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第0a話:宿の女  作者: 吉野貴博
2/6

流れ

〝大勢の私〟といったが、別に私自身が大勢いるわけではない。同年代や同世代をひとまとめにしたいい方だ。

 小学校へ入る前の〝妹〟、高校を卒業するまでの〝私〟、高校を卒業し余所の土地へ行き子供を授かり帰ってきた〝姉〟、子供が生まれると〝母〟、そして孫が生まれた〝祖母〟、足腰が立たなくなりお客様にお仕えするのが難しくなった〝曾祖母〟、もはや起き上がることも難しい高祖母以上の〝老女〟である。

 母親は娘が生まれると、幸せになって欲しいと考えた名前を付けるが、他の娘の名前になぞ興味も無いし、大勢いるので全員の名前を覚えるのは無理だ。〝母〟がそうなのだから、〝祖母〟や〝曾祖母〟は当然名前なぞ覚えられない。よほどのお気に入りでなければ「そこの子」呼ばわりである。呼ばれた方も仕事をしている最中に別の用事を言いつけられるので、優先順位やいつまでにやらなければ行けないのかの確認は必須である。そして終えたときの報告だって行きやしない。子供だって見分けはつかないのだ。

 お客様はそんなに多くない。ここ以外にもこういう宿があるのかは知らないし、〝妹〟や〝私〟、あと〝祖母〟の年齢の人が来ない。〝姉〟と〝母〟ほどの人たちばかりだ。

 お客様はトンネルを通ってやってくる。〝私たち〟が通るぶんには日常生活に必要な社会への通り道だが、お客様がどこから来ているのか解らないし、絶対にトンネルに向かっては行かない。宿での用が終わったら山をのぼっていき、宿に戻ってくることはない。

 崖で叫んでいるお客様の声は、風向き次第では宿まで聞こえてくることもある。〝妹たち〟は怖がるし〝私たち〟も気分がいいものではないが、〝姉たち〟や〝母たち〟は何も言わない。聞いても慣れたとも解るとも言わない。

 今は無くなったが、昔は学校の先生の家庭訪問というのがあったそうだ。

 そのときにはトンネルの向こうに部屋を借りて、そこに住んでいる体を装おったそうだ。住所や電話番号がどうなっていたのかはよく解らない。郵便物は全て局留めだし、電話は本当にどうなっているのだろう?宿泊の予約以外に鳴ったことがない。学校で電話番号は何度も書いているが、他の〝私たち〟も同じ番号を書いているのだろうか?それともみな同じ学校に行っているから、校長先生も事情は知っているのだろうか?

 友達も遊びに来ることはない。これは学校でいつも〝私たち〟で固まっているから単純に遊ぶ友達とは思われていないのだと思うが、緊急連絡網での電話も来たことがない。何故か〝私たち〟の誰かが知って、みんなに情報を廻すのだ。

 高校を卒業して、大学に行くにしろ一度外の会社に勤めるにしろ、この地を離れるまでは男性との恋愛感情も憧れの感情も浮かばない。全く興味もわかない。告白をされても全員が断るし、嫌がらせも一人が受けたら全員で立ち向かう。

 …普通の生徒からすれば、異様な集団だ。どう思われていたのだろう?あるいはだからこそ必要以上には話しかけられなかったのか。

 普通の子と仲良くなる〝私たち〟もいたのだが、宿が優先である。病気になったり仕事が集中したときには〝私たち〟は協力するが、普通の子と仲良くなって宿との両立が難しいときには誰も助けない。それで悲しい思いをしているようだが、仕方がない。

 私はそういうことにはならなかったし、助けも相談も求められたことがない。だから自分の仕事と勉強をこなすだけである。


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