第9話:闇夜に飛翔せし者
説明成分マシマシ。キリの良い所で切ったので、ちょっと短めです。
◆ ◇ ◇
「な、なんだ!?」
鼓膜を叩く衝撃音と共に、グラグラと激しく地面が揺れる。どうやらバリアの外側で、何かが攻撃を仕掛けてきているらしい。
……だが、聖域発生装置はBランクモンスターまでの攻撃を完封する。ワイバーンやマーダーベアーでは、これを破る事はできないはず。
そもそも、この岩場はゴセット峡谷の浅層にある。マーダーベアーはここには居ないし、ワイバーンは中層のそれよりも小柄で非力な個体しか居ない。
―――ドガァァァァン!!
―――バヂィィィィィィン!!
……と、巨岩がバリアの上面にぶち当たる。岩場の傘がひび割れて、俺達の頭上に降ってきたらしい。
しかし、それでもバリアはびくともしない。サンダーボルトのような音を立てながら、逆に岩を粉々に砕いてしまった。
「すげえ……さすが国宝級の魔道具だな」
「………」
「……ジゼル? どうしたんだ?」
……ジゼルの表情が、妙に険しい。何か、気になる事でもあるのだろうか?
「この状況……明らかにおかしいです」
「なんでだ?」
「ここは浅層で、魔物はワイバーンしか出現しません。
……しかし、彼らは昼行性です。ワイバーンは夜目が利かず、夜は飛べない、と言うのが高ランク探索者の常識ですから」
「……は? じゃあこれは―――」
―――ゴウッ!
―――バッチィン!!
―――ピシッ……
空気を押し退けるような飛来音と、超特大の衝撃音……の後に、何だか嫌な音が聞こえて……。
「………」
音がした方を見る。
「……へ?」
……なんで、バリアにヒビが入ってるんだ? 透明なはずのそれに、くっきりと白い筋のようなものが広がって……。
「……!! ラングさん!」
焦ったようにジゼルが飛びついてきた。腰を思い切り突き飛ばされて、横倒しで一緒に地面を転がっていく。
―――バァァァン!!
直後、バリアが粉砕され―――黒い塊のようなものが二つ、さっき俺達が居たところに着弾した。それは地面に拡がっていき……空調照明装置を呑み込み、跡形も無く消してしまった。
「お、おいおい、何がどうなって……」
「あそこです!」
ジゼルが中空に向けて指を差す。背後に星明かりしかないので、よく見えないが……何かがそこに居ることは分かった。その紫色の瞳らしきものが、こちらをジッと見据えていることも。
「黒い弾、空、夜目、バリアを壊す……まさか。いや、だが……」
「そのまさかですよ……『ライト』、『トリプル』!」
ジゼルの指先から、強い光を発する珠が三つ、別々の方向へ飛んでいく。その光量に照らし出されて、聖域を突破した強敵の姿が浮かび上がってきた。
……体表は、漆黒。二対四枚の翼を広げ、中層最大級のワイバーンより更に三回りほど大きい体躯を持つ。目は紫色に妖しく輝き、口から黒い靄のようなものが漏れ出ている。
姿形は、確かにワイバーンのそれに近い。だが、それと比べて遥かに刺々しく―――遥かに、禍々しい。
最初のワイバーンを倒した時、冗談交じりに話していた事。それが今、俺達の前に現実となって現れていた。
「ブラックワイバーン……!!」
こんなところに居るはずのない、ワイバーンの変異種。
Aランクの怪物が、空にゆったりと鎮座していた。
◇ ◆ ◇
(ギルド規程・解説集より、抜粋)
◎魔物のランクについて◎
ランク付けによって、この世界『ステルラ』では様々なものに上下の区別が成されている。
例えば、魔法は初級、下級、中級、上級、天級、神級。魔物はゴブリンのようなFランクから、エンシェントドラゴンのようなSSランクまで。対する探索者も魔物討伐の経歴により、FランクからSランクまで区別されている。
そのうち、魔物については殆どがBランク以下に位置している。奴らは数が多いものの、国家による積極的な討伐対象とされる事はほぼない。
