第3話:再会のエルフ娘
ちょっとした、ざまぁ要素アリ。
ほんとにちょっとだけですが。刺身のつま程度のものですが。
◆ ◇
「ひぃ、ひぃ……あ~、なんか十年分くらい笑った気がするぞ、ぷっ、クスッ……」
「あー、また笑った。もう、ひどいですよラングさん」
ひとしきり笑ったはずなのに、ジゼルのあの顔を思い出してはまたゲラゲラと笑い転げる。
それを何度か繰り返し、ようやく落ち着いてきたところで……少しばかり、気になる事があったので聞いてみることにした。
「悪りぃ悪りぃ。しかし、なんだな……」
「……? なんでしょうか?」
「ジゼルのそれ、素の喋り方じゃないんだろ?」
「……!!」
「最初はだいぶお堅いなぁ、とか思ってたら、祠のくだりで少し柔らかくなって……俺が笑い転げてた時は、随分と砕けた口調になってたからな。気付いてたか?」
「………」
「そんなに肩肘張らなくてもいいんだぞ? 無駄に歳を重ねてるだけで、俺はただのF級探索者でしかないんだからさ」
「……あなたがただの探索者なら、私はこの世に居ませんでしたよ……」
「……ん? どうした?」
ボソリと、ジゼルが何か言ったようだがよく聞き取れなかった。
「……いえ、なんでもないです。それより、少し暗くなってきましたね」
「ん? おっと、もうこんな時間か」
見上げれば、そこにはうっすら赤色に染まった空。数羽のレイヴンバード(Fランクの黒い鳥型モンスター、頭は良いが弱い)が、昼の終わりを告げるかのように鳴き声を上げている。
「うーん、そろそろ帰らないと間に合わないですね……すみませんが、私はここで失礼します。
……また会いましょうね、ラングさん」
そう言い、ジゼルが手を振りながら草むらの中へと入っていく。
「ああ、またな」
その後ろ姿を見送り、俺も小さく手を振った。
金糸のような髪が、嬉しそうに左右に揺れ―――やがて草の影に姿を消した後、俺もその場を後にした。
……それからも、俺は毎日泉に通い続けた。
しかし翌日も、そのまた翌日も、さらに翌日も。
結局、ジゼルが再び泉へ来る事はなかった……。
……そんな出来事があってから、一ヶ月が過ぎたある日の事だった。
◇ ◆
だるい、めんどくさい、人と会いたくない。
……それが、俺の起き抜けの感想だ。たまにある事なのだが、一日中部屋にこもって誰とも会わず、装備磨きをしたい衝動に駆られる時があるのだ。
しかし、間が悪い事に今は手持ちが無い。装備修繕用の糸やら針やら砥石やら、色々と買い込んだせいで懐が寂しいのだ。薬草採りをこなさなければ、まともな食事にありつく事もできない。
だから、今日は早めに自主練を切り上げて、陽が昇る前にギルドへ到着した……のだが。
「…い見…よ、ジ……様だ…」
「……が、…人しか……い……ンク……者…?」
「エ……な…に、…使…な……?」
「す………美…だ……、あ……り強……じゃな…な」
「……なんだ?」
ギルドの中が妙に騒がしい。木製の扉越しに、ザワザワと騒ぎ立てる声が聞こえるのだ。
……探索者ギルドは、二十四時間営業だ。探索者が二十四時間戦っているのだから、それを取りまとめるギルドも二十四時間戦わなくてどうする……という、探索者ギルド創設者の言葉を受けての体制らしい。黒い、黒すぎる、何がとは言わないが。
ただ、俺としても助かっている面はある。魔物に邪魔されまくり、どうにか薬草を採り終えて帰ったら夜遅かった、なんて事もたまにあるからだ。もちろん、受付嬢には特大級に嫌な顔をされるが……もう慣れたし、俺の知った事ではない。文句は空気を読まない魔物に言ってくれ。
……とまあ、そんなわけで日が昇っていなくても、ギルドは開いているのだが。
いくら王都のギルドとは言え、こんな未明もいい所の時間帯に、ここまで賑やかになるなどありえない。二十年以上探索者をやっているが、こんな事は初めてだ。
「……ふぅ」
人にはなるべく会いたくなかったが……仕方ない。依頼をこなさなければ、日銭を稼ぐ事すらできないのだから。
意を決し、扉を押す。キィィと軽い音を立てて、扉が開いた。
「「「………」」」
その瞬間、中がシーンと静まり返り……俺に向かって、侮蔑の視線が大量に降り注ぐ。うん、思ったよりも人数が多いな、こういう時はさっさと依頼を請けて去るにかぎ―――
「皆さん、どうかなさいましたか?」
―――人だかりの向こうから、鈴を転がしたかのような心地良い声が響いた……って、うん?
