など当然なく。

 馬車―――もといユニコーン車は、粛々と目的地に向かって突き進んでいく。


 探索者最強格のSランクと、最底辺のFランクを乗せて。



 ◇ ◆ ◇



「ラングさん、到着しましたよ」


 御者台から響く、ジゼルの声。それを聞き、俺はユニコーン車の荷台から顔を覗かせた。

 俺達が辿り着いた場所は、ゴセット峡谷。グラから北へ()車で半日の距離にある、景勝地としても有名な土地だ。険しい崖が幾重にも重なり、その底に川が流れる地形が、地平線の向こうまで続いている。

 そして、崖の上には森が広がっている。俺達は今、その森の入り口の所まで来ていた。


「お、おう。早いな、半日かかるって聞いてたんだが」

「ふふっ、なにせユニコーンですから。ね、アドラ」

「ブルルル!」

「……ユニコーンの操縦も何のそのって感じだったな」

「はい、この子とは生まれた時から一緒なので」


 御者台を降りたジゼルが、ユニコーン―――アドラの角を撫で、喉元を優しくさする。ブルルと鳴きながら、アドラは気持ち良さそうに身を捩らせていた。

 ……ユニコーンって、確か気を許した相手しか体に触れさせて貰えないんだよな。それを無視して触ってしまうと、立派な一角で突かれた後に後ろ蹴り・踏みつけのコンボを食らわされるんだとか。しかも、(魔物ではないが)ランク換算すればAランク上位ぐらいの実力があるらしい。


 よし、無闇に近寄らないようにしよう。俺みたいなオッサンに触られたんじゃあ、アドラも良い気はしないだろうし。


「………」


 うん? なんだろう、アドラがジッとこちらを見ている。俺を警戒しているわけじゃなさそうだが……。

 ……綺麗だな、ジゼルと同じ翡翠色の眼か。真っ白な毛並みも合わさって、高貴な印象さえ受ける。


「ブルン」


 見つめ返してたら、そっぽを向かれてしまった。なんだったんだろうか?


 ……とまあ、それはともかくとして。


「ここに、ワイバーンが居るのか……」


 ワイバーンは飛行能力が高い。ゆえに巣は崖の途中など、空を飛べない者には到底辿り着けないような場所に作るらしい。

 その点、ゴセット峡谷は急峻な崖がどこまでも続いているため、巣作りの場所には困らない。崖上の森は餌も豊富だろう。

 だから、特に今みたいな春先はワイバーンの繁殖期と重なり……峡谷には、数多くのワイバーンが集まってくる。しかもひ弱な子供を守るためか、はたまたメスを取り合うからか。平常期よりも、遥かに気が立っているそうだ。




 現に、森の入り口には……、


「………」


 体のあちこちを食いちぎられ、絶命したワイバーンの巨体が横たわっている。

 灰色がかった細身の体に、大きな翼と茶色の翼膜。ダランと開いた口からは、ナイフのような歯がズラリと覗く。それら全てが、吹き出した血で(まだら)に赤く染まっていた。

 多分、ワイバーン同士の争いに敗れたんだろう。あんなんで噛まれたら、そりゃひとたまりもないわな……。


「あ、このワイバーン小さいですね。峡谷の奥に行くと、この倍くらいはあるワイバーンがわんさかいますよ?」

「……はい?」


 嘘だろ? こいつ、頭から尻尾の先まで、俺の身長の軽く四倍はあるんですけど。これの更に倍がゴロゴロいるって……うわぁ、Bランクモンスターって恐ろしい。俺、生きて帰れるかなぁ……。


