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きっと人生が、映画ならば  作者: 人間モドキ
6/23

黒岩竜

二千十六年、十二月二十六日。

 木場達が廃病院で肝試しをする日の四日前。

 都内某所にある、関東を中心に活動する暴力団、雪平組の若頭である黒岩竜と若頭補佐の東山幸樹は雪平組組長である篠原晃に呼び出され、雪平組の事務所に集まっていた。

「親父、話ってのは一体何でしょう?」

 黒岩は手を前に組み、恐縮しながら篠原に尋ねた。篠原は吸っていた葉巻を灰皿に置き、ゆっくり話し始めた。

「三日後の中国マフィアとの冷たいのの取引、黒岩お前に頼んでいたよな」

 篠原の問いに黒岩は「ええ」と頷いた。冷たいのとは極道の業界用語で、覚せい剤の事だ。黒岩はさらに続けて言った。

「親父に指示されてから、段取りを進めております。当日はこいつと一緒に行く予定です」

 黒岩はそう言いながら、隣に立っている東山を横目で見た。東山は黙って頷いた。

「その件なんだがな、先方からちょいと面倒臭い、お願いをされてな」

 篠原が渋い顔で言った。

「なんでしょうか?」

「ここ最近、警察の取り締まりがかなり厳しくてな。先方もかなりピリピリしてるみたいだ。今回もかなり大量の冷たいのを、ウチの組が購入する取引だろ?先方はより慎重になってるわけだよ」

「ええ、そうみたいですね」

「それでだ。向こうから言い出されたんだが、今回の取引はお互いに代理を立てての取引をする事になった」

「なるほど。お互いに捨て駒を使ってやるわけですね」

「ああ、そういう事だ。」

「大変恐縮ですが、それをするにはリスクもあるかと」

「なんだ?」

「その捨て駒が、俺達の金を持って、ケツを割る可能性もありますよね?」

 ケツを割るとは、極道の業界用語で逃亡するということだ。

 黒岩の冷静な意見に、篠原はそんな事は分かってるんだよと言いたげな顔をした。

「そうだ。問題はそこなんだ。だからこそ、今日お前らを集めたわけだ。その捨て駒の人選と監視をお前達にやってもらいたい」

「分かりました。若い衆を一人用意します」

「いや、その人選なんだが、もう一つ問題があってな」

 まだあるのかよと、黒岩は言いたかったが、ぐっとこらえて「何でしょうか?」と篠原に問いかけた。

「先方は堅気を用意しろと言ってきてる」

 篠原のその言葉に黒岩は目を丸くした。

「奴ら正気ですか?今回の取引、俺たちが用意するのは一億円ですよ?それをカタギに持たせるなんて、危険すぎる。そのリスクは中国マフィアも同じはずだ」

「まぁ、落ち着け。最近のサツはかなり鼻が利く。先方も大分、取り締まりされてるみたいで、何も信じらない状況なんだろう。だからこそ、今回の取引は絶対に失敗できない。色々言いたいことがあるのはわかる。だが、こっちも商売だ。お前達に頼めるな?」

 黒岩は篠原のその言葉の意味を理解した。篠原は危険な取引だからこそ、自分と東山に今回の件を指示しているのだと。黒岩はそれ以上言うのはやめた。

「任せてください親父。必ず組の為に成功させます」

 黒岩のその言葉に、篠原も安堵の表情を浮かべた。

「期待しているぞ」

「はい、失礼いたします」

 黒岩はそう言うと、東山と共に事務所を後にした。二人は事務所の前に停めてあった車に乗り込み、黒岩は東山に言った。

「まったく、親父もあんな条件飲むなんて正気じゃないぜ」

 黒岩は今までため込んでいたものを、吐き出すように言った。それに東山が答えた。

「カシラ、それで捨て駒はどうしましょうか?」

「確か、シャブで支払い滞納してるババアがいたろ。そいつを使う」

「シャブ中をこんな大事な取引で使うんですかい?」

 東山はかなり驚いて見せた。

「馬鹿野郎。ちょっとラリってるから良いんだろ。シラフの奴にそんな大金持たせてみろ。どんな悪知恵働かすか、わかったもんじゃねぇ。それにどっちみち、持たせるバッグに金が入ってることはババアに伝えねぇから安心しろ。ただ、バッグを持って行って、バッグを持って帰ってくるだけだ。そんぐらい、シャブ中でもできるだろ。それに取引が終わったら、そのババアのタマとるぞ。口止めだ。」