この声、この堅苦しい喋り方、どこかで……?
「ああ、いえ。なんでもありません、ジゼル様」
「そのような暗い感情の籠った視線を投げかけておいて、なんでもないという事は無いでしょう?」
「……っ!?」
若干、怒りが混じった声が聞こえたかと思えば―――人ごみが大きく割れ、声の主が俺の視界内に現れる。
「「……あ」」
翡翠色の双眸―――ジゼルとバッチリ目があった。その整った顔立ちに、パッと笑顔が咲く。
「ラングさんじゃないですか!」
「……よう」
嬉しそうに小走りで寄ってきたので、手を上げて軽く挨拶。周りが呆気にとられているが、いつものように無視した。
「お久しぶりです」
「ああ、一か月ぶりだな。ジゼルはどうしてここに?」
「依頼を請けに来たんです……という事は、ラングさんも?」
「おう、まだ受注はしてないけどな」
「そうですか……あ、ならちょっと待ってて下さいね」
ニコリと微笑み、踵を返して受付嬢の居るカウンターまで戻っていった。
……うん? あれ? なんだろう、すごく、すっごく嫌な予感がするんですけど―――
「あの方を、私のワイバーン討伐依頼に同行させて下さい」
―――案の定、サラリととんでもない事を口走ってくれた。それを聞いた受付嬢の顔が、驚愕に染まる。
「……えっ、えっ!? ジ、ジゼル様、あれ、万年Fランクのお荷物草むしり探索者ですよ!? 三十八歳で未だにレベル3の足手まとい、薬草採りしか能のないザコなんですよ!?」
「………」
おいおい、本人がいるんだぞ。もう少しオブラートに包めよ、受付嬢。
……まあ、言ってる事は何一つ間違っちゃいないんだけどな。
「こんなオッサン、ジゼル様のお役に立てるとは到底思えま……ヒッ!?」
ん? どうしたんだ、急にあんな怯えた顔して……?
「………(ニコッ)」
「!?!?」
うおっ、怖っ、ジゼルの半眼笑顔コワッ!? ニコニコしてるのに、目が全く笑ってねえぞ!?
横顔でも分かるその威圧感、これが自分に向けられたとしたら……うえぇ、ちょっと考えたくねえな。マジでちびりそうだ。
「……私の目から、彼はこのギルドにいる誰よりも『探索者らしく』見えますよ? それに……」
ジゼルがチラリとこちらを見る。その一瞬だけ、目に柔らかな色が宿り……すぐにそれは消え失せて、再び受付嬢の方を向いた。
「……そ、それに?」
「いえ、なんでもありません。それより彼の身の安全は、私が責任をもって保証しますので」
「う、う~ん、しかしですね……」
「(ニコリ)責任をもって、保証しますので。高難度のクエストですが、ギルドの規定には反しないはずですよ?」
「うっ、ジ、ジゼル様がそこまで仰るのであれば……」
うん、あんたにゃ良い印象無いけどさ、受付嬢さん。こればかりは少しだけ、ほんの少しだけ同情できなくもない。だってマジで怖いもん、アレ。
だからこそ、俺はあんたに一つ言いたい。
……少しは空気読めよ。俺は空気読んで、言いたい事あるけどじっと黙ってるんだからさ。
「では、これで依頼受注は完了ですね♪」
「……ちょっと待て、ジゼル」
「何ですか、ラングさん?」
と、ここでジゼルの会話に割り込んだ。さっきとてつもなく不穏なワードが聞こえたので、ちゃんと聞き質しておきかったのだ。
「なあ、俺の聞き間違いじゃなけりゃ……ワイバーン討伐、って言ってなかったか?」
「……? はい、そうですけど?」
「もしかして、俺も行くのか?」
「はい、そうですけど?」
小首を傾げるジゼルだが、そんな可愛らしい仕草も目に入らないくらい俺は焦っている。
……ワイバーンっていやあ、Bランクモンスターの代表格じゃねえか。一匹倒すのにBランク探索者が三人、それかCランク探索者が六人は要る強敵だぞ。まかり間違っても、Fランク探索者が相手にするような雑魚じゃない。
そんなやつの討伐依頼に、俺を連れて行こうだなんて……なに考えてんだ、ジゼルは。