その代わり、個人レベルでの討伐依頼が多く出されている。対応できる探索者も多く、手に負えなくなるほど数が増える事はまずないだろう。
しかし、Aランク以上の魔物に限っては、話は別である。絶対数が少なく、更にそのほとんどが秘境と呼ばれるような場所にしか生息しないのだが……ひとたび姿を現せば、たちまち甚大な被害を周囲にもたらす。聖域発生装置でも、奴らを止める事はできない。
いや、むしろ逆であろう。聖域発生装置のバリアを突破するほどの、凶悪な攻撃力を持つ魔物にA以上のランクが付与されるのである。
ゆえに、Aランク以上の魔物が異常な行動をとった場合。それを目撃した探索者は、直ちに探索者ギルドへその旨を報告する義務がある。
昔は直接窓口へ赴かなければならず、対応が遅れて多くの町が被害を受けていたが……現在は技術が進歩し、探索者カードには緊急用の遠隔通信機能もある。見つけたその場ですぐ報告する事も可能となった。
もちろん、可能ならばそのまま討伐してしまっても構わないのだが……入念な準備も無しにそれを成せるのは、Sランクの探索者くらいであろう。だからこそ、迅速な報告が必須となる。
たった一つの報告漏れが、何万という命を危険に晒す事さえある。それだけの力を、Aランク以上の魔物は持っているのだ。
ゆめゆめ、探索者として忘れぬよう。
(終わり)
◇ ◇ ◆
(魔物図鑑・下巻より抜粋)
◎ブラックワイバーン◎
ランク:A
討伐推奨ランク:A×4人(うち、射手2人以上)、B×8人(うち、射手4人以上)
ブラックワイバーン、通称『黒翼竜』。ワイバーンの亜種と呼ばれており、黒い鱗や夜目が利くなど、夜闇の空を飛行できるよう進化したワイバーンだと言われている。
だが、その危険度はワイバーンの比ではない。
まず、基礎能力。ワイバーンより遥かに大きな体躯を持ち、体力・攻撃力が大幅に向上している。また竜鱗も非常に硬く、ミスリル銀製以上の武器でなければまともに刃は通らない。だというのに、二対四枚の翼から生み出される速力はワイバーンの軽く倍を叩き出し、羽ばたき音はワイバーンより小さい。
次に、遠隔攻撃手段を持つこと。闇属性の魔力を貯める特殊な器官を持ち、口から闇属性の魔法弾(闇球)を吐きつけてくる。また個体によっては、別属性の魔法弾を吐いてくる事もあるという。
最後に、これが最も厄介なのだが……非常に狡猾で、知能が高い。強襲・奇襲・夜襲はお手の物、昼間はワイバーンと協力して獲物を囲い込み、一斉に攻撃する。相手が探索者パーティなら最も打たれ弱い者を見定めて奇襲攻撃を仕掛けたり、相手の方が強いと判断するや即座に逃げるなど、観察力や洞察力にも優れている。
これらの特徴や、口から吐く闇球が聖域発生装置のバリアを突破できる事から、ブラックワイバーンはAランクモンスターとして定義されている。
主な生息域は、ゴセット峡谷深層域。ワイバーンしかいない浅層、フォレストウルフやレッドベアーなどが出現する中層、ワイバーン・マーダーベアー・デッドリーウルフのみが出現する奥層……それらより、更に深い所でのみ生息する。Aランク以上のモンスターとしては、聖アリエスタ王国・王都グラから最も近い場所に生息していると言える。
ゆえに聖王国はその動向に細心の注意を払っており、だからこそゴセット峡谷におけるワイバーン討伐任務を国家名義で探索者ギルドに常駐させている。
通常のBランク依頼の、実に倍額に相当する報酬でだ。多くの探索者が群がるであろうそれには、実はこのような裏があるわけである。
ブラックワイバーンが、浅層や中層まで出てくる事はまずあり得ない。だが、全く無いとも言い切れないという事を留意した上で、ゴセット峡谷に足を運んでほしい。
探索者が魔物の領域に赴き、そして生きるも、死ぬも……全ては探索者の自己責任なのだから。
(終わり)