「でも、ババアに一億なんて金、持つ力ありますかね?」

「逆に重たいくらいのがいいんだよ。走って持ち逃げできねぇだろ」

「なるほど。流石カシラだ。考えることが天才的。いや、悪魔的ですね」

「嫌味か、この野郎」

 黒岩は東山のお腹を軽く小突いた。

「ババアの手配はお前に頼んだぞ東山。それにバッグの中身を見たら、命はねぇって念を押しとけ。今回の取引が無事、成功したら滞納金をチャラにするって言えば、そのババアも喜んで手伝ってくれるだろうよ。まぁ、取引が終わったら命はねぇけどな」

「わかりましたカシラ。任せて下さい」

 そして黒岩と東山を乗せた車は夜の街へと消えていった。


 二千十六年、十二月二十九日の深夜三時頃。、

 黒岩と東山は、中国マフィアとの取引場所である工場地帯の近くに車を停めていた。

 後部座席には、覚せい剤の支払いを滞納している専業主婦、矢野が乗っていた。黒岩は助手席から後部座席に振り返り、矢野に言った。

「いいか、あの工場に入ったら人がいる。そいつにこのバッグを渡し、そいつから別のバッグを受け取る。そしたら、この車にすぐ帰ってこい。それにバッグの中身は絶対に見るな。見たら、お前の命はない。わかったな?」

 黒岩がそう言うと、矢野は面倒くさそうに言った。

「はいはい、もう何度も聞きましたよ。それより、本当にシャブのお金はチャラにしてくれるんだろうね?」

 矢野が言うと東山が叫んだ。

「てめぇ、あんまりふざけてると、この場でぶち殺すぞ、この野郎!」

 矢野が「ひっ」と悲鳴を上げたが、黒岩が東山をなだめた。

「東山、そう、大きな声を出すな。矢野安心しろ、この取引が終わったら、約束はちゃんと守るからよ」

 そして、黒岩が「そろそろ時間だ」と言って矢野を車から出した。

 東山が矢野に一億円が入った黒いバッグを渡した。矢野は自分の身体くらいあるそのバッグを重たそうに持ちながら、工場へと歩いて行った。

「いいか、絶対に矢野から目を離すなよ。」

 黒岩が車内に戻ってきた東山に対して言った。

「わかってますぜ、カシラ」

 矢野が工場に向かって歩き出してから、数分が経とうとしていた。矢野がもうすぐで工場にたどり着くという時に想定外の事が起きた。

 いきなり横から走ってきた中年らしき男が矢野から一億円が入ったバッグを奪ったのだ。

「おい!なんだあいつ!東山!追え!」

 黒岩は車から降りて、東山に向かって叫んだ。東山も車から降りて、走ってその男を追った。しかしバッグを奪ったその男は、すぐさま近くに停めてあった自分の車に乗り込み、走り去って行った。