それにさ、一番重要な事が抜けてるんだが……。
……なあ、俺の意思は聞いてくれないのか? 俺、ここまで全く意思表示してないんだが……。
「嫌ですか?」
「あ~、そういうわけじゃないんだがな……」
「なら決まりですね。それではラングさん、よろしくお願いしますね?」
ニコリと、花のような笑顔を向けられた。その柔らかい笑みの中に、なんだか俺を絶対に逃がすまいとしているかのような……例えるなら、オリハルコンのように固い意思を感じた。
うん、こりゃダメだ。絶対断らせて貰えないな、どうやら俺の前には『はい』か『イエス』か『ノープロブレム』しか選択肢が用意されていないようだ。
「は、はい……」
もう、そう答えるより他に道は残されていなかった。
「……ふふっ。では、北門に車を用意してあるので、そちらに行きましょう」
ジゼルに手を引かれ、そのままギルドを出―――
「お待ち下さい、ジゼル様」
―――ようとしたところで、人ごみの中から声が上がる。
そちらを見てみると、『雷明』のリーダー、アツシがつかつかと歩み寄ってきていた。その後ろには、取り巻きの美女美少女三人もいる。
「Bランクモンスター、ワイバーンの討伐……是非とも、我々『雷明』をお供させて下さい。お願いします」
「「「お願いします」」」
声を綺麗に揃え、丁寧なお辞儀を披露する『雷明』の四人。
だが、アツシがそこでニヤリと笑ったのを、俺は見逃さなかった。
「………」
能面のように表情の無い顔で、ジッとアツシ達を見つめるジゼル。その翡翠色の瞳が、すうっと細まっていき―――
「お断りします」
―――ハッキリと、アツシに向けてそう告げた。
「……っ!? な、なぜ!?」
驚き、顔を上げたアツシはそう問うが、ジゼルは無表情でそれに答えた。
「アツシさん、あなたからは他者に対する侮り、蔑みの色が見えます。自分は若い、魔物を倒す力がある、将来性がある……だから自分は他者より優遇されて当然だ、自分の意に沿わない他者など排除されて然るべきだ……と、本気で考えている」
「……そ、そんなことは……」
「私の『目』は誤魔化せませんよ。私が是と返事をすれば、ラングさんは力ずくでもここに置いていくつもりだったのでしょう?」
「ぐっ……」
確かに、こいつならやりかねない。噂でしか聞いた事はないが、取り巻き女三人も元は別々のパーティに所属していて……それをアツシは、かなり強引な方法で引き抜いてきたらしいし。
それでも、探索者稼業が実力主義の世界であるがゆえに、あまり問題にはなっていないようだ。
「お、俺は二年でBランクになった天才です! 二十年経ってもFランクのオッサンより、将来性があるに決まっているじゃないですか!」
「そ、そうですよ!」
「そいつ、所詮はオッサンです。アツシは若くて強いです」
「そんな雑魚より、アタシ達の方が絶対戦力になるって。なあ、考え直さないか?」
……おいおい、言うに事欠いて自分で自分のこと天才とか言いだしたぞ。
あとさぁ、取り巻きさん。そのやり取り、さっきも受付嬢がやってたじゃんよ……そんな事したらどうなるか、見てたなら分かるだろうに。
「私の『目』は誤魔化せないと、そう言ったはずですが?」
……その瞬間、ギルドの気温が五度ほど急降下した。
今度は笑みすら浮かべない、完全なる無表情の威圧。ギルドにいる全ての人が、ピタリと動きを止めた。
「これでも私、Sランク探索者の端くれですから。人を見る目は誰よりも……そう、この世に居る誰よりもあるつもりです。
……行きましょう、ラングさん。ここにいては時間の無駄です」
唖然と立ち尽くす『雷明』を尻目に、今度こそギルドを後にする。
俺の背中に、困惑やら嫉妬やら憎悪やら何やら……様々な感情が入り交じった視線を感じたが、振り返るだけの心の余裕が俺には無い。
……俺、薬草採りに行くはずだったんだけどなぁ。
翼竜獲りに来たんじゃないんだけどなぁ。
なんで、こうなったんだろうな?