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和風な異世界にあんこがない。  作者: 天野光涼
3/3

豆大福

こんにちは未苓(ミレイ)です。


きょうのお店は大忙しでした。

付喪神(つくもがみ)の団体さんがいらっしゃったんです。

みなさん甘いあずきのお菓子は初めてのようで、めずらしい甘味をよろこんで召し上がってらっしゃいました。


ひとりで厨房を担当している紅子(べにこ)さんもさすがにお疲れなようで、きょうは茶屋を早じまいして温泉にでも行こうかって話になりました。茶屋の近くにとってもすてきな洞窟温泉があるんですよ。

峠の茶屋『甘味処(かんみどころ)うさぎ』は店長の紅子さんの気まぐれ営業で、早朝からお店を開いて、お昼までには閉めちゃうことが多いんです。

紅子さんによると和菓子屋の営業はそんなものらしいんですが、甘味ですし、できればおやつの時間までは開いててほしいなって思うんですけどね。

ということで、きょうはまだ午前9時といった時間ですけど温泉休業にしちゃいます。




のれんをおろそうと茶屋の表に出ると、荷車を引いたカラス天狗さんが峠の道を登ってらっしゃいました。相棒の赤舌さんと、着物に日本髪でちょっとぽっちゃりな旅の娘さんがご一緒です。


「よう、また寄らせてもらったぜ。あのうまい豆の汁頼むぜ」


カラス天狗さんの声を聞いて厨房の紅子さんは不機嫌そうに目を細めていました。

もうすっかり温泉気分だったのでしょう。


「お好きなお席へどうぞ」


店内にカラス天狗さんたちをご案内して、のれんをしまい『準備中』の札をだします。

カラス天狗さんたちはきょうの最後のお客様です。



「豆の汁4つな!3つは表の赤舌のやつにもってってくんな」

「お嬢さんはなんにしやす?この茶屋は豆の汁がおすすめですぜ」


お連れのぽっちゃりの娘さんはお品書きを見てなやんでらっしゃいます。

『おしるこ』『おだんご』『草餅』『どらやき』『黒糖饅頭』


「豆大福これがいいわ。私の名前のお(ふく)とおなじ、福の字がはいってるから」



厨房の紅子さんがちらりとこちらをにらみました。

娘さんは、お品書きの中でも特に小さく書かれた『豆大福』を頼んでしまったのです。


茶屋で『豆大福』を頼むのは常連の菅原(すがわら)のおじさまぐらいなんです。

お品書きには写真もありませんし、お客様はみたことのない甘味を文字の印象だけで想像しなくてはいけません。

豆には小さいという意味もありますが、『豆大福』のお値段はしっかり10文しますし、他にもめずらしいお品がある中で頼むお客様はほとんどいないのです。


「なんでぇ?この豆大福ってやつは?豆餅のことか?ちっちぇ餅のことかい?」


カラス天狗さんも豆大福を知らないようです。


「塩味のお豆のはいった豆餅のなかに、甘いあずきあんをいれたおまんじゅうです。おいしいですよ」


「甘いあずきのまんじゅうか!そりゃあいい。土産に10個ほどくんな」


甘いあずきのおいしさを知ってしまったカラス天狗さんはすかさず注文してくださいました。



「・・・悪いけど、大福は1日5個限定だから」


厨房のほうから低い声が聞こえてきました。紅子さんごきげんななめみたいです。


「じゃ土産はあんこのだんごでいい。甘いんだろ?これ10本な」


紅子さんの声のトーンはちょっとお客様に失礼かなってビクッとなっちゃっいました。

でも、カラス天狗さんは気にもとめずおしぼりで首をふいて、お土産をおだんごに変更してくださったんです。

赤舌さんとお仕事なさっているおかげで失言には耐性ついてるのかしら。




「はい、おまたせしました。『甘味処うさぎ』特製しるこですと豆大福です」


おしるこはいつものようにこしあんのおつゆに焼いたお餅が二枚、豆大福はお皿にひとつ、黒文字を添えてお出しします。



「くわぁうめぇぇ!この茶屋の豆の煮汁は最高だな」


カラス天狗さんが片手でおしるこをぐびっと飲み干す横で、お福さんは豆大福を手にとってめずらしそうにながめています。

そして、ひとくちかじってにっこり。


「おいしいわ。ほどよい硬さの塩豆がお餅によくあいますね」


ふたたび厨房から低い声が聞こえてきました。


「お嬢さん、大福は餅と豆だけちまちま食べるもんじゃないんで」


お福さんが豆大福の表面をちょびっとずつかじる姿に、紅子さんの指導がはいりました。

あせったお福さんは2個目の塩豆をお餅からはずして食べています。


これを見ていた紅子さんはついに厨房から出て、お福さんの前に椅子をおいてどかっと座っちゃいました。


「お嬢さん、お福さんでしたっけ?その食べ方はカレーを頼んで福神漬けだけ食べるようなもんですよ」

「大福はまんじゅうのあんこが主役で、塩豆はアクセントですから、おにぎりを食べるみたいにガバッっと口に入れてほおばって食べてくださいよ」


お福さんはさらにあたふたしています。


「え?カレー??アクセント…」


外来語の言葉にとまどっている様子です。この異世界にはインドもアメリカもなさそうですから。

なにやらキれたらしい紅子さんが、新しい豆大福をお皿にのせてもってきました。

そしてそれを黒文字で一口大に切ります。


「はい、おくちあけて、あーーん」


紅子さんは一口大に切った豆大福をお福さんの目の前に差し出します。

お福さんはそれを戸惑いながらもおくちにいれて、長いこともぐもぐ咀嚼(そしゃく)して、やっとのみこみました。


「おいしい!すごく甘くて。甘いお豆ははじめてですけど、こんなにお餅とあうんですね」


お福さんは豆大福と甘いあんこを気に入ってくださったようです。

紅子さんも満面の笑みで、…したが、お福さんなんと豆大福をお皿に置いて、黒文字で小倉あんをほりおこし、お豆を指でつまんで1個づつ食べはじめたんです。



「まんじゅうは手でつかんで、がぶっとかんで餅くいちぎらんとうまくないでしょうが!!」


怒りの声が紅子さんから、ではなくてお福さんの頭の後ろから聞こえました。

そして、なんと福子さんの頭がぐるりと一回転して、日本髪の後頭部が身体の正面にきたんです。

これには私も紅子さんもカラス天狗さんもビックリです。


「お福がこんなんだから、あたしがかわりに食べてやるよ」


お福さんのうしろ髪から大きなおくちが現れました。

お福さんはどうやら妖怪『ふたくち』だったようです。

ふたくちさんは豆大福を手に取ると迷いなく、やわらかくのびる大福のお餅をくいちぎりました。


「うわっ!なにこれうまっ。くるねぇこの甘さ。いやぁ泣けるほどうまいわ」

「極上の豆の香り、くちいっぱいにふくらむ豊かな甘さ。また餅がうまいじゃないのさ」

「柔らかく伸びて、それなのにベトベトせずさっくりかみ切れる、このかみごたえが歯に心地いいねぇ」

「ああ、この米の香りはあたしの故郷の越後のもち米だね。なつかしいねぇ。お茶は新茶かい?ぜいたくしてる茶屋だねぇ」


紅子さんの目がキラリと光ります。


「コメの味がわかるなんて玄人ですね」


「やだねぇ、あたしゃただの食いしん坊ですよ」


どうやら、紅子さんとふたくちさんは意気投合した様子です。



「おや?そっちの豆大福はまた違うようだね」


ふたくちさんはお福さんの注文した大福と、紅子さんがあとからもってきた大福が違うことに気づいたようでした。紅子さんがニヤリとわらいました。


「じつはね、うちの1日限定5個の大福はぜんぶ味がちがうんですよ」

「味のわかるお客さんに、ぜひ召し上がっていただきたい」


「あら、味が違うなんて面白いじゃないのさ。よばれようかね」


これは常連客の菅原さんもしらない『甘味処うさぎ』の豆大福の秘密なのです。

紅子さんは豆大福づくりが趣味のひとで、採算無視で各地から取り寄せたぜいたくな材料を使って、毎日5種類の豆大福をつくっているのです。


「こっちは皮むきあずきに白双糖(しろざらとう)を使ったこしあん、こっちはつぶしあんに隠し味で黒蜜と醤油を混ぜてみた」


「いいねいいね。こしあんがおくちでサラっととけるようじゃないのさ。わずかに感じる豆の皮の雑味(えぐみ)が消えて風味が上品になったね」


ふたくちさんは5種類の豆大福を食べ比べ、ふたりは大福談義で大いに盛り上がっています。


「あのう、大子(だいこ)さんそんなに召し上がると私また太ってしまいます」


後頭部に回ったお福さんからちいさな抗議の声です。

小食のお福さんがぽっちゃりなのは、ふたくち妖怪の大子さんの大食いのせいだったみたいですね。

でも、盛り上がっている紅子さんたちは、お福さんの蚊の鳴くような声はスルーしてしまっています。




「だいたいさぁ、おしるこやら練りきりやら、うちの経営者はいろいろ作らせすぎなんだよ」

「自分がいろんなあんこモノを食べたいもんだからさ。大福ひとつで天下とれるっちゅうのに」


「わかるわあ、この豆大福、都で出したら大評判間違いなしだよ。連日長蛇の列で倉が立つよ」


野望で目をギラつかせる紅子さんですが、その野望はなかなか実現しません。

和菓子の材料の仕入れルートは経営者の(そう)さんがにぎっていて、独立すれば支援は止められます。

そのうえ、餅感が強くて2日たっても固くならないこだわりの豆大福を作るために、がわのお餅に紅子さんの『魔力』を注入しているのです。

(あやかし)さんと違い魔力のすくない紅子さんは5個で魔力を使い切ってしまうようで、それで1日5個しか作れないのです。もはやお菓子のレシピではありませんね。



意気投合の紅子さんと大子さんは、新作あんこの試作にとりかかるようです。

カラス天狗さんは山向こうの村にお福さんの荷物を運ぶお仕事の途中で、ひとあし先に荷物を届けるということでここでお別れです。


紅子さんは「護国寺も泉岳寺も足元にひれふせ」と、謎なことをくちばしって熱くなっています。

きょうは残念ですが温泉はお預けみたいですね。

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