 東山は黒岩が待つ車に戻ってくる途中に、矢野を思いっきり殴り倒した。

「この使えない、糞ババアが!」

 それを見た黒岩は、東山に向かって叫んだ。

「馬鹿野郎!そんな奴よりバッグを奪い返すのが先だ!早く車に戻れ!」

 それを聞いた東山は、走って黒岩の待つ車へと戻った。東山は運転席に座り、黒岩は助手席に座った。

 東山はすぐさま車を出し、バッグを奪った男が乗る車を追った。しばらく、車を走らせたところで東山は言った。

「カシラ、間違いない、あの車ですぜ」

 東山はそう言うと、前方を走る、黒い軽自動車を指さした。

「よし、バレねぇように尾行しろ。絶対、見失うんじゃねぞ」

 黒岩がそう言うと、東山は「へい」と返事をして車を走らせた。

 矢野からバッグを奪った男が乗る黒い軽自動車は、どんどん都内から離れていき、しばらく道なりを走っていた。

「カシラ、奴は一体何者なんですかね?」

 東山が不思議そうな顔をして言った。

「まだ、わからねぇが、取引相手の中国マフィアの刺客の可能性が高いんじゃないか。奴ら、元々、俺達から金だけ奪って、トンズラする気だったのかもしれん」

「なるほど。確かに怪しいですね」

 その時、黒岩のスマートフォンに誰かからか、着信があった。黒岩が画面を確認すると、篠原の文字が映っていた。

「まずいな」

 黒岩はそう一言呟き、電話に出た。

「はい。黒岩です」

 電話に出るなり、篠原は怒り狂っていた。

「はい。じゃねぇぞ!黒岩ぁ!てめぇどうなってやがる!先方から時間になっても取引相手が来ないって怒りの電話が来たぞ!この野郎!この落とし前どうつけてくれるんだコラァ!」

 黒岩は篠原のあまりに大きな声に驚き、思わず片方の耳を指で塞いだ。

「親父、落ち着いてください。ちょっと、トラブルがありまして、捨て駒に運ばせていたバッグが何者かに奪われまして、今、追跡しているところです」

「ああ?ふざけんな、この野郎!何のためにお前らを監視につけてると思ってんだ!今すぐバッグを奪い返せ!できなきゃ、指詰めるどころじゃ済まねぇぞ!わかってんだろうな?」

「ええ、承知しております。しかし、俺と東山は取引相手の中国マフィアが怪しいんじゃないかって疑っているんです。そうなりゃこっちだって・・」

 黒岩が言い終わる前に篠原が遮った。

「それを調べんのも、てめぇらの仕事だ!馬鹿!そのバッグを奪った奴を殺してもかまわん!誰の刺客か、何としても聞き出せ!いいな!良い知らせ以外のお前からの報告はいらんからな!できるまで帰ってくるな!」

 篠原はそう言い終えると、電話を切った。

「なんですって?」

 東山は顔を真っ青にして黒岩に尋ねた。

「今のやりとり聞いてりゃ大体想像つくだろ」

 黒岩はそう言うと東山のお腹を小突いた。

「こいつはヤバい。何としてもバッグを奪い返すぞ」

 黒岩たちがそんな会話をしているうちに、追跡していた車は山奥へと入っていき、錆びれた病院の前で車を止めた。

 しばらく、黒岩たちは遠くからそれを眺めていると、車の中から先程バッグを奪った男が大事そうにバッグを持ち、病院へと入っていった。

「あいつ、何故、こんな場所に」

 東山は車から降りて言った。

「奴の隠れ家か、もしくは中国マフィアの隠れ家か。中には中国マフィアがたくさん待ってらっしゃるかもしれないぜ。おい、東山、チャカ用意しろ」

 黒岩も車から降りると、二人はスーツの懐から拳銃を取り出した。二人はゆっくりと病院に近づき、中を覗いた。

 ロビーらしき所には、いくつかのロウソクに火が灯っており、人の気配はなかった。しかし、しばらくすると、奥の階段の方から人の足音がバタバタと聞こえてきた。

「奥にいるぞ。東山油断するなよ」

 黒岩がそう言うと、東山は「へい」と小さく返事をした。二人は拳銃を構えながら、ゆっくりと奥へと進んでいった。

 階段を上ると、奥にある部屋から人の話声が聞こえてきた。黒岩と東山はゆっくり顔を見合わせ、部屋のドアへと近づいた。

 部屋の中を覗くと、パーカーのフードを被っている男がバッグを持っている男に対して、大きな銀色のシャベルを振りかぶっているところだった。黒岩たちは訳が分からなかったが、拳銃を突き出し、中に突入した。

「おい、てめぇら動くな。動くと撃つぜ」

 黒岩がドスの利いた声で、部屋の中にいた二人に言った。中の二人はこちらを見て、動きが止まった。

 すると突然、バッグを奪っていた男が、いきなりパーカーの男を持っていたバッグで殴り倒した。

「動くなっていってんだろ!」

 東山はそう言うと拳銃を発砲した。弾は二人の横を通り抜け、奥の窓ガラスに命中した。ガラスの割れる音と拳銃の音が部屋の中を木霊した。

 バッグを持っている男は、素早い動きで窓から建物の隣に生えている木に飛び移った。男はそのまま木から地面へと飛んだ。

「まずい!逃がすな!」

 黒岩と東山はすぐさま部屋の奥の窓に走り、外にいるバッグを持つ男に向かって、何度も拳銃を発砲した。

 しかし、黒岩達の撃った弾はバッグを持った男には当たらず、男は建物の裏にある山の茂みの中へと入っていった。

「くそが!追うぞ!」

 黒岩達が振り返ると、さっきまで床にうずくまっていた、パーカーの男はいなくなっていた。

「あのフード被った男、逃げたみたいです!カシラ、どうしましょう!」

「今はバッグが最優先だ!ほっとけ!行くぞ!」

 黒岩達は来たルートを戻り、廃病院を出た。そして廃病院の裏にある山の茂みへとバッグを持った男を追って、入っていった。その後も黒岩と東山は一睡もせず、山を捜索したが、バッグを持った男は見つからないまま朝日は昇ってしまった。


 十二月三十日、夜九時頃。

 黒岩と東山の必死の捜索も虚しく、バッグを持って逃走した男は見つからないまま日はまた沈み、夜になってしまった。

 黒岩と東山は廃病院があった山の少し離れた道なりを車で走っていた。

「カシラ、こんだけ探しても見つからないという事は、奴はもう遠くに逃げたんじゃないでしょうか。廃病院の前に停まっていた奴の車も、いつの間にか、なくなっていましたし」

 東山が意気消沈しながら言った。

 いつもは自身に満ち溢れ、冷静さをどんな時も失わない黒岩も流石に限界の様子だった。

「東山、腹減ったな。どうだ。そこに定食屋がある。あれを最後の晩餐にしようじゃないか」

 黒岩がそう言うと、東山は定食屋の前で車を止めた。二人の姿は一日中山を歩き回ったので、ボロボロだった。二人は定食屋に入り、案内された席へ座った。

「東山、何でも好きなものを頼め。そして、腹いっぱい食え。俺がお前に最後にしてやれるカシラらしいことだ」

「カシラ、そんな事、言わないでくだせぇ。俺はカシラに色んなことを教わりました。感謝しかないです。それにしても、いい歳したヤクザ二人の最後の晩餐が、こんな錆びれた定食屋なんて、笑っちゃいますよね」

 東山はなんとか、このどよんだ空気を少しでも明るくしようと振舞ったが、どうやら黒岩には伝わってない様だった。黒岩は明後日の方向を眺め、上の空だった。


 黒岩はもう自分の人生を諦めていた。自分はこの失態の責任を取らされ、命を失うことを覚悟していた。

 黒岩は今までの自分の人生を振り返った。思えば、ヤクザなんかになってしまったのが全ての間違いの始まりであった。

 黒岩は物心ついた時から家族が居なかった。児童施設で育てられ、思春期に入ってからは毎日、喧嘩に明け暮れる日々であった。

 そんなどうしようもない日々を過ごしている時に、雪平組の先代の親父と出会った。野良犬の様だった自分を拾ってくれ、我が子のように育ててくれた。

「てめぇ、この世の全てを恨んでいる様な目しやがって。俺の小さい時に、そっくりだ」

 先代の親父はそう言って、黒岩を特に可愛がっていた。

 しかし、雪平組の他の連中はそれが気にくわなかったみたいで、黒岩に嫌がらせをしていた。

 黒岩はとにかく悔しかった。

 それから黒岩は、誰もが認めるヤクザになってやろうと努力をした。

 シノギも他の組員よりも知恵を使い、稼ぎまくった。必要とあれば鉄砲玉にもなり、何人も殺した。

 黒岩は先代の親父に認めてもらいたいという思いが、とにかく強かった。

 いつしか、雪平組の中で、黒岩に嫌がらせをする者は、誰もいなくなった。黒岩は雪平組の中で力をつけていった。

 しかし、そんなある日、先代の親父が持病の病気を悪化させ、倒れてしまった。

 組は跡継ぎ問題で騒いでいたが、黒岩は何よりも先代の親父を気遣った。

 しかし、黒岩の努力も虚しく、先代の親父はそのまま亡くなってしまった。黒岩は一つ、生きる糧をなくしてしまった。

 それからの黒岩は、先代が残した。雪平組を守るために、全力を注いだ。

 それが唯一、黒岩にできる先代の親父への恩返しだと思っていた。

 黒岩はそんな自分の人生を振り返り、なんて糞な人生だったんだと悲観した。

 黒岩の人生において、唯一、先代の親父に出会えたことだけが、幸福だったと感じた。

 もし、自分がヤクザではなく、普通のサラリーマンになっていたら、どんな人生だったのだろうか。スポーツに精を出し、何かのプロになれたりはしたんだろうか。そんな後悔ばかりが残った。

 そして、黒岩は未婚であった為、それをとても後悔していた。黒岩の今までの人生で愛した女性は何人かいたが、黒岩は結婚には踏み切ることが出来なかった。

 何故なら、黒岩はヤクザだ。いつ危険な状況に巻き込まれるか、分からなかった。もしも大切な人が出来て、それを失うのが怖かった。

 黒岩には唯一、夢があった。それは家族を作る事であった。妻や子供に囲まれる人生を送ってみたかったと、黒岩は思った。


「カシラ、自分は醤油ラーメンと餃子にします。カシラは何食べますか?」

 東山から黒岩にそう話しかけたが、黒岩から返事はなかった。しばらくしてから黒岩は小さな声で何かを呟いた。東山はよく聞こえなかったので、黒岩の呟きに聞き耳を立てた。

「醤油ラーメンと餃子・・。餃子・・。餃子かぁ」

 黒岩はそう小さい声で呟いていた。東山は黒岩が完全に参ってしまっている事を察した。東山はメニューを黒岩に無理やり渡し、注文を選ばせた。

 黒岩が選んだのは野菜炒め定食だった。

 店員に注文をして、しばらくして、黒岩達のテーブルに料理が運ばれてきた。丸々一日何も食べてない東山は料理が来るなり、すぐさまがっついた。

 しかし、黒岩は料理が運ばれてきているにも関わらず、相変わらず壁一点を見つめ、上の空だった。

「野菜炒め、冷めちゃいますよ」

 東山はそう一言だけ黒岩に言うと、醤油ラーメンを美味しそうにすすった。

 東山がちらっと奥のテーブルを見ると、大量の料理をテーブルいっぱいに並べ、凄い勢いで食事をしている男が目に入った。

「カシラ、見て下さいよ。あいつ、一人であんなに料理頼んでますよ。ちゃんと全部食えるんですかねぇ」

 そう言って東山は醤油ラーメンをすすりながら男をちらちら見た。


 その時、東山は奥のテーブルに座っている男の足元に、自分たちが散々探していたバッグが置いてあるのを目にした。東山は思わず、すすっていた醤油ラーメンを凄い勢いで吹き出した。吹き出したラーメンの残骸は黒岩の顔面に直撃した。

「あっつ!」

 あんなに物静かだった黒岩が思わず、のけぞった。

「カシラ!カシラ!」

 東山は興奮のあまり、適切な言葉が出ず、奥のテーブルに座る男の足元にあるバッグを震える手で指さした。

「なんなんだよ。まったく」

 渋い顔をしながら、黒岩は東山の指さす方向を見た。バッグを目にした黒岩は絶句した。

 しばらく絶句して黒岩は動かなかったが、すぐに立ち上がり、料理を凄い勢いでたいらげている男のテーブルにスタスタと歩み寄った。

「よう、探したぜぇ」

 黒岩はこみ上げてくる思いを、その一言で精一杯表現した。黒岩に話しかけられた、その男は、食事していた手を止め、黒岩の顔を見るなり絶句していた。

 しかし、その男は急に、黒岩に対して食べていたラーメンを思いっきりぶちまけた。熱々のスープを顔面に食らった黒岩は床に倒れ、顔を手で覆い、足をバタバタさせていた。

「この野郎!」

 東山もすぐさまその男に歩み寄ったが、テーブルに置いてったフォークでお思いっきりお腹を刺され、黒岩の横で悶絶した。

 男は素早い動きでバッグを持ち、定食屋から逃げ出した。それを見ていた定食屋の店員のおばさんは目を丸くして、驚いていた。

 黒岩は熱々のスープをかけられた事によって顔が真っ赤になっていた。黒岩はなんとかテーブルに置いてあった水を自らの顔にかけて、立ち上がった。

 黒岩は東山のお腹に突き刺さっているフォークを引き抜き、「追うぞ、奴、ぶっ殺してやる」と東山に言って二人はフラフラになりながらも、定食屋から出てバッグを持った男を追った。


 その後、黒岩と東山は車で、バッグを持った男を追跡していた。車の前を走っていたバッグを持っていた男は、道なりを走っていた車を止め、車に乗り込んだ。

「あいつ、知らない車に乗り込みましたぜカシラ!」

 運転していた東山が焦りながら言った。

「焦るな東山、それより、気になるのは奴が乗り込んだ車の後ろを走る、もう一台の車だ。あれは見た感じ、俺達と同じ車を追っている気がする」

「そう言われてみればそうですね。何者なんでしょうか」

「何者だろうが関係ねぇ。俺たちの邪魔をする奴は一人残らず殺してやる」

 黒岩は怒り狂った口調で言った。

 前を走る車は柵を突き破り、工場地帯へと入っていった。黒岩と東山は車から降りて、バッグを持った男を追った。

 バッグを持った男は二十代前半くらいの若者達五人と一緒に逃げていた。

 しかし、工場地帯ではまんまと車で逃げられてしまい、黒岩と東山は再度車で追跡した。しばらく追跡していると、バッグを持った男を乗せた車はエンストしたのか、ゆっくり速度を落とし、停車した。

 車に乗っていた若者達五人は車から降りていた。

 しかし、バッグを奪った男は降りてこなかった。代わりにバッグを持っていたのは、若者の内の一人のガタイの大きい男だった。

 黒岩と東山は通り際に、停まっていた車の車内を覗いた。中にはさっきまで必死に追っていた男が血を流して絶命していた。

 黒岩と東山の目的はあくまで一億円の入ったバッグであった。二人は死体のある車を通り過ぎ、バッグを持った五人の若者たちを追った。

 五人の若者達はしばらく走って逃げていたが、突然、進路を変え、海辺にある崖へと逃げて行った。

 驚くことに、五人の若者達はこれ以上は逃げきれないと考えたのか、海岸の崖から海へと飛び込んだ。

 しかし、その五人の内の一人の女子は靴紐に足が引っかかったのか、飛び込む前に転んでしまった。黒岩と東山はすかさず、その女子を捕まえた。

「お前には色々と聞かせてもらおうか」

 捕まえた女子は気性が荒く、黒岩と東山に何度も噛みつこうとしてきた。暴れるその女を黒岩と東山はなんとか抑え込み、車へと運んだ。

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