「大丈夫です。大きくても百体くらいまでなら、私一人でも余裕で倒せますから」


 トン、とジゼルが白銀の軽鎧を叩き、堂々と宣言する。

 ……そこまで言うなら、どうかこのひ弱なオジサンを守って下さい、お願いしますよ本当に。


「任せて下さい。さて、それでは先に進みましょうか」

「なあ、ジゼル。アドラはどうするんだ? 置いてくわけにもいかんだろう」

「大丈夫です、この子は賢くて強いので」

「……さいですか」


 まあ、飼い主?(ジゼル)がそう言うなら、きっと大丈夫なんだろう。

 俺は、ジゼルに続いて峡谷の中―――獣道が伸びる森の中へと歩みを進めた。



 ◇ ◇ ◆



「そうでした、言い忘れていたので歩きながら説明しますね」


 崖沿いに、森の中を歩く事およそ五分。前を歩くジゼルから話しかけられたので、耳をそちらに傾ける。


「依頼の達成条件か?」

「はい。私達の目的は、ワイバーンを二十体討伐する事です。素材の持ち帰りは自由となっていますね」

「二十体か……二十体!? 多くないか?」

「そうでしょうか? 大した数ではないと思いますけど……」


 いくら討伐対象がBランクとは言え、二十体も倒すとなればAランクの探索者パーティでも手こずるだろう。そうなれば、受けられる人間は限られてくる。

 それを、事も無げに『大した事ない』と言い切るとは、やはりジゼルは底知れない。




 ……と、ジゼルから『止まれ』のハンドサインがあり、その場に立ち止まった。


「……いました、ワイバーンです。やや小さめですね」


 視線の先、やや開けた場所に一頭のワイバーン。どうやら食事中みたいで、俺達に背を向けて草むらに顔を突っ込み、何かを啄んでいる。空腹なのかそちらに夢中で、俺達の接近には気付いていないようだ。

 ……ただ、さっき死んでたワイバーンよりも、パッと見で二回りくらい大きい。これで小さめって……Bランクは伊達じゃないってことか。


「では、いきます」

「お、おう、任せた」

「ふふっ。ラングさんも、トドメは任せましたよ?」

「おう……はい?」


 トドメってなんだ、と聞き返す間もなく。

 フワリと風の流れを感じ―――直後、長槍を構えたジゼルが矢のようなスピードで飛び出していく。ワイバーンが臨戦体勢を整える暇も与えず、淡く輝く槍の切っ先が一直線に左翼膜を貫いた。


―――バァン!


 左()の翼が、同時に爆散した。


「ギシャアアアァァァァ!?」

「……え?」


 悲鳴を上げ、朱色の血液を撒き散らしながら走り出すワイバーン。反射的に空へ逃げようとしたのだろうが、翼が無いので飛ぶ事は叶わず……バランスを崩して転倒してしまう。そこへジゼルが飛び掛かり、接近戦となった。


 ……そこからは、あっという間だった。慣れない地上、最悪の体勢とあっては、ワイバーンに勝ち目なんてない。ジゼルが槍を振るう度に傷が増えていき……やがて、巨体を自身の血溜まりの中に横たえてしまった。

 そして、その横にはジゼルの姿が。こちらを手招きするその身には、一滴の返り血も浴びていない。


「さあ、ラングさん。ザクッとトドメを刺して下さい」

「お、おう……」


 とびきりの笑顔で、そんな事を宣うジゼル。さっきのトドメ云々のくだりは、どうやらこの事だったようだ。


 ……魔物を倒すと、その戦闘に関わった全ての人が経験値を得られるのだが……その獲得経験値は、戦闘への貢献度によって差が出る。特に『魔物にトドメを刺す』という行動が戦闘貢献度を大きく引き上げる、という事実は探索者のほとんどが知っている事だ。

 だから、故意にトドメだけを持っていくような行為は『横取り』あるいは『寄生』とみなされ、探索者の間ではタブー視されている。


 ……だが、この場合はどうなるんだろう? 何もしてないのに、トドメだけ刺すってのは間違いなくアウトな行為なんだが……。


「大丈夫ですよ。主たる貢献者がいいと言っているのですから、唾棄すべき行為には当たりません」


 俺の迷いを感じ取ったのか、ジゼルからそんな言葉を掛けられた。


「あ、ああ……」


 こうまで言われては、俺に否やはない。愛用の鉄剣を抜き、ワイバーンの目の前に立つ。ワイバーンの鱗は固くて、鋼鉄の刃は通さないって聞くし……狙うなら目だな。

 ワイバーンは浅い息を繰り返し、既に目の焦点は合っていない……今、楽にしてやるよ。


「……ふんっ!」


 右目に剣を突き立てる。グチャリ、ヌチャリとした嫌な感触が、剣を伝って俺の手に響いた。

 痛みからか、一瞬ビクリと体を震わせ……やがて、ワイバーンの息そのものが止まった。


『レベルが4に上がりました』


 久方ぶりに聞く、抑揚のない無機質なアナウンス―――『天の声』と呼ばれる、レベルアップした者に聞こえる謎の声が頭の中に響き渡った。


「どうですか?」

「ああ、レベルが上がった。3から4だってよ」


 ワイバーンとの実力差を考えれば、一気にレベル10ぐらいまで上がってもおかしくないんだがな。俺のレベルの上がりにくさは、どうやら筋金入りらしい。

 それでも、最後にレベルアップしたのが六年くらい前だからなぁ……嬉しいっちゃあ嬉しい。心なしか、体が軽くなった気がするし。


「……なるほど、そうですか」


 一人、なにやら得心がいったように頷くジゼル。

 ……あれ、なんだろうなコレ。なんだか、ものすごく嫌な予感がして―――


「では、もっと大物を狙いましょう」

「……はい?」

「この時期なら、奥へ行けばブラックワイバーンも居るかもしれません。それを狩りに行きましょうか」


 ―――やっぱり、とんでもない事を口走ってくれやがった。


「ブラックワイバーン……って、確かAランクのモンスターだよな? ワイバーンの変異種の……」

「はい」

「夜行性で夜目が利き、積極的に夜襲を仕掛けてくる……」

「ええ」

「口から闇属性の魔法弾も吐き付けてくるって……」

「よくご存じですね、さすがはラングさんです!」


 本で仕入れた知識が本当であると、認識した瞬間だった。


「いやいや待て待て、そんなの相手にしたらさすがに死ぬって、俺が! そんな、ピクニックに行くみたいなノリで連れてかれたら困るぞ! そもそもそれ、討伐対象じゃないだろ!?」

「大丈夫です、ラングさんの身の安全は私が保証しますから。それでは行きましょう」

「お、おい」


 ダメだ、こいつ人の話聞いちゃいねえ。

 ……だが、こんな場所でジゼルに置いてかれたら、それこそ命の危険が……。


「……はぁ、しゃあねえか。覚悟を決めろ、俺」


 大きく息を吐き、背負い袋にひっかけておいた布を取り出す。剣に付いたワイバーンの血を拭き取りながら、先を行くジゼルの後を追った。














 ……そういえば、このワイバーン何食ってたんだろうな? いや、確認しようとは思わないが。


 だってさ、Bランクだけあってワイバーンから採れる鱗とか爪とか牙とか、そこそこ良い値になるらしいからさ?(ジゼルは見事にスルーしたけど) しかも、ここ王都から近いだろ? 見張りも居ないし、誰でも来れるじゃん?

 それに、ワイバーンって悪食で有名でさ? 木の実とか果物とか動物とか、()()()()()()()()()()()()()()()()

 あと、さっきトドメ刺す時に見えちまったんだよな。ワイバーンの口に付いた赤い液体と、奥歯に挟まった茶色の細い糸みたいな何かが……。


「………」


 ……うん、やめておこう。世の中には、知らずに済ました方が良い事もたくさんある。

 頭に浮かんだ嫌な映像を振り払い、後ろを振り返る事なく先を急いだ。


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