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第0a話:宿の女  作者: 吉野貴博
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 雪が降り始め、何日も経ち、本格的な冬が来たかと思うようになったその日、朝一番で〝大勢の高祖母〟から買い物を頼まれた。

「今晩は大嵐になる」

 宿の補強に必要な品が、いくつか不足しているから買ってきてくれ、とのことである。

〝大勢の私〟にそのことを言って朝の仕事を抜けることを告げ、出納係の〝母〟からお金

をもらい、バス停へと向かう。

 空は雲一つなく綺麗な晴天だが、今日の夜は嵐なのか。

 バスはちょうどバス停に来て、数時間進み、開店時刻に街に着いた。

 ホームセンターも大規模雑貨店も、品数がある割にはピンポイントで欲しい物を切らしている場合があるのだが、今回は大丈夫だった。これならお昼には宿に戻れるだろう。

 全てを買いそろえ、ちょうどバスが来ていたので乗ったのだが…一番前の席に男の人が座っていた。

 男の人が一番前に座っているのは構わないのだが、外套を着ていた。

 宿は古くからあるから、古い物もたくさんあるから、外套は解る、しかし今の人が外套を着るか?服飾業界がコートやジャンパーをきらびやかに売っている時代に、外套?

 さらに、外套を着て一番前の席というのも、変というか違和感があるというか、これが一番後ろに座っていたならばしっくりくると思うのだが、一番前である。前の車輪の上で一段高くなっているところに重装備の大人が座っているのは、別に悪いとは言わないが、なんか、なんか、ヘンである。

 しかし当人はそう思っておらず、そう思われていることも知らず、本を読んでいる。

 中頃の席に座り、その人から目を離すことができない。

 バスが発車して、ようやく景色に目をやるのだが、バスが山道に入って少し経ち、その人が降車ブザーを鳴らしたのでまた驚きである。

 このバス停の周囲には、何もないぞ?川があるから釣りをするのならまだ解る、しかし釣り竿なんて持ってないだろ、持っているリュックに折りたたみ式のを入れているのか?誰かと待ち合わせをしているのか?

 凝視してしまうのだが何も解らない。

 黒の手袋を嵌めて立ち上がり、それほど高い背でもなく、低い背でもなく、リュック式の鞄を背負い、バスを降りていく。

 バスが発車し、曲がりくねった道を走り出し、大曲の道に出るまで男を見ていたのだが、やはり川に降りていくようだ。坂道の中頃まで見えた。

 もし私が誰かと一緒にいたら、解らないことを確認し合い、いろいろと想像しあえるのだが、一人なので自分一人で違和感を抑えないといけない。まさか運転手に話しかけるわけにもいかないし。

 宿に戻って、誰かに言うにしても、言葉にしたら(だからなんだ)ってことだしなぁ、と思っていたら、様子が変だと解ったのだろう、幾人かが「どうしたの?」と話しかけてきた。なので見たことを話したのだが、やはり「ふうん…うん…」である。当然である。

 しかしそれでようやく、あの人が私にとって、無視することができない、ちょっとどころではない、しかし上手く説明の出来ない奇妙な人なんだと確信した。

 失礼で申し訳ないけれど、私にとってあの人は、とてもヘンだ